02-08.被害者の会
リリスはシアと共に悪巧みを始めた。
モニカとベルタは、買い出しを口実に追い出した。
眷属となったベルタがいれば、モニカに迫る危険は察知できる。加えて聖剣はこちらにある。高位貴族のメイドとギルドの受付嬢なんて異色コンビを相手にナンパをするバカもいないだろう。
何より近場に盗賊が出たばかりで、衛兵たちも警戒中だ。いくらモニカが魅力的だからって、危険な目に合うことはない筈だ。自分から首を突っ込まない限りは。
『ふふ♪ 魅力的♪ そうよね♪』
うっさいやい。
シアと私は、この町の町長も務める代官が手配してくれた部屋に閉じこもった。今日は早めに休むからと念を押し、わざわざ防音結界まで張る念の入れようだ。
リリスはシアをアドバイザーとして使うつもりのようだ。
女神様のお膝元である『教会都市リブラ』。
代々その地を治める高位貴族『グラディス公爵家』。
公爵令嬢で聖女の幼馴染なシアの立場と見識は、リリスの計画を補強する最強のピースとも言えるだろう。
「エコー様の正体をお聞きしたいのだわ」
シアは単刀直入にそう切り出した。
「いいわ。特別に見せてあげましょう」
な……!? なにやってんのぉ~!?!?
リリスが久方ぶりに姿を表した。
真紅のフリフリドレスに透き通るような桃色の髪。相変わらずの可愛さだ。……じゃなくて。
「……驚いたのだわ」
冷静~……。それで済む話じゃないでしょぉ……。
「エコーはこっち♪ 私はリリスよ♪ エコーの相棒で眷属なの♪ よろしくね♪」
「……とんだ詐欺なのだわ」
そうだね。女神の使徒と契約を結んだと思ったら、魔物の眷属にされちゃったんだもんね。酷い話だよね。
「大丈夫♪ エコーがトップよ♪ あなたもエコーの眷属で間違いないわ♪」
「……それはわかるのだわ」
やっぱりこの子には見えているらしい。リリスを介し、私とも間接的に繋がるパスの存在が。
「何にせよ、謎が解けたのだわ。なんで女神様が魔物を配下にお加えになられたのかと思ったものだけれど。それは誤解だったのだわ」
そこに安心している場合なのだろうか。
「何故モニカ様は眷属にお加えにならないの?」
「あの子はエコーの恋人だからよ♪ 特別なの♪」
「羨ましいのだわ」
なんでさ。
「あなたには期待しているわ♪ だからこうして秘密を明かしたのよ♪」
「……それだけではないのだわ。契約の強制力が強すぎるのだわ。これは加護じゃなくて隷属契約なのだわ」
そこまでわかるんだ。本当に凄いね、この子。
「悪いようにはしないわ♪」
「なんなりと。もはや抵抗の術は無いのだわ」
そのつもりすら無さそうだ。だからこそ、リリスも最大の秘密を明かしたのだろう。
「これも念のため伝えておくけれど、エコーは間違いなく女神の選んだ使徒よ。私たちの目的は決して世界に仇なすものではないと誓うわ」
本当にそんなの誓っちゃって大丈夫?
私だってわざわざ問題を起こそうとは思わないけどさ。
「そのエコー様が全然喋らないのだわ。本当にこれは全てエコー様のご意思なの?」
流石にちょっとは疑いを抱いたようだ。
「エコー♪ 頑張って♪」
えぇ~……。
「……ピュリフィケイション」
シアの全身が浄化の光りに包まれた。
「エコー様に永遠の忠誠を!!」
何故に跪くのか。
「これ程の浄化! しかも無詠唱! 間違いなく聖女に匹敵するのだわ! むしろそれ以上かもしれないのだわ!」
言う程? そりゃあ、浄化は便利だから毎日のように使ってるけども。そういう問題じゃない?
「その信仰心に疑いようは無いのだわ!」
なるへそ。術の威力からそう読み取ったんだ。
「わかってくれたのね♪ 嬉しいわ♪ シア♪」
「リリス様はエコー様に染め上げられたのだわ。魔物の力が神の力と混ざり合っているのだわ。リリス様も疑いようがないのだわ」
何やら結論が出たようだ。一件落着……で良いのかなぁ。
「それでね、シア。悪いけど私たちは教会勢力を信頼していないのよ。女神様がどうかはともかく、少なくともその周囲が信頼出来ないことはシアも知っての通りよね」
「同意するのだわ」
よく言うよ。リリスの目的は女神様を堕とすことなのに。リリスって結構普通に嘘つくよね。いや、明言はしてないから、単に真実を語っていないだけなのかもだけど。
「教会には行くわ。聖剣を送り届けなければならないから」
「賢明なのだわ」
「そこでモニカを新たな勇者にしてもらうのかは……ちょっと迷い中」
「意外なのだわ」
「私たちには情報が足りていないの。シアの見解を聞かせてくれるかしら♪」
「承知したのだわ」
「ありがとう♪ 共に頑張りましょう♪ 真実と平和のために♪」
「真実と平和のために」
合意が成されたようだ。
流石リリス。口車に乗せるのもお上手ですこと。
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二人の話し合いは盛り上がった。
シアはリリスが同じ志を抱く者であると、微塵も疑っていない。
なんだか新しい宗教でも生まれそうだ。
いや、実際生み出そうとしているのかも。リリスはアッシュにも言っていた。私を信奉すれば神聖魔術が扱えるようになるのだと。
流石に同じ話を今のシアにするつもりは無いようだけど、ゆくゆくは宗旨替えを迫るのかもしれない。
そうやって少しずつ女神様との力関係を逆転させていくつもりなのかもしれない。
きっとこれから先も女神様や教会の思惑に振り回された被害者たちを掬い上げていくつもりなのだ。
シアのことだって、このまま女神様の信者にしておくつもりはないのだろう。彼女は教会都市の支配者層に裏切られただけで、女神様を疑っているわけじゃない。教会都市ではその闇を見せつけるつもりだ。人間たちの思惑ではなく、女神様が敷く矛盾を指摘するつもりなのだ。
リリスは本気で女神様に手を伸ばすつもりでいるのだと、ようやく私も理解した。確かに私は甘すぎたようだ。リリスの言う通りだ。
それを知った私はどうすればいいのだろう。
勇者がそうであったように、今度は私が刺客に命を狙われてしまうのだろうか。女神様の使徒には相応しくないと、断罪されてしまうのだろうか。
何かとんでもなく大きな事に巻き込まれて、いや、自分から首を突っ込んでいる真っ最中なのかもしれない。
今ならまだ引き返せるのかもしれない。リリスを本気で説得すれば、全てを投げ出して何処か遠い地で静かに暮らせるのかもしれない。
或いは、リリスの言うように、結局女神様の思惑に振り回される運命なのかもしれない。勇者の断罪で私の仕事は終わりだなんて、とんだ勘違いだったのかもしれない。
何もわからないことばかりだ。きっと教会都市に行けば、そんな謎にも答えが示されるのだろう。
リリスはそれが知りたいのかも。彼女の興味の本質はそこにあるのかもしれない。
何にせよ、ここで引き返すのが最良の一手とは流石に思えない。私だってそこまで平和ボケしているわけじゃない。せめて言質が欲しい。私はもう自由に生きてよいのだと、女神様に囁いてほしい。
私もリリスに負けないよう、考えを纏めておくとしよう。いざとなった時に、自分の意思で動けるように。
ふぁいと。エコー。
「あら……? マズイわね」
心底楽しげにシアと話し合っていたリリスの表情が、突然真剣なものに切り替わった。
「エコー。モニカが危ないわ」




