02-07.もう一つの裏切り
勇者宛ての書状。それは警告文だった。
その内容が酷いのなんのって。
シアは……グラディス公爵令嬢は、その内容を何度か検めた後、力が抜けたように突っ伏してしまった。
メイドのベルタさんはわなわなと怒りに震えている。今にも書状を破り捨てそうだ。
モニカすら複雑な表情を浮かべている。この子の笑顔を曇らせるなんて相当だ。ちょっとやそっとじゃへこたれないオリハルコンメンタルの持ち主なのに。
グラディス公爵家は勇者パーティー一行の悪事を察していた。警告自体は尤もなものではあるのだけれど、その結論が少々理解の及ばないものだった。
ざっくり言ってしまえば、公爵は娘を生贄にしたのだ。この子を好きにして構わないから、これ以上の暴走を控えるようにと。でなければ庇いきれなくなると。
公爵は勇者の不祥事を率先して握り潰していたのだ。どうりで好き勝手やれるわけだ。まさか後ろ盾がいたなんて。
シアが最も傷ついたのは、自身が差し出されたことではなく、不適切な者を勇者に据え続けた父への憤り故だった。
そして……シアを傷つけたのはそれだけではなかった。むしろ本当に辛かったのは、こちらだったのかもしれない。
書状には聖女の署名も記されていた。
シアは彼女を幼馴染で親友だと口にした。そんな彼女が勇者の悪事を見逃し、生贄として親友を差し出した。自身は勇者の旅への同行を拒否しておきながらだ。
モニカは無言でシアを抱き締めた。その豊満な胸でシアの頭を包み込んだ。今回ばかりはメイドさんも止めることはなかった。
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「勇者様。どうぞ我が身をお納めくださいませ」
あかん……。
何やら覚悟を決めた様子だ。自暴自棄になったわけではないらしい。
この子の思惑が透けて見える。この子は本気でモニカを勇者に仕立て上げるつもりだ。書状を盾に、自らの安全確保、或いは教会都市の腐敗を正すつもりなのだ。
「えぇ……!?」
流石のモニカも戸惑っている。もし二つ返事で受け取っていたら叱らないといけないところだった。
『ふひ♪』
……そんなことより。
「ダメよ、シア。モニカは何も悪いことなんてしてないわ。書状に従ってあなたを受け取ったら、先代の罪まで継ぐことになってしまうわ」
「……わたくしとしたことが迂闊でしたわ。先にエコー様を口説き落とすべきでしたわね」
それをわざわざ口にした意図は? 宣戦布告?
「我が身は既に公爵令嬢では……ないのだわ。勇者様の所有物。それがわたくしの立場なのだわ。どうか拠り所になってくださいまし。傷ついた少女を慰めると思って。どうか」
まさかの泣き落とし。読み違えたね。私にそんなものは通じない。
「あいにくだけどモニカは私のものなの」
おいこら。何言ってるのさ。リリス。
冗談言ってる場合じゃないでしょ。
モニカもモニカだ。何をくねくねしてんのさ。やっぱり処すか? 叱るべきか?
「ならエコー様の所有物でも構わないのだわ」
「いいわ。道具としてなら使ってあげる」
はぁ!? ちょっとリリス!? 何言ってるのさ!?
「お嬢様」
「わたくしはもうお嬢様ではないのだわ」
「関係ありません。我が身はシア様と共に」
「エコー様。ベルタはお役に立つのだわ」
「受け取りましょう」
ダメだってば! 何言ってるのさ!?
「契を結びましょう。魔術契約を用いて加護を与えるわ」
「「感謝いたします」」
ちょっとぉ!!
『いいからいいから♪ アッシュと同じよ♪ モニカとは別枠よ♪ エコーが要らないなら私が貰うだけだから♪』
ダメだってば! 貴族なんかと関わったって碌な事になんないの!
『もう貴族じゃないって言ってるじゃない♪』
そんなの建前でしょ! 書状を見なかったことにすれば済む話でしょ!
『無理に決まっているじゃない。この子はもう故郷を信じることが出来ないんだもの』
だからって!
『エコー。この子も裏切られたのよ。女神の欺瞞にね。私たちの数少ない仲間だわ。ここで従えておけば今後の展開をより優位に運べるの。どうか目を瞑って頂戴』
かえって厄介事を抱え込んだら意味ないんだってば!
『そうはならないわ。お願い。私を信じて』
何一つ具体的じゃないよぉ!
『それでもよ。私はエコーの味方よ。それだけは疑わないでくれるでしょう?』
けど……!
『大丈夫。全て私に任せなさい』
いつもそればっかり……。
『私の全てはエコーのためだけに存在するのだもの♪ 当然じゃない♪』
私はただ……穏やかに暮らしたいだけなの……。
『約束するわ。エコーの望みは何でも叶えてあげる』
どんどん遠ざかってるんだってばぁ……。
『エコーは少し甘いわね。あなたは女神から力を授けられたのよ? 遅かれ早かれ運命に導かれていたわ。私は少しでも有利な土俵を作ろうと動いているのよ。必要だってわかるでしょう?』
……そう……だね。
『ふふ♪ 流石ねエコー♪ あなたはいつだって耳を傾けてくれるわ♪』
……もう。そうやって甘やかしてばっかり。
『だって大好きなんだもの♪ 仕方ないじゃない♪』
……ばか。
『ふひひ♪』
……もういいよ。好きにして。
『がってん♪』
リリスは以前アッシュにしたように、自らの指先を斬りつけて差し出した。
シアとベルタは然程躊躇うこともなく、言われるがままに指先から滴る血を口に含んだ。
「……嘘……これって」
「あら。気付いてしまったのね」
シアは自身の魂を縛り、その身に流れ込む力の正体を見抜いたようだ。
「何故女神様は……」
シアは私とモニカ、そしてベルタを見比べた。
「……」
結局沈黙を選んだようだ。モニカが血の契約を結んでいないと見抜いたのだろう。
「良い子ね。シア」
「今のが魔術契約ですか? ……むぅ。私とは結んでくれないのですか?」
「何を言ってるのよ♪ モニカ♪ あなたとは最初の夜に契ったじゃない♪」
平然と嘘を付くものだ。
「……はっ!? まさかそういう!? なら私が聖剣を扱えるようになったのって!?」
珍しく賢い。見当違いだけど。
「というかエコーさん! 女神様の使徒なんですか!? 勇者や聖女と同じように!?」
おっそ~い……。




