02-06.勇者宛ての書状
「勇者様。どうかこちらを」
オルテシア・フォン・グラディス公爵令嬢は、その手に握った書状をモニカに向かって差し出した。
彼女の目的は勇者だった。わざわざ公爵令嬢が護衛たちを引き連れて尋ねてきたのは、あの堕ちた勇者だったのだ。間違っても、しがない受付嬢のモニカであろう筈もない。
けれど彼女は迷いなく差し出してきた。モニカも否定することすら忘れて、思わず受け取ってしまった。
「グラディス公爵令嬢。口を挟む許可を頂けるかしら?」
「無礼者! なんだその口の聞き方は!」
「あら。間違っていたのならごめんなさい。私は見ての通りの冒険者だから。貴族の礼儀とか詳しくないの。よかったら教えてくださるかしら?」
「そもそも!」
「ベルタ! 命の恩人になんですのその態度は!!」
「しかし!」
「あなたはお下がりなさい!」
「っ……!! ははっ!」
メイドさんも大変だね。
信頼できる相手もいないこの状況で、見ず知らずの冒険者相手に碌な警戒心も持たない、迂闊で気の強いお嬢様の子守なんて。
「申し訳ございませんですわ。エコー様」
名乗ったっけ? ……ああ。盗賊たちか。あとモニカも。
「どうかわたくしのことは『シア』とお呼びくださいまし」
「ありがとう。そうさせてもらうわ」
「っ……!!」
メイドさんが僅かに肩を震わせたものの、今回はどうにか抑え込んでみせた。
「シア。あなたは勇者を見たことがないの?」
「エコー様が仰っているであろう『勇者様』とは面識がございませんわ」
「なら何故この子を勇者だと? 確かに似たような力は持っているけれど、それは私だって同じでしょ?」
「はい。御身からは『聖女』と同等の力を感じますわ。あなた様は間違いなく女神様がお選びになられたお方。お伺いするまでもないことですわ」
私の力ってそんなにあるんだ。
まあ、一人で勇者パーティーに立ち向かおうってんだから、それくらいは必要か。結局正面からぶつかることは無かったけれど。
「聖女には会ったことがあるの?」
「幼馴染で親友ですわ」
……なるほど。その聖女がこの子と勇者を遠ざけたのか。
道理で『教会都市リブラ』を治める公爵家の令嬢が勇者を知らないわけだ。本来ならそんなことにはならない筈だ。教会勢力と不仲ってわけでもないようだし。
「あなたの目は聖女との繋がりの中で養われたものなのね」
「元々、我が血に備わった力でもありますわ」
へぇ~。何かの特殊能力なんだ。力を見慣れているからってだけではなくて。
『欲しくなったかしら♪』
ダメ絶対。貴族にちょっかいかけたら怒るよ。面倒なことにしかならないって目に見えてるんだから。
『残念ね♪』
もう。ハーレムでも作るつもりなの?
『そうよ♪ エコーハーレムを作り上げるのが私の夢よ♪』
私はリリスだけで十分なのに。
『それはそれで嬉しいわ♪』
なら……。
「エコーさん」
ダメだ。今はこっちに集中しないと。
「この子は見ての通り、冒険者ギルドの受付嬢よ。勇者じゃないわ」
「いいえ。間違いなくこのお方こそが勇者様ですわ。先代様が亡くなられたことは悔やまれますが、こうして新たな勇者様を遣わしてくださったことを女神様に感謝いたしますわ」
……ちょっと意外。このお嬢様、肝が座っているだけじゃなくて、自分の見たものを正確に分析出来る子だ。
先程、この町の衛兵たちを相手に、状況の説明と、犠牲者たちと遺留品の収容を依頼した際も、貴族令嬢に相応しい堂々としたものだった。襲撃直後で多くを失ったばかりの少女とは思えない程の見事な手腕だった。
「そこまで気付いているのならわかる筈よ。私たちはギルドから依頼されただけ。教会に選ばれた勇者ではないわ」
「勇者を選ぶのは女神様ですわ。今回は少々異例の事態が起きたものと受け止めますわ」
どうにも考えを変えるつもりはないようだ。
「一度教会に伺うわけにはいかないかしら? 幸い私たちの行先は共通しているわ。焦らずとも協力して解決にあたりましょう」
「それについては是非にとこちらからお願いいたしますわ。ですが、どうか書状は今この場にて開封いただければと」
「それは何故? 焦るような理由があるのかしら?」
「内容については聞かされておりませんわ。しかしこの書状を届けることは急務と仰せつかっておりますわ。もしやすると今もどこかで民が助けを待っているのやもしれませんわ。放っておくわけにはいきませんわ」
……一応筋は通っている気がするけど。
「そういう時って普通は早馬で伝えるものではなくて?」
言っちゃあなんだけど、わざわざ貴族のお嬢様とあれだけの護衛たちを並べて悠長に追いかけてる時点で、大して急ぎの案件とも思えないのだけど。
「そうですわね。可能性は低いと考えておりますわ。しかしそれは決して零ではありませんわ」
まあ、よっぽど機密にしなきゃなんない内容だとかなら、あり得ないことでもないのかも? だとしても、やっぱり貴族令嬢が運ぶ意味はわからないけれど。
「どうかお立ち会いくださいませ」
結局気になるから開けたいってこと?
目当ての勇者もういないもんね。
ああ。そうか。モニカを勇者ってことにしないと、このお嬢様は勇者を探して彷徨い続けなければならなくなるのか。
勇者が亡くなったのなら亡くなったで、その情報が正しいものであると精査しなければならなくなる。この子も手ぶらでは帰れないのだ。
「責任は負えないわよ?」
「もちろんそのようなことはさせませんわ」
「ならこの場の全員で立ち会いましょう」
「感謝致しますわ」
いっそ誓いでも結んでもらおうかしら?
『任せて♪』
いいから。やらなくて。
「ベルタももう少しこちらへいらっしゃい」
リリスが勝手にメイドさんを呼び寄せた。お嬢様から一歩身を引いて事の成り行きを見守っていたメイドさんは、ムスッとしながらも素直に一歩前に出た。
「モニカ。これを開く前に確認よ。この先もしかしたら、あなたは本当に勇者として祭り上げられてしまうかもしれない。けれどあなたが望むなら、私はこの身を賭してもあなたを勇者の重責から遠ざけるわ。その逆も然り。どちらに転ぼうと私が力になるわ。信じてくれるかしら?」
「もちろんです♪」
呑気に「えへへ」と笑っている。果たして本当に状況を理解しているのだろうか。
正直私としては、書状を開封するのは反対だ。今すぐこの令嬢たちを衛兵に預けてトンズラしたい。けどそんなことをしても何も解決しない。今度は聖剣を届けた先で罪に問われるかもしれない。
運が悪かった。今はただ、これ以上悪い事態に転がらないことを祈るばかりだ。
『任せなさい♪ 私が全部上手くやってあげるわ♪』
上手くっていうか、好きにやってるだけじゃん。
『それでも任せてくれているじゃない♪』
そりゃぁ……楽ちんだし。人と話すの苦手だし。
『うふふ♪ 大丈夫よ♪ マスターには私がついてるわ♪』
取り憑かれちゃったのが運の尽きだったかぁ……。
『まあ! なんて酷いこと言うのよ! 今に見てなさい! 必ず幸せにしてあげるんだから! 後で感謝してくれたって良いのよ♪』
うわぁ~。甘々だぁ~。
まあいいけどさ。リリスの好きにしてくれても。
『ふひひ♪』
「開封しますね♪」
モニカは躊躇なく書状を取り出した。
テーブルの上に広げられた書状を四人で覗き込む。
「「「「……」」」」
そのあんまりな内容に、誰一人口を開くことは出来なかった。




