02-05.厄介事
「ご無事ですか!?」
モニカが少女たちに駆け寄った。盗賊の襲撃を生き残ったのは僅か二人だけ。他は皆息絶えている。
「ひどい怪我は……ああ、よかった、お二人とも無事みたいですね!」
モニカは前と背中の重荷を揺らしながら、必死の形相で駆け寄った。腰を抜かしたままの令嬢と、彼女を必死に守ろうとしていたメイド。その二人を小さな体で思いっきり抱き締めた。
流石は冒険者ギルドの受付嬢。お貴族様相手によくやるものだ。普段、ガラの悪い冒険者たちの相手をしているだけのことはある。驚くべき肝の座りようだ。
一方、リリスは彼女たちの輪には加わらなかった。無造作な足取りで、街道に転がる骸……馬車の護衛だった騎士たちの下へ歩み寄る。
「……即死ね。迷いがないわ」
リリスは屈み込み、一人の騎士の傷口を検分した。平和な南部の騎士を殺すには、あまりにも過剰なまでの鋭い斬撃。
彼らはさぞかし驚いたことだろう。この平和なアドラスティア聖王国で、人の命を奪う賊が現れたことに。
この辺りでは盗賊の存在自体が珍しい。他者の命を奪う者はその中でも更に稀だ。何故なら女神の影響力が強すぎるからだ。人の命を奪ってまともに生きられる程甘い場所ではない。ここは盗賊たちにとって、特に生きづらい国なのだ。
おそらく北から逃げてきたばかりの盗賊団なのだろう。私のことも見知っている様子だった。
故に彼らはこの国の仕組みをまるで理解していない。ここで直接的に人を殺せばどうなるか。その恐ろしさを知る頃には彼らもこの世を去っていることだろう。
「エコーさん! こちらの方たちが! 近くの町まで送り届けてあげないと……!」
モニカが振り返り、声を張り上げた。
リリスは返事の代わりに、騎士の亡骸の懐から一通の書状を抜き取った。宛名は見えないが、封蝋にはこの近隣を治める貴族とは違う、少し古めかしい紋章が刻まれている。
「……モニカ。人助けをするのは勝手だけれど、その『重荷』を忘れないことね」
この忠告は少し遅かったかもしれない。
「あ、あの……もしやあなた様は……」
貴族令嬢の視線はモニカの背から飛び出した棒状の物に釘付けだ。
「勇者様……なの……ですか?」
漏れ出す聖剣の力に心当たりがあるのだろう。それもその筈。彼女の身分を考えれば明らかだ。
……グラディス公爵家。
冒険者ギルドの新人研修で見たことがある家紋だ。『教会都市リブラ』を預かる大貴族の名だ。何故こんな場所にその令嬢がいるのだろう。どこかに書状を届ける最中だったのだろうか。何にせよ、あまり関わるべきでないのは確かだ。
「いやぁ~♪ ははは~♪ 参っちゃいますね~♪」
モニカは気付きもせずに脳天気な顔を浮かべている。勇者と間違えられたことがよっぽど嬉しかったようだ。
「あり得ません! 勇者は男性です!」
メイドさんは明らかな警戒を浮かべた。モニカと令嬢を遠ざけるように立ち塞がった。
「何故あなたが聖剣を持っているのです! 応えなさい!」
「ベルタ……!? おやめなさい!! このお方は聖剣がお認めになられたお方なのだわ!」
「しかし!」
「何か事情があるに違いないのだわ!」
この二人は知らないようだ。南から来たばかりだからなのか、護衛の騎士たちが敢えて伝えなかったからなのか。
「話を始める前に人を呼ぶべきではないかしら。あなたを守って命を落とした騎士たちに報いる必要があるでしょう?」
「そ、そうでしたわ! ベルタ!」
「ははっ!」
貴族令嬢、『オルテシア・フォン・グラディス』と名乗った少女の指揮の下、私たち三人は後始末を始めた。
周辺を警戒しつつ、検分を進めていく。
騎士たちに残された傷口からは賊の特徴が見て取れる。この情報は有益だ。後程衛兵たちに共有され、それがやがては国全体に広がっていく。あの盗賊たちがどこに隠れ潜もうと、必ず暴き出されるだろう。
今回に限って言えば、そう詳しく見るまでもないけれど。こんなに堂々と人の命を奪える連中は稀だから。この国は。
ベルタと呼ばれたメイドさんは騎士たちの遺体から「認識票」と「家門の証」を回収し、公爵家へ持ち帰るべき記録を纏めていった。
その後、街道を塞ぐ馬の死骸や壊れた馬車をどかし、騎士たちの亡骸を街道脇の木陰へ移動させた。
「お任せください!」
……やはりモニカの腕力は不自然だ。どうして小柄な受付嬢が倒れた馬車を動かせてしまうのか。聖剣からバックアップでも受けているのだろうか。……それともまさか。
『そんなわけないじゃない♪ 眷属にはしてないわ♪ モニカはエコーの恋人だもの♪』
アッシュにしたみたいに、血を飲ませて魂を縛っているわけではないと。
『しないってば♪ エコーの記憶にだってないでしょ♪』
まあそうだね。
『ほらほら♪ 考えていないで手を動かしましょう♪』
厄介なことになってしまった……。とても……。
モニカが本当に聖剣に選ばれてしまったのだとしたら、ただでさえややこしい事態が余計面倒なことになるのだ。間違いなく。
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最後に騎士たちの亡骸をマントや予備の布で覆い隠し、近場の町に向かって歩き出した。
これ以上は人手が必要だ。町の衛兵に助力を頼もう。グラディス公爵家の家紋を見せればいっぱつだ。そしてそれは、私たちにも言えることだ。
これはとても困った事態だ。私たちの目的は南。公爵令嬢の目的は北。見事に正反対だ。護衛のために付いて来いなんて言われたら洒落にならない。
当然聖剣の護送については極秘事項だ。勇者の死についても下手なことは口に出来ない。依頼には守秘義務がある。
勇者の現状についても公にはされていない筈だ。あくまで噂として流れているに過ぎない。たとえ私たちが当事者であっても、それを真実だと貴族相手に語る権利はない。
幸か不幸か、令嬢本人が聖剣の存在に気がついている。私たちが教会都市に行かねばならない事情は察してもらえるだろう。
しかしそれも全て令嬢次第だ。普通なら私たちに公爵令嬢の協力要請を断る権利は無い。そう強く主張されては困ったことになる。
聖剣の護送はその要請を突っぱねることすら出来る最重要任務ではあるけれど、こちらからそれを口にすることは出来ない。令嬢が自分の都合を優先して敢えて指摘しなければ、彼女の思惑通りに動かざるを得ないだろう。
厄介なことになったものだ。本当に。




