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015 想定外のスキル

 足の様子は、ずっと感じていた痛みからある程度予想していたのだけれど……思わず「ひぇ~」と悲鳴を上げてしまいたくなるほどだった。子どもの頃ならまだしも、大人になってからはこういう怪我とは無縁だったこともあり、割と真面目に戸惑ってしまう。


 というか、視覚からも状態を正確に把握したせいで、より痛みが強くなったような気がする。恐る恐る指先で触れてみると、明らかに熱を持っていた。靴ずれのよう皮がめくれて、血が出ているところもいくつかあった。あぁ、ヒリヒリした痛みはココからでしたか。

 さっさと薬を塗ってしまおうと、酷い状態の足から一度視線を外し貰ったばかりのケースを握りしめる。フタを回して開けるような作りなのに、固すぎて開かない。



「お、おい」

「ん゛ん?」



 んぐぐ、と一人奮闘していると、不意に青年から戸惑ったような声があがった。

 手に力を込めたままそちらを見れば、それ以上は目が落ちちゃうんじゃないだろうかと思う程に目を見開いていた。ついでに盛大に頬が引きつっている。



 まさか、こんな小さなフタも明けられない私の非力さに引いちゃった?



 と、心配になったのは一瞬のことだった。ヘーゼルの三白眼が見ているのは私じゃないし。ならどこなんだろうかと、彼の視線を辿ればあっさりとその原因へとたどり着けた。のだけど、同時に私も彼と同じ顔をする羽目になった。

 だって!



「ど、どうしたの? 大丈夫? どこか痛い?」



 大人しくしていたユニコーンの瞳から透明な雫が零れ落ちていた。それはもうボロボロと、大粒の真珠のような涙が。



 え!? 私が目を離した、この短時間でいったい何があったというの?



 青年は答えを知っているだろうかとそちらを見ると、私の視線にすぐに気付いた彼は戸惑いを乗せたままの顔で勢いよく首を振った。おっと早くも手詰まりの予感、かと焦ったけれど、ユニコーンが私の足を覗き込むように顔を動かしたことで、ピンときた。



「もしかして“これ”? ……そっかぁ。ごめんね、ビックリさせちゃったね」



 優しい子だとは、思っていたけれど。まさか、ここまでだとは。こんな子が危険度Sのモンスターだなんて信じられない。実はこの子、ユニコーンの皮を被った天使だったりしないの? 



「でも、ほらお薬もらったし、大丈夫だよ」



 泣き続けるユニコーンを落ち着かせようと、鼻筋に手を伸ばす。幼子をあやすように話しかけていると、不意に熱を持った足にぽたぽたと何かが落ちてきた。目だけを動かして、その正体を確認する。って、まあこの場合予想できるのはただ一つなので、難しくはない。

 案の定、ユニコーンの煌めく青空のような瞳から絶えず零れ落ちている涙が当たっただけ。ただそれだけ、のことだったのに。



「……ぇ?」

「!?」



 足についた雫が、柔らかな光を放ちだした。あまりにも不自然すぎる現象に、視線すらも動かすことが出来ずに固まる。



 な、何事ですかぁああ!?



 脳裏で叫んでいる間もポタポタと涙が降って来ては、私の足の上で弾けては光る。あっという間に、私の足全体が不可思議な光に包まれてしまった。


 意味が分からなさ過ぎて、ひたすら怖い。ダンゴムシに襲われた時の恐怖とは、また違うタイプの。例えるなら前者は熊で、後者は幽霊だろうか。


 ハッ! まさかとは思うけど、このユニコーン、“妖精”っぽいファンシーな姿をしているけど、実は“幽霊タイプ”だったりしたの? 可愛い見た目で近づいて優しくして、油断させたところで、魂持って行っちゃう系? もしかして角を折ってくれたのも、幻影だったのかな、私、惑わされちゃった?

 ……そういや、あのゲームも可愛いビジュアルの割りに怖い設定のモンスター結構いたもんね……。そっかぁ。


 現実逃避している間も確実に増している光に、とうとう死を覚悟した。

 なんかもう、痛くなきゃそれでいいや。あの巨大ダンゴムシより、こんな可愛い子のご飯になるんなら、もういっそ本望な気さえしてくる。まばゆい光に包まれて死ぬとか、ある意味豪華だな、なんて阿呆なことを考えながら、恐怖から逃れるように目を閉じた。


 ……なんだか、あったかいなぁ。



「……うそだろ……こんな話、聞いたことねェぞ……」



 思考を放棄した脳が、青年の呟きで覚醒する。我ながらなかなかのオタク脳だと思う。どんなに小さくたって推しの声は聞き逃さないとは……! 

 って、妙なところで自画自賛してる場合じゃない。現実を、見なければ。



「……?」



 あれ。眩しくない……? 

 恐る恐る目を開ければ、私を取り巻いていた光が随分と力を弱めていて、拍子抜けする。自信の体を見下ろして手をグッパしてみたのは、ほぼ無意識だった。



 ……生きてる。



 今日一日で一体どれだけ生存確認をしなきゃいけないんだと思いつつも、その事実がなによりも嬉しい。それだけでなんだか、体まで軽くなった気がするし、さっきまで感じていた痛み、も……?! 

 信じられない思いで、足に視線を落とす。直視するのが辛いほどに輝いていた光はすっかり消え去っていて、すぐに状況を把握することができた。



「…………」


 そして文字通り絶句する。

 脳が盛大にフリーズをかましているのに、胸中から湧き出てくるような妙な感情を吐き出したいのに、言葉に出来なくてもどかしい。


 ……ない。怪我が。何一つ。綺麗サッパリ。

 震える指先で、足を撫でる。熱もすっかり引いている。

 ……ということは、つまり……



「う、疑ってごめんよぉおおおおお!!!!!」



 そう、私の勘違いだった。それもかなり盛大な。

 この天使ような可愛いこの子は、ファンシーなビジュアルそのままの子だった!! 善意を疑って本当にごめん!!

 謝りながらユニコーンに抱き着く私に、青年から「はァ!?」という声があがった。それに「だって!!」と怒鳴るように返してしまったのは、ほぼ反射だった。

 勘違いだったにせよ怖かった気持ちは本物だもの。



「なんか急に光り出すし、包まれるし! 怖いじゃん! わけわかんなさ過ぎて、私死ぬんかと思うじゃん!!?」

「いや、思わねェだろ普通。どう見ても“回復魔法”だっただろうが」



 勘違いだったってわかっても、まだ心が落ち着かないし、なにより思考が追いつかない。

 そのせいでこれじゃ八つ当たりだと分かっていても、荒ぶった感情たちが勝手に出ていってしまった。

 間をおかずにいたって冷静に返された言葉が斜め上すぎて、言い返すつもりでいた攻撃的な気持ちが削げ落とされた。



「……かいふくまほう」



 知っているのに縁がないその言葉を、まるで言葉を教えられているオウムのような心境で繰り返す。冷静に思い返してみれば、確かにそれらしい“エフェクト”だった。魔法が存在する世界なのだから、「回復魔法」があったってそりゃあ可笑しくは、ない。

 でも……でも! どうしてもこれだけは言いたいと、オタクな脳がえらいこっちゃと騒ぎはじめた。



 「涙で傷が癒える」って、「不死鳥」の特権じゃないの!?



 と。

 脳裏では勝手に「校長先生の愛鳥」の大活躍なシーンが再生されていた。うん、原作が完結してからもう何年もたっているけれど、よく覚えてる。主人公の窮地を救ったあの名場面は、とても印象深かったもの。

 で。そんなわけで「涙で回復」は不死鳥の固有スキルみたいなイメージが強かったから、まさか同じことをユニコーンができるとは思ってもみなかった。



「なんだよ、その狐につままれたような顔はよォ……わかっちゃいたが、ほんっとに箱入りなんだなァ。怪我することすら、初めてなんじゃねェの?」

「……回復魔法、を見たのが初めてなだけ……」

「へぇ」



 呆ける私の姿にこれまで生きてきた環境が透けて見えたのか、青年の言葉に小さな棘が混じる。一体どれだけ甘やかされた環境にいたんだよ、という呆れが副音声として聞こえた。

 そもそも「魔法」が存在しない世界出身なので、そんな「どう見ても」なんて当たり前のように言われたって、驚くのは仕方がないと思うんだ。でも、それを青年に言ったところで、それこそどうしようもないので口は閉じておいた。



「ブルル?」

「あっごめんね、苦しかった?」



 小さな嘶きに、ハッとユニコーンの首元に抱き着いたままだったことを思い出した。慌てて腕を離す。じっと私を見つめてくる青空の瞳はまだ若干潤んではいたけれど、涙は止っていてほっとした。



「怪我を治してくれてありがとう」



 長いまつ毛に涙の粒が乗っているのを拭ってあげながら伝えると、穏やかに目を細めすり寄ってきた。かわいすぎる。これがモンスターだってことが本当に信じられなくなりそうだ。



「つか、治ったんならもう立てんだろ」

「うん。……ほんとうに、ありがとうね。元気で」



 「ね」と続ける予定だったのだけれど。立ち上がった私の行く手を阻むように、立ちふさがったユニコーンに言葉が途切れた。

 あっれー? ご理解いただけたと思ったんだけど、私の勘違いだったのかなー?


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