014 状態異常
ユニコーンの奇行に頬を引きつらせた青年が、再びユニコーンへの警戒心を募らせていくのを肌で感じる。また雰囲気が張り詰めていく気配が、とてつもなく心臓に悪い。
そりゃ戦闘シーンは漫画でもゲームでも、映画でもそれなりに見てきてはいるけど、こんな眼前で見たくはないよ! 流血とか見たくないし。
なので、それが実現しないようにとユニコーンに手を伸ばした。機嫌を直してください、ユニコーン様お願いします。
ご機嫌斜めだし、嫌がられたらどうしようかと思ったけど、目を細めて受け入れてくれたのを見て胸をなでおろした。よかった~!
「……ところで、少しは魔力回復したか?」
私がユニコーンをなだめている隙に、青年がササっと角を回収した。ウエストポーチの両側面から少しはみ出しているのがちょっと気になるけど。
無事に目的のアイテムを手に入れた青年が、不意にそんな疑問を飛ばしてきた。
青年からの唐突な問いかけに、「そういえば、そんなことを言ってましたね」と数時間前にした噛み合わなさすぎる会話を思い出す。あの頃は、ただのコスプレイヤーだと思っていたし、当然「魔力」なんてものはファンタジーの世界にしか存在しないものだと思ってた……つまり、ここでは当たり前のように実在するものなのかぁ……
凄いところに来ちゃったなと改めて実感する。
無言で首を横にふった私に、青年は面倒臭そうにため息をついた。けど、こればっかりはしょうがないと思う。だって、そもそも「魔力」なんてものを「地球生まれ」の私が持っているわけがないので、回復もなにもないんだもの。
でも、今ここでそれを説明するには気力が足りない。
「しゃあねェなァ……まあ、アンタのお陰でこんな簡単に角が手に入れられたわけだし、仕方がねェから安全な場所までは面倒見てやるよ」
「ありがとうございます! お世話になります」
青年から非常に渋々ではあるけれども、とてつもなく有難く、そして一番引き出したかったお言葉をいただいた。さすが私の推し。心が広い!
余りの嬉しさに、食い気味にお礼を言って頭を下げる。よかった! これで一先ず、身の安全が確保できた。安全な場所についたら、改めてこの摩訶不思議な現象の一部始終をお話しようと思います。
だから青年! ぜひ、安全なところまでお世話してくださいませ!
「こっからまだ二時間……いや、三時間はかかるからなァ、精々気合入れて着いてこいや」
「さっ、三時間も……!? ……がんばります……」
ようやく、青年の役に立つことが出来たうえに、当面の安全までも確保できた安心感から頬が緩む。そんな私に青年は「やれやれ面倒なものを拾ってしまった」とでも言いたげな表情で、釘を刺さしてきた。
突如突きつけられた過酷な現実に、上向いていた気持ちが一瞬で萎えた。でも、頑張るしかない……じゃなきゃ、この森で野宿しなきゃいけないってことでしょう? そりゃ歩きますよ、たとえ足が血まみれになろうとも。
「というわけで、ユニコーンさん。こんなに懐いてくれたのは、とっても嬉しいんだけど、そろそろ本当にお別れしなきゃ……」
さすがに三度も負けるわけにはいかない。それに本当にいい加減にしておかないと、青年に見捨てられてしまいそうだし。ここは心を鬼にしてでも、ちゃんとお別れしないと。
大丈夫、賢い子だからきちんと話せばわかってくれる。そう自分自身に言い聞かせながらユニコーンに話しかける。
「……ヒィン……」
「ぐっ……! あ、あのね、私だって君と離れるのは、すっごく名残惜しいんだよ?」
分かってはいたけど、この子めちゃくちゃ手強い。まず見た目からして私との相性がすこぶる悪い。可愛すぎるのよ本当に。何でも言うこと聞いてあげたくなっちゃう。
それに加えて、潤んだ瞳と垂れる耳と、か細い声の追撃ですよ? 悪いことしてないはずなのに、湧き上がる罪悪感が半端ないんですけど。
……そもそも、この子はなぜこんなにも私を引き留めようとするのだろうか? 寂しいの? 身体は大きいけど、実はまだ子供だったりするんだろうか……?
「でもね、君と違って弱い私はここじゃ生きていけないの。……例え、君がさっきみたいに他のモンスターたちから守ってくれるとしても、私はここで君と一緒に生活は出来ない」
だってトイレもお風呂も、お布団すらないんだよ!? 奇跡的に死ななくても、三日と持たずにズタボロになるのが目に見えている。特に精神面が。
登山とかアウトドアな趣味を持った人ならまだしも、私のようなインドアオタクにそんな過酷な環境で生活できるスキルも、精神力もあるわけがない。
「ごめんね」
「……」
無反応が辛い。
でも言いたいことは言い終えたし、あとは、なんかこう……伝われ! シンパシー的な感じで。もの言いたげにじっと見つめてくる瞳を、同じく見つめ返しながら沈黙に耐える。長く感じる居心地の悪い雰囲気は、立ち上がってくれたユニコーンによって拡散された。
どこか渋々といった様子だけれど、それでもわかってくれたことに心底ほっとする。
「ありがとう」
お礼を告げて、立ち上がろうと思うのに。足に力が入らない。両手を地面について、体制を変えて再度試みるけれど、無理だった。感覚が可笑しい。じんじんとした痛みを通り越して、もはやあやふやになっている。
無言で見下ろしてくる青年の反応が怖すぎて、顔を上げることもできない。どうしようと、焦れば焦るほど冷や汗が浮かんできた。
心情的には今すぐにでも立ち上がりたい。これ以上青年に迷惑をかけたくない。
でもこれはアカンやつや。「今無理やり立ったら逆に怪我して歩けなくなるぞ」と脳がサイレンを鳴らしている。
「……った、大変申し訳ないんですけど、もう少しだけ待ってもらってもいいでしょうか」
「いや、まァ……そりゃあ、そうなるわな」
結果、脳の警告に従うことにした。だって怪我して歩けなくなる方が、迷惑だもの。それに比べたら、例え嫌そうな顔をされても感覚が正常に戻るまで待ってもらう方が、お互いの為である。
そう思って正直に告げたお願いを、青年は思いのほかすんなりと受け入れてくれた。しかも、どちらかというと納得したような、同情してくれているようなニュアンスで。
「ごめんね……」
「別に謝るこたねェわ。つーか、痺れて当然だろ」
それでもやっぱり迷惑をかけているという罪悪感は消えなくて謝れば、素っ気ないけれど優しい言葉が返ってきた。青年の視線がユニコーンへと向かい、しみじみと頷くのを見て乾いた笑みがもれる。
ですよね、あの大きな子をさっきまで膝枕してたんですよ、私。そりゃ足の感覚なくなっても可笑しくないよね。理解があって助かります。
二人して見つめていたからか、ユニコーンが不思議そうに首を傾げた。さらに「どうしたの?」と問いかけてくるように顔を寄せてきたので、「なんでもないよ」と言いつつ手触りの良い鼻筋を撫でる。
「ついでだ、今のうちにこれも塗っとけ」
「え? ぅわっ!」
「私の足よ、早く治れ~」と念じながらユニコーンを撫でていると、青年に何かを投げ渡された。急に投げるものだから、慌てて両手をそちらに向ける。ポーンと高く綺麗な放物線を描いたソレは、青年の投げ方が上手かったからか、上手に私の手元へと落ちてきた。
そっと手を広げれば、五百円玉くらいの小さなケースだった。ポカンとして青年を見ると、なぜか顔ごとそっぽを向かれた。
「薬だ。足の裏、痛ェんだろ」
「あっ、ありがとう~~~!!」
優しい~~~~!! 私の推しがっこんなにも!!
最上級の感動で胸が“ぴょんぴょん”する。もはやこのトキメキは“きゅんきゅん”では足りなかった。跳ね回る心がそのまま飛び出していきそうなレベルだった。感動とトキメキと嬉しさが混ざり合って、涙がにじむ。
薬が入った小さなケースを胸元でぎゅうっと握りしめた。半分が優しさで出来ているというあのお薬よりも、多くの優しさで出来ていると思った。
「はよしろや」
「……ぐすっ、ありがとぉお」
明らかに照れ隠しとわかる青年の乱暴な言葉に急かされる間も、トキメキが一向に収まらない。
「っだァら別に、普通のことだろうが! いちいち礼とか言ってんじゃねェ! あと泣くな!!」
「うぅ~~~っ……尊い……」
「は?」
泣くなと言われましても、だって君の一言一言が刺さるんだもの。
そうやって本人は無意識なんだろうけども、オタク心に「火に油を注ぐ」ように投下してくれているお陰で、そろそろ火柱にでもなりそうな勢いなんだが、どうしてくれるの。燃えつきろってか?
つい、口から零れ出たオタク丸出しの言葉に、青年の顔が歪んだ。「何言ってんだコイツ」とその顔に書いてある。非常にわかりやすい。
でももうそんなお顔すらも、素直で可愛いなとしか感じないレベルに推せる……最推し尊い。悶えるなという方が無理。
そんな阿呆なことを思いながら、のろのろと麻布を脱ぐ。そして見事に赤く腫れあがった足に、ドン引いた。グッロッッ……!




