013 強敵
「“はっ!”じゃねェんだよ、完全に俺のこと忘れやがって……」
「ごめん……この子があまりにも可愛くて、つい」
じとっとした視線から逃げるように、視線を落とす。話している間も手を動かしているからか、ユニコーンが青年を気にする様子は見られなかった。相変わらず、うっとりと目を細めている。
その愛らしさに、デレ~っと頬を緩ませていると「ここも!」と言わんばかりにユニコーンがその巨体をよじった。ちょっとした動作でも、身体が大きいから普通にびっくりする。
「……お前、マジでなんなんだよ……」
「そう、言われましても……」
想定外過ぎるユニコーンの行動に、青年からは疲れたような声があがった。剣を構えていた腕が、力なく垂れる。そんな青年に苦笑いを返す私は私で、あまりにも無防備なユニコーンの姿に、心底驚いていた。でも、手だけはちゃんとリクエストに応じている。
「いや、これは私がどうこうというより、この子が人懐っこすぎるんじゃないの?」
「はぁ……警戒してる俺の方が馬鹿みてェじゃねェか……」
だって、この子、お腹見せちゃってるよ? さすがに「へそ天」とまではいかないけど、普通野生の生き物がこんなことしないよね? 天下のユニコーンがこんなワンコみたいな行動に出るなんて、誰も思わないじゃない。
もしかしたら、誰かに飼われてるんじゃないかと疑いたくなってくるくらい、人慣れしすぎている。それか人工飼育……とか? それって可能なんだろうかと、一瞬考えたけれど青年の反応を思い出してすぐさま「やっぱないよね」と思い直した。
だとしたら、やっぱり人間に助けてもらった過去がある線が濃厚なのかな?
……その時のお方! ありがとうございます、貴方の優しさとご厚意が巡り巡って今、私と青年に恩恵を与えてくださっています。
深く考えることを放棄した脳裏で、見知らぬ恩人へと勝手に感謝を述べていると、ユニコーンがまた身をよじった。どうやら、かゆいところから微妙に外れていたらしい。ごめんね。
あ、この脇の下あたりですか? ここ、うちの子も好きなんだよね~……
「で、いつまでそうしてるつもりだ?」
「……いつまでだろうね?」
「俺に聞くな」
「もしもの攻撃」に備えてか、私たちから一定の距離をとっている青年が見守る中、撫で続けること早数分。呆れたような顔で青年からそんな問いかけが飛んできたけど、そんなの私にわかるはずがない。
視線を遠くに飛ばしつつ問い返せば、間髪入れずに素っ気ないお返事をいただいた。
ですよねー。でもその疑問の答え、私も知りたい。
だってこの子、全然満足してくれないんだもの。角を態々折ってくれた恩返しの意味も込めて、誠心誠意、一生懸命撫でさせてもらってはいるけれども……いい加減、腕もだるくなってきたし、なにより足が限界を迎えてしまいそうだった。
「っつーかよォ、ソイツ、寝ちまってんぞ」
「え?」
どうしようかと悩んでいたら、近くの岩に腰を下ろしていた青年から、そんな言葉が飛んできた。慌ててユニコーンの顔を覗き込むと、完全に目を閉じ夢の世界へと旅立っていた。耳をすませば「スピー、スピー」という小さく愛らしい寝息が聞こえて目を瞬かせる。
え、嘘でしょ……ずっと顔から首にかけてを撫でてたけど、全然気づかなかった……ただ、気持ちよくて目を閉じてるだけだと思ってた。
覗き込んだ寝顔は、本当に危険なモンスターなのかと疑いたくなるほど穏やかで、その眠りを妨げなければいけないことに、罪悪感が湧いてくる。
でも……っ!
「ユニコーンさん、ユニコーンさん、起きてください」
さすがにこれ以上膝の上で眠られるのはちょっと、ご勘弁いただきたい。足がぺちゃんこになってしまいそうなので……っていうか、申し訳ないんだけど、マジで限界なんです……!
実は結構前から主張してた足からのSOS信号をこれ以上無視できないので、撫でていた手の動きを変える。ペチペチ、と軽く叩くようにしながらユニコーンに起床を促した。
「お願いします、私の足が再起不能になる前に起きてください」
「……?」
切実な願いが通じたのか、有難いことにユニコーンは思いのほかすんなりと起きてくれた。ただ、若干寝ぼけているのか、こちらを見上げてくる瞳はポヤポヤしている。“ゆめかわ“な見た目の効果も加わって、可愛さに拍車をかけてくる。
「なぁに?」と問いかけてくるように、ゆっくりと首をかしげるユニコーンに心臓がダメージを負った。ねえこの子、可愛すぎません? モンスターだってこと忘れそうになるんだけど。
「起こしてごめんなさい。でも、私たちそろそろお暇しなきゃ」
「友達ん家か」
可愛さという武器に随分とヒットポイントを削られたし、正直この子と離れるのは名残惜しいけど、背に腹は代えられない。ぐっと心を鬼にしてそう告げた。
途端に私の言葉選びが引っかかったらしい青年からツッコミが入る。あまりにも的確なそれに、自分で言っておいてなんだけど吹き出しそうになった。青年、ツッコミの才能あるよ。
心のうちで青年に向けてグッドボタンを押しながら、ユニコーンの反応を伺う。言葉を理解しているこの子なら、すぐに立ち上がってくれると思っていた、んだけど……
「っ……やっぱりもう少し、一緒にいようかな!」
「オイ、あっさり負けてんじゃねェ」
しゅんと垂れたお耳と、顎を私の膝の上に戻したうえでの、上目遣いに秒殺された。簡単に手のひらを返した私に、またもや青年からごもっともなツッコミが入ったけど、だって、こんなの勝てるわけないでしょ!? あざとい! か“わ”い“い”!!
荒ぶる心をそのままに、ユニコーンをわしゃわしゃと撫でまわす。もはやウチのワンコのような扱いだけども、満更でもなさそうなのでノープロブレム。
はぁ……本当にかわいいなぁ。連れて帰えっちゃおうかな……って、この世界に私のお家ないんだった……
「……そろそろ山を下りはじめねェと日が暮れちまうなァ」
「それは困る」
足のしびれを無視してユニコーンを愛でる私に、青年はあきれ果てたようなため息をついた。それから手のひらで日差しを遮り、空を仰ぐ。
太陽の傾き具合を確認しながら告げられた言葉に、思わず真顔で即答した。こんな怖いところで一夜を過ごすとかありえない。こういうときだけ無駄に力を発揮する想像力が脳裏に映し出す、恐ろしすぎる“未来予想図”に背筋が震える。
頼もしい青年がいてくれるお陰で、恐らく死ぬことはないだろうけれど、それでもやっぱり怖いものは怖い。眠れる自信もない。
というわけで、これ以上こうしているわけにはいかなくなった。
「うおっ!?」
「えっ?」
「今度は、負けないぞ!」という意気込みで、ユニコーンに再度別れを告げようとしたのだが。
ユニコーンに先を越された。突然動いたかと思ったら、首を伸ばして近くに転がったままだった角をくわえ、青年に向かって投げたのだ。
驚いた青年が咄嗟に剣を構えたが、結構な勢いで飛んでいった角は彼を傷つけることなく落下した。丁度彼の足元に落ちた角が、カランコロンと音を立ててから動かなくなるのを、三者三様無言で見守る。
「……えっと、ユニコーンさん?」
「ブルル」
まるで青年に対して「お前はそれを持ってさっさと帰れ」とでも言うような行動に、思わず頬を引きつらせてユニコーンを見やる。
なぜか満足そうなお顔は、まあ変わらず愛らしいのだけれども、また膝の上に顎が戻ってきちゃったのは、お姉さんちょっと困っちゃうなー?




