016 駆ける
「……はぁ、オイ、さっさと乗れや。マジで日が暮れる」
「え?」
驚きと諦めがごっちゃになったような顔で、青年がそう言う。
私にはサッパリわからなかったけど、青年はユニコーンの行動の意味を理解したらしい。ため息と共に寄こされた催促の意図がわからず、首をかしげる。乗る? とは?
「んっとに、鈍いなァ……! だァら、ソイツが乗せてやるっつってんだろうが」
「ええ?!」
少し苛立った様子でユニコーンを指さす青年に、まさかと驚きながらユニコーンを見れば同意するように尻尾を揺らした。
うっそ、マジで?
待って、なにこれどんなサービス? 私、本当に君と初対面だよね? 昔、君に良くしてくれた人が、私と似ていたりするのかな。
っていうか、私そもそも乗馬の経験なんてありませんけど!? 鞍も手綱もないお馬さんに乗れるわけなくない!?
「チッ! まどろっこしい……オイ、暴れんじゃねェぞ」
盛大な舌打ちをした青年がそうユニコーンに向けて言うと、ずっと保っていた距離を急に縮めてきた。かと思いきや、急に腰を両手で鷲掴みにされる。続く浮遊感に、思わず「ぅひゃぁああ!?」と奇声を出せば、「うるっせェな!」と叱られた。解せぬ。
私の戸惑いをまるっと無視して、さっさとユニコーンに跨らせた青年はすぐさま安全な距離を確保した。素晴らしい危機管理である。
「え、と……お世話になります」
青年によって強制的に乗馬することになってしまった。
まだ心が追いつかないけれど、乗せてくれているユニコーンに感謝を伝えなきゃという気持ちだけで口を動かす。
そっと首筋を撫でれば「ふすん!」と大き目な鼻息が帰ってきた。「任せろ」ってことでいいのかな。どことなくやる気に満ちた様子だし。
「んじゃ行くぞ」
そう言って歩き出した青年が小川に近づく。一度ざっと水面を見回した彼は、へぇと小さく感嘆したような声を漏らしてから、さっき私が飛び移るのに苦労した石の上を軽々と越えていく。その素晴らしい身にこなしに、思わず拍手を送りそうになった。
渡り終えた青年がこちらを振り返る。「はよ来いや」と表情が物語っていた。
そんな青年を見たユニコーンは「ブルル」と小さくいなないてから、ゆっくりと歩き出した。その反動でぐらりと体が後ろへ傾きかけて、慌てて首元に抱き着く。
体幹なんてものは、インドアオタクにあるわけがない。腹筋についているのはせいぜい脂肪くらいなものである。非常に残念なことに。
自分で歩かなくていいのは、とってもありがたいんだけど正直めちゃくちゃ怖い。揺れもそうだけど、視線の高さが慣れなさ過ぎる。あと、接触面から伝わってくる筋肉の動きが超リアル。
そんな私の心情をくみ取ってくれたのか、ユニコーンはとてもゆったりとした足取りでまっすぐに川を渡り切った。完全に川の中に足を突っ込んでいたけれど、さっきの魚と蛙が合体したようなモンスターが襲い掛かってくることはなかった。
「オイ、まさかずっとその速度でついてくる気じゃねェだろうな?」
渡り切ったと同時に、青年がそう声をかけてきた。私に、というよりも恐らくユニコーンに。不満を隠すことなく険しい顔をしている。けれどユニコーンには効かないらしい。
まるで「なんでダメなの?」とでも聞き返すように、大きく首をかしげてみせた。後ろからでも、その動きがめちゃくちゃ可愛いくて一人悶える。
でもそう思ったのは私だけだったようで、真正面からそんな可愛い仕草を見ているというのに青年にはまるで効果がなかったらしい。表情が更に険しくなった。
お互いにノーダメージとか凄い。私からしたら、青年のそのお顔は怖すぎるし、ユニコーンの可愛さはもはや罪。どちらも心臓に負荷をかけてくるレベルなのに。
「そんなんじゃ日が暮れちまうっつってんだろ」
「ブルル」
「あぁ? そりゃお前はいいかもしれねェが、俺ァさっさと街に帰りてェんだよ」
なんと会話が成り立っている。
しかもなんか「駄々をこねる弟と、それをなだめるお兄ちゃん」みたいなやり取りだ。オタクな心臓がきゅんきゅんする。微笑ましい空気を壊してしまわないように、思わず両手で口を押えた。そうでもしなきゃ、変な声が漏れてしまいそうで。
推しが…………推したちが、 か わ い い ! ! !
脳裏で力いっぱい叫んでおいた。
そりゃ私だって散々ユニコーンに向けて話しかけてきたけど、それでもなんか、こう、このぶっきらぼうな青年が当たり前のようにファンシーな見た目のユニコーンに向けて話しかけてるのって、なんかよくない??
ダメだ、可愛さにダメージを食らい過ぎて元々ない語彙力が底をついてる。
「腹も減ってきたし」
育ち盛りかな。
付け加えられた「早く帰りたい理由」が可愛すぎて、そろそろ心臓が痛いです。
はー、やっぱり私の目に狂いはなかった。青年を“最推し”にして正解だったわ。なんて、自画自賛しながら一人と一頭のやり取りを生温かな気持ちで見守っていたら。
「なァ、アンタもそう思うだろ?」
「はぇ? ……あっはい! そうですね!!?」
やっばい聞いてなかった。急に話を振られて、驚いた。慌てて返事を返し、何も分かっていないくせに同意すると、青年からはじとっとした視線が送られてきた。明らかにばれている。
しら~っと視線を逃がせば、また大きなため息。それでも追及されることはなく、彼の視線はまたユニコーンへと戻っていった。
「ほらな」
どことなく満足げな様子の青年の言葉に、「なにが?」と疑問に思ったけれど、ここは口を挟んじゃいところなのだろうとなんとなく空気を読んで口を閉じる。
それでもまだユニコーンは納得がいかない様子で、前足で土をかき抗議するように小さくいななく。
「気遣ってやりてェお前の気持ちもわかるけどよォ、ちまちま続けるより、早く終わらせてやった方が良いこともあるだろ」
「……ブルル?」
「? えーと、そう、だねぇ?」
私のことで言い争っているんだろうことは分かった。
相変わらず幼子に言い聞かせるような青年の言葉に、ユニコーンが私に意見を求めるように横目で振り返った。
ちょっと嫌な予感がするけど、これ以上青年の迷惑になるのは気が引ける。なので、語尾に「?」をつけつつも、青年の言葉に同意した。
「うっし! じゃあ決まりだな。そうと決まれば善は急げだ。さっさと帰って飯にすんぞ!」
「えっ、ちょっ……!?」
にかっと笑ったかと思うと、急に走り出した青年に呆気にとられる。あっという間に木々の向こうへと遠ざかっていく後ろ姿に、思わず持ち上げた右手がなんだか空しい。
突然の公式からの笑顔の供給にときめく時間もくれないのですか。
え、えぇー? ここに来てまさかの置き去り……?
推しに置いていかれた……? と、ショックを受けていると、ユニコーンがまたこちらを振り返ったのがわかった。
煌めく青い瞳が、何かを促しているように思えて、見つめ合いながらしばし考える。
あっ。もしかして、早くつかまれってこと?
都合のいい解釈だとは思うけれど、これ以外思いつかない。そっと手を伸ばして、首に抱き着けば満足そうな鼻息が返ってきた。よかったこれで正解だったみたい。察しが悪くて申し訳ない。
ユニコーンが小さく嘶いてから動き出す。最初は普通に歩いたかと思うと徐々にスピードを上げていき、すぐに青年に追いついた。文字通り、風を切るような速さだった。
「おっ? やっぱ早ェなァ!」
「ヒヒン!」
足音で気づいたらしい青年が、隣に並んだユニコーンに向けて楽しそうな声を上げた。青年に合わせて速度を落としたユニコーンの嘶きもどこか楽しそうに聞こえた。
そんな一人と一頭のやり取りが、心底、微笑ましいのに!! 全然、ほっこり出来ない!!
振動が凄すぎて顔を上げることさえも出来ないが悔しい。私からすれば、SSRのスチルのような光景が目の前にあるのに、ろくに見ることもできないもどかしさに唇を噛みしめた。
だって必死にしがみ付いていないと、絶対に落ちる。腕も、太もももお尻も、妙に力が入っているせいで痛いけど、そんなこと言ってられないレベルで揺れるんだもの!
推したちの可愛い会話を、堪能できないなんて、これなんて嫌がらせ!? っていうか、もう本当に怖い! ジェットコースターとかも無理なのに、これは本当にハードルが高すぎる。
そりゃ、 アニメとかでビルの間を飛び回ったり、崖を駆け降りたりするシーンとかはかっこいいなって思ってたよ? あと、乗馬のシーンとかも! でも、でもね!? 体験したいとは思ったことないんだよ……!
そんなことを脳裏で叫びながら、必死の思いでユニコーンの首にしがみつくこと、およそ数十分、もしかしたら一時間以上。長い間ユニコーンの背で揺られていたせいで、完全に時間の感覚がマヒしていた。頭がクラクラする。
気力が底をつきかけた時、ようやく一人と一頭の足が止まった。軋む身体を起こして目を開ける。一変した光景に思わず息を飲んだ。
見渡す限り立派な木々に囲まれていた森の中とは違い、背丈の低い草花が生い茂る平地が広がっていた。




