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暗闇の先

 女の子に案内されて辿り着いた場所は、村からそう離れていない森の中だった。


 地面が途切れている場所まで行くと、落ちないよう慎重に下を覗き込んでみるが、暗くて何も見えない。

 灯明の魔法を崖下辺りに固定すると、ようやく下が見えるようになった。


 想像していた程ではないようだが、それでも建物一階分位の高さはあるだろうか。

 降りようとしていたならまだしも、突然落ちたのであれば、下手したら命にも関わる可能性がある。


 ――しかし、見下ろした先に件の男の子は見当たらなかった。


「ここで間違いないんだよね?」

「はい……! ――ここで間違いないです!」


 自力で崖を上がって帰ったのだろうか?

 ――いや、この高さであれば頑張ればいけなくはないだろうけど、話によると怪我をしているということだったので、その可能性は低いだろう。

 とすると、崖を迂回して帰れる道があるとか?


「この下から村に続く道はある?」

「ごめんなさい……分かりません……」


 女の子は申し訳なさそうに顔を伏せながら、謝罪の言葉を口にした。

 考えてみれば、そんな道があるなら一緒に帰ってくればいい話だもんね。


 それにしても、こうなると厄介だなぁ。

 元々の予定では、彼女の弟に治癒魔法を掛けて、引っ張り上げて終わりの筈だった。

 しかし、移動してしまっているとなるとそうはいかない。男の子を見つけるという前提が追加された為である。

 しかもこの暗闇の中で。


「とりあえず下に降りて探すしかないかな? 特徴を教えてくれれば、私が一人で行ってくるけど――」

「私も行きます!」

「――だよね」


 道中の必死な様子から、こういう回答が返ってくるのは何となく分かっていたのだが。

 ――仕方ない、抱えて飛び降りるかな。


肉体強化(フィジカルアップ)――ちょっと失礼」

「え、あ、え!?」

「舌、噛まないように気を付けてね――!」


 強化魔法を自分に掛け、突然の事に理解できないといった様子の女の子を所謂(いわゆる)お姫様抱っこで抱えると、そのまま崖下へと飛び降りた。


 ふわりと逆立つ白銀と深翠の髪。浮遊したような感覚と同時に迫ってくる地面が見えて――直後に両足を伝ってきた衝撃に、転びそうになるのを何とか耐えて着地する。


「――ふぅ。大丈夫だった?」

「……寿命が縮まるかと思いました」


 そう呟く女の子を地面に下ろす。

 立ち上がり、こちらに向けられた彼女の翠の瞳には、少し非難の色が混じっているように見える。


 一応、ちょっと強引だったかな? とは自分でも思っていたので――思わず目を逸らして頬をかきながら――謝罪の言葉を口にした。


 どうやら、この世界に来たばかりの頃に瞬間移動(テレポート)に失敗して上空から落下した経験があるせいか、これくらいの高さであれば飛び降りる事に何の抵抗も感じなくなってきているようだ。


 もっとも、未だにあの時の事はトラウマになっていて、瞬間移動の魔法は使えないんだけど。


「さて、弟くんを探しに行かないと――そうだ、今更だけど自己紹介してなかったね。私の名前はユーキ、回復職をやってる冒険者だよ。よろしくね」

「あ――そ、そうでしたね! 私、シオンっていいます。よろしくお願いします、ユーキさん!」


 気を取り直して探しに行こうとした時に、まだ名乗ってなかったことに気が付いたので自己紹介をすると、女の子も慌てて名乗り返した。


「ユーキでいいよ。よろしくね、シオン。それじゃ弟くんを探しに行こうか」

「はい! えっと……それで、どうやって探すんですか?」

「んー、どっちに向かったかだけでも分からないと探しようがないから、まずは足跡とかの痕跡を見つけないとね」


 俺の言葉を聞いたシオンが頷く。それから二人で周囲の地面を探し始めた。


 探し始めて数分した頃。崖から見て正面に伸びる獣道に、一枚の布が落ちているのを発見する。

 鮮やかな紅色の下地に金の刺繍が入った綺麗な布だ。


 もしかすると、シオンの弟のものかもしれない。そう考えた俺は、彼女を呼んで確認してもらう事にした。


「この布、見覚えある?」

「これ――私が弟にあげた布です! いつも右腕に巻いてた……!」

「そっか、じゃあここを通ったのは間違いないかな」


 向かった方向は判明したが、何故遠ざかるような道に進んで行ったのだろうか。

 村に帰るのであれば、村の方向でもある左側に伸びている道を行くと思うんだけど。


「シオンの弟くんって、もしかして凄い方向音痴とか……?」

「そんな事はないと思いますけど……」


 ふと湧いた可能性を口にしたが、姉であるシオンが否定するなら違うのだろう。

 方向音痴でないのであれば、何かに巻き込まれたとか?

 何にせよ、あまり悠長にしているわけにはいかないのは間違いない。


 光源になっている俺を先頭にして、シオンと共に布が落ちていた獣道を進む。

 先に進むほどに森が深くなり、頭上には木々の葉が重なった天井が出来始めていた。時折聞こえてくる鳥の羽音や鳴き声が、不気味さに拍車を掛けている。


「ユーキさん、よく平気で進めますね……」

「いやぁ〜、内心ではかなり不気味で嫌だと思ってるけどね」


 先程から俺の右袖を掴んで、音が聞こえるたびに体を震わせているシオンから話しかけられ、苦笑しながらそう答える。


 暗闇の中を進むのは中々に勇気がいることだし、正直なところ、最初は怖さもあった。

 それでも自分以上に怖がっている人がいると、かえって冷静になれるようだ。


 そうしてしばらく真っ暗な獣道を進むと、前方に仄かな光が見えてきた。

 魔法で出来た白い光とは違い、少し赤い色の混じったものだ。

 そして同時に聞こえてくるナニカの声――声というよりも、鳴き声に近い甲高いもの――が聞こえてきていた。


「これ――ゴブリンの声だ……」

「ゴブリン?」


 呆然と呟くシオン。その顔は絶望したかの様に歪んでいる。

 ゴブリンって、ファンタジー作品には必ずと言っていい程出てくる、あの緑色のヤツ?


「この辺のゴブリンは、騎士団が掃討したって聞いてたのに……! これじゃ弟はもう――」

「シオン、落ち着いて。まだ弟くんがそこにいるって決まったわけじゃ無いよ」

「でも……」


 不安そうな表情のままこちらを見ているシオン。

 落ち着かせるためにそうは言ったが、正直シオンの弟がそこにいる可能性は高いと思っている。

 村とは見当違いの方向に布が落ちていた事も、ゴブリンに攫われたと考えれば腑に落ちるからだ。


 それと同時に、まだ無事でいる可能性も高いのではないかとも考えていた。理由は、ここまでくる間に血が落ちていなかったことである。

 もし襲われたのだとしたら、少なからず血が流れるのではないだろうか。


 勿論、自分から歩いて行った可能性も否定出来ないが、シオンの様子から考えると、普通であればわざわざ明かりと共にゴブリンの声が聞こえる場所に行くとは考えにくいだろう。


「一応確認するけど、ゴブリンって凶暴なの?」

「は、はい。聞いた話だと、すぐに襲い掛かってくるとか」

「そっか、分かった。――それじゃ行こうか」


 その答えを聞いて、シオンの弟の無事をある程度確信した。

 何故かは分からないが、少なくとも襲われたわけではなさそうだ。

 かといって楽観視するわけにもいかないだろう。最悪の場合、まだ試したことはないが、あの魔法(あのあの)を使う事になるかもしれない。


 そんな考察をしながら、未だに不安そうにしている彼女と共に、明かりのついた場所へと進み始めた。

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