森を越えて
出発してからどれくらいの時間が経っただろうか。長く続いた木漏れ日の射す道を抜けて視界が開けると、左手に巨大な河が流れていた。
太陽の光を反射して輝く水面に、青空と白い雲が映り込み、何とも幻想的な光景になっている。
「は〜、大きな河だなぁ」
「ラーゼット河――アルシール国の中でも最大級の河ですね。ラーン山脈から流れてきていて、数多くの魚が生息しているようですよ」
「なるほど……」
思わず溢れた言葉に、ガリスさんが解説してくれる。
向こう岸まではかなりの距離があるようで――対岸に見える木々が一回り、二回りも小さくなったように見えており――最大級と言われるのも納得の光景だ。
そして河の上流の遠方に見える山々は、ラーン山脈という名前らしい。
日本の山脈とは比べ物にならない大きさの山が連なっているようである。
下手したら富士山より大きいかもしれない。
――もしかして、これからあの規模の山を越えるの?
「あんな山を越えるんじゃ、移動も大変じゃないですか?」
「いえいえ、今回は流石にあの規模の山は越えないですよ」
俺の心配はまるで見当違いだったようで、ガリスさんは笑いながらそう返してきた。
そうなのか――いやでも今回はってことは、越える時もあるって事だよね? 商人って大変なんだなぁ。
俺たちの乗った馬車は河に沿って出来ている道を進み、河を横断する大きな橋を渡って対岸へ移動する。
途中釣りをしている人や、河で泳いでいる人が見られ、後ろの様子までは伺うことが出来ないものの、荷台に乗っている二人からは羨ましそうな声が聞こえてきていた。
――今度エレナとゼナの二人を連れて遊びに来るのもいいかもしれない。
そうして対岸へと渡ると、再び森の中に続く道を進み始めた。
先程までの木漏れ日の差す道とは違い、完全に木々に覆われた鬱蒼とした道になっているようで、どことなく不気味な雰囲気になっている。
「随分と薄暗いなぁ……」
「ここはいつ来てもこんな感じですね。迂回しても行けなくもないんですが、かなり時間が掛かってしまうので」
「こんなに暗くて、馬車の操作とか大丈夫なんですか?」
「一応これがありますから」
ガリスさんはそう言って、御者台の脇に付いている小型のランタンを指さした。
仄かな光を放つランタンは、御者台と付近の地面をぼんやりと照らしている。確かに少しはマシになっているが、それでもやはり暗い事には変わりない。
心許ない光に少し不安を覚えたため、ゼナから教えてもらった灯明の魔法を数回唱える。すると、辺りを明るく照らす光が、馬車の前側左右に一つずつ、後側左右に一つずつ出現した。
これは初めてゼナと会ったときに遺跡内を照らしていた、場所に固定出来るタイプの光源魔法である。
「凄い――こんな魔法があったんですね。それに詠唱無しで魔法を使う人は初めて見ましたよ……」
「あ~、かなり珍しいみたいですからね……」
驚いた様子で呟くガリスさんに、苦笑いを返す。初見で魔法を使うと、大体同じ反応するんだよなぁ。
本当はかなり珍しいってレベルではなく、過去に例がないらしいけど、ややこしくなりそうだからここでは割愛。
ともあれ、これでかなり明るくなったため、視界に不安はなくなっただろう。
「これだけ明るく出来ると、暗くても安心なんですけど」
「大きめのランタンとかでもダメなんですか?」
「それは難しいですね」
俺の疑問に渋い顔で答えるガリスさん。
大きいランタンを付けると、揺れや衝撃の影響を受けやすくなるそうで、下手すると引火の危険があるんだとか。
交易のために荷物を運ぶ商人にとっては、商品への引火は絶対に避けたいのだろう。
光に照らされ、少し先まで見えるようになった道を馬車が進んでいく。
「この道、どのくらい続くんですか?」
「もう少しで抜けると思いますよ。森を抜けると村があるので、今日はそこで休憩しましょう。暗いから分かりにくいと思いますが、そろそろ陽も落ちる頃合ですから」
「分かりました」
ガリスさんの言う通り、暫く馬車に揺られると森を抜け、山の麓にある小さな村へと辿り着いた。いつの間にか、辺りは黄金色に染まっており、数刻としないうちに夜の帳が下りることだろう。
「――やっと休憩できるわね」
「さすがにちょっと足が痺れちゃったよ」
村の馬小屋に馬車が止まると、荷台からエレナとゼナが降りてくる。
やはり窮屈だったのか、身体を伸ばしたり、手足を回したりしていた。
「二人共お疲れ様、今日はここで泊まるって」
「もう暗くなってきてるものね」
「そっか~。明日から山を登るのかなぁ?」
「嬉しそうだね、ゼナ」
瞳を輝かせているゼナ。出発前から景色を楽しみにしてたもんなぁ、明日は大はしゃぎなんじゃないだろうか。
そうして三人で会話をしていると、ガリスさんが明日の予定と宿の案内をしてくれた。
宿代を出してくれるという話になったのだが、流石に宿代まで出してもらうのは気が引けたので、気持ちだけ受け取ることにする。
宿の部屋を取り、早めの夕食を食べて部屋へ戻ってくると、すぐに二人がベッドへと飛び込み寝息を立て始める。
――早起きした上に、長旅で窮屈な場所に乗っていたのだから仕方ないか。
その光景を見ながら、俺も椅子へと座わろうとした時に、部屋の扉がノックされる。
「はーい?」
「すみませんユーキさん、ガリスです。実はちょっと相談がありまして―――」
部屋に訪れたのはガリスさんで、相談の内容は、簡単に言えば荷物の見張りをして欲しいということだった。元々護衛で来ている以上、断るつもりはなかったので、二つ返事で引き受ける。
ベッドで横になっているエレナとゼナまで起こすのはかわいそうだったので、一人馬車の元へと向かうことにした。
宿から出ると、辺りはすっかりと暗くなっており、村の家から零れ出る光と村の入り口に置いてある松明の光だけが僅かに地面を照らしている。
「――この世界は、もう少し街灯に力を入れた方がいいと思うんだよね」
一人呟きながら、馬小屋の隣に泊められている馬車の荷台へと向かう。
こっちに来てから、街灯などの光源が少ないなと常々思っていた。明るいか暗いかで犯罪率が大きく変わってくる、なんて昔テレビで見たような気がするし、やっぱり街灯は大事だと思うんだ。
何より、暗いと動きにくくて仕方がない。
そんな愚痴に近い事を考えていると、村の外から一人の女の子が必死の形相で駆け込んできた。
馬小屋は街の入り口付近にあったため、そこに向かっている俺とばっちりと目が合うと、そのまま俺に近付いてくる。
「その格好……! 冒険者の方ですよね!? お願いします、弟を助けてください!」
「一回深呼吸して落ち着いて? 何があったの?」
俺の言葉通りに深呼吸をして冷静になった女の子が、詳細を教えてくれる。
どうやら薬草摘みに行った際に、崖から弟が落ちてしまったらしい。高さはそれほどなかったとの事だが、怪我をしている弟を引き上げることが出来ずにいる内に、辺りが暗くなってしまったということだそうだ。
「お願いします、力を貸してください……!」
「うん、分かった――と言いたい所だけど、荷物の見張りどうしようか……」
必死に頼み込んでくるこの子を見捨てる気はないのだが、今は仕事で来ているため、荷物を放置していく訳にはいかないのも事実である。
せめて荷車を隠せれば……
その時、ふとゼナに教わった幻惑の魔法を思い出した。
確かあれ、余程違和感を感じない限りバレないって言ってたっけ。
荷台に擬態の魔法を掛け、後ろの背景と同化させる。
――これなら、直接触れたりしない限りバレないだろう。
ガリスさんには少し申し訳ない気持ちもあったが、今はこの子の弟を助けないと。
灯火の魔法を使って足元を照らしだすと、女の子の案内で彼女の弟の元へと向かうのだった。
総合ptが700を超えていました!
ここまでこれたのも、読者の皆様のおかげです。本当にありがとうございます!
最近更新が遅れ気味で申し訳ないのですが、エタるつもりはないので、そこは安心していただければと思います。





