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隣国への護衛Ⅰ

 身体へと掛かる重みと暑さが原因で、ふと目が覚める。

 まだ靄のかかった意識で――まるでまだ夢の中にいるかのような感覚の中――視線を巡らせると、俺の身体に抱きつく様にして寝ているゼナと、お腹に足を乗せる形で寝ているエレナが見えた。


 ――なるほど、寝苦しさはこれが原因だったのか……


 窓の外には、青白い中に赤みがかった色が混ざり、所々薄紫色になった空が広がり始めている。

 仰向けで寝転んだまま、両腕を頭上へと突き出して伸びをして、身体中に酸素を送って覚醒を促す。


「ん、よし。起きますか――エレナ、ゼナ、朝だよ」


 自分に言い聞かせる様に呟くと、身体を起こして立ち上がり、両隣で寝息を立てているエレナとゼナを起こすために声をかける。


 ゼナは少し身動ぎをした後、薄く目を開けて何度か瞼を瞬(しばた)かせると、上半身を起こして、伸びと同時に大きく欠伸をしてから、寝ぼけ眼でこちらを見た。


「ん――ゆーきおねえちゃん、おはよー」

「おはよう、ゼナ」


 人が動く気配に気がついたのか、遅れてエレナも目を覚ます。

 窓の外を確認すると、恨めしそうな顔でこちらを見てくる。


「おはよう――まだ陽が昇る前じゃない」

「昇り始めてはいるでしょ?」

「ユーキはちょっと早起きすぎるわね……」


 そう言うと、エレナはのそのそとベッドから起き上がった。

 ――いや、今日に限っては君達が原因なんだけどね。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「二人とも準備は出来た?」

「問題ないわ」

「大丈夫だよー」


 朝食の後片付けが済んで、出発する前に確認を取る。

 エレナは日持ちする食料――パン、乾燥肉などを、ゼナは三人分の着替えの入ったカバンを、俺は寝袋・テントや、調理器具の入った物をと、昨日のうちにカバンに詰めておいた持ち物を、それぞれ分担して背負っていた。


 家の施錠を確認してから、集合場所の門前へと向かって歩き出す。


「今日も晴れて良かったよね」


 街中を歩いている途中、燦々と輝く太陽を見ながら、隣にいる二人に話しかける。


「そうね――雨が降っていたら最悪だったわ」

「長旅になるって言ってたもんね」


 頷き同意するエレナとゼナ。

 雨の中移動するなんて、考えるだけでも気が滅入るよね。


「あ、そうだ――これから向かうセルキナって、どの辺にあるの?」

「アルシールの北東に位置する国よ。国境にある山を越えた場所にあるから――最低でも二、三日は掛かるんじゃないかしら。 」

「山越えるんだね〜、景色とか綺麗かなぁ 」


 ふと口にした疑問に対して、エレナが指を立てながら説明する。

 ゼナは山越えという言葉を聞いて目を輝かせ、心なしか跳ねるような足取りになっていた。


 こっちの地理には疎いために、昨日の打ち合わせでは名前を聞いてもあまりピンとこなかったのだが、どうやら相当遠い場所にあるようだ。


「――少し多めに食料とか準備しておいて良かった」

「分かってて準備したんじゃなかったの? まぁ途中でどこかの街には寄るだろうから、足りなくても大丈夫だとは思うけど……ユーキって意外と抜けてるわよね」


 人知れず呟いたはずだったのだが、エレナの耳には届いていたようで、やれやれと肩を竦められた。

 ――ごめんなさい、俺異世界人なんです。


 そんな話をしながら歩くうちに、街と外を隔てる門の前まで辿り着く。

 街の外には一台の馬車と、依頼主である恰幅の良い男性――ガリスさんが待っていた。


「お待たせしてしまい、すみません」

「いえいえ、私もつい先程来たばかりですよ。護衛の方、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 先に来ていたガリスさんに謝罪すると、笑いながら許してくれた。

 馬車の荷台には所狭しと物が載せられており、二人位であれば乗ることが出来る空間があるようだ。


「荷物が多くてすみませんね、あれこれと積み込んでいたらこんな有様になっていまして……荷台にお二人と、御者台にお一人という形でもよろしいですか?」


 荷台を見ていると、ガリスさんが頬を掻きながら、すまなそうにそう言ってきた。

 往復で四日以上掛かるなら、一度に多くのものを持って行きたいとなるのは、仕方の無い話だろう。


「ええ、大丈夫です――エレナ、ゼナ。二人が荷台で、私が御者台で良いかな?」

「構わないわよ」

「うん、分かった」


 二人が荷台へと乗り込むのを確認すると、ガリスさんと共に御者台へと向かう。


 ちなみに、自分が御者台にと言ったのは、別に乗り心地を考えての事ではない。

 遠距離攻撃を出来る者が、それぞれ前後を見張るのが良いという考えがあったからであり、ゼナが御者台に乗っても、護衛という点では問題なかった。


 しかし、依頼主とはいえ男性が隣にいる状況が続くのは、まだ人見知りがあるゼナにとっては辛いのではないかと思ったため、エレナと共に荷台に乗ってもらったという訳である。



「――では出発しますね」


 御者台に乗り込むと、隣に座るガリスさんの掛け声と共に、馬車がゆっくりと走り出す。


 護衛という依頼なので、気を抜く訳にはいかないのは分かっているのだが、初めて国外へ行くということで、少しばかり気分が高揚しているのを感じていた。



「ユーキさん、でしたね。お若いのに宮廷療術士だなんて、凄いですね」


 馬車が走り出してしばらくした頃、ガリスさんが沈黙を破って話し掛けてきた。


「えっと、成り行きで任命されただけなので、そんな大層な者じゃないですよ」


 実際、特に何かをした訳ではないので、有名無実と化している肩書きである。

 まぁ、国王陛下もぶっちゃけ唾をつけておきたいだけ、とか言ってたしなぁ。


「それでも、任命されるのは凄いことですよ。なろうとしても、簡単になれるものじゃありませんから」

「――ありがとうございます」


 軽いノリで任命されたなんて、口が裂けても言えない……

 こうして周りの評価を目の当たりにすると、いかに分不相応な肩書きを押し付けられたのか痛感するなぁ。


 会話が途切れると、馬の蹄が鳴る音と、馬車が地面を走る音が奏でる独特の音色が、より一層耳に届くようになる。

 ゆったりと流れていく森の風景と、のどかに吹く風に混じる緑の香りを感じ、このまま何事も起きなければ良いのに。なんて思いながら、馬車に揺られていくのだった。

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