小悪魔ゼナ
波打ち際で、黒色と空色の二色の髪が陽の光を反射して輝いている。
白いワンピースタイプの水着を着たゼナと、紺のパレオ付きの水着を身に纏ったエレナが、水遊びをしているのだ。
その様子を、俺は一歩引いた場所で眺めていた。
「なんかいいなぁ、こういうのんびりとした時間って」
大海原から吹いてくる潮風が、長い髪をたなびかせる。
これまでやたらと厄介事に巻き込まれることが多かったため、こういった平和な時間を過ごせるというだけでも幸せを感じるのだ。
エレナとゼナの二人も、少なからずストレスが溜まっていたようだし、良い発散の場になっているのだろう。
水をかけ合って遊んでいる姿は、日常の様子からは想像出来ないようなはしゃぎっぷりである。
「――ん?」
気がつくと、目の前まで二人が近付いて来ていた。
顔を見合わせて頷くと、二人して海水を思いっきりかけてくる。
「「それ!」」
「わぷっ――うぇ、しょっぱい」
「一人眺めてるだけなんて、つまらないでしょ?」
「ユーキお姉ちゃんも遊ぼう?」
遊びに誘うなら、もっとやり方があるだろうに……
不意打ち気味だったから、海水が口に入ってしまったじゃないか。
「ふーたーりーとーもー?」
「あ、まずい。 ゼナ、逃げるわよ?」
「うん!」
「あ、こら逃げるな!」
ゆっくりと過ごすはずだったんだけど、こういうのもたまには良いかな。
そんなことを思いながら、蜘蛛の子を散らすように逃げていく二人を追いかけ始めるのだった――
「ユーキ……容赦なさ過ぎない?」
「エレナ、知ってる? 撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけなんだよ?」
「知らないわよ」
髪から水を滴らせながら、エレナが抗議してくる。
でもまぁ、先に手を出してきたのはエレナ達だからなぁ。
確かに肉体強化を使ってかけ返したのは、多少……いや、割とやり過ぎたような気もするけど。
「そもそも――なんで私にだけ全力で、ゼナには優しくかけてるのよ」
「そこはほら、日頃の行いの差だよね」
「納得いかないわ」
「えーっと……」
いきなり引き合いに出されて、困り顔のゼナ。
別にエレナが憎いわけじゃないけど、ゼナに対して全力を出すのは、なんだか気が引けたんだよね。
なんというか、彼女は守ってあげたくなるような子だからなぁ。
「とりあえず、ちょっと休憩しようよ。結構動き回ったから、疲れちゃったし」
「なんだか年寄りくさいわよ、ユーキ」
「そういう所が問題なんじゃないかな……?」
「ゼナの言う通り。優しくされたいなら、改めるがよいぞ?」
「その口調、なんか腹立つわね……」
そんな会話をしながら、海岸に設置しておいた敷物まで戻って腰を下ろすと、多くの人で賑わっている海辺を眺めつつ、のんびりと休憩した。
しばらく休んでいると、急にエレナが立ち上がり、こちらを見下ろす形になる。
「さてと、そろそろ行きましょうか」
「え、どこに?」
「決まってるわ――泳ぎによ」
「いってらっしゃい」
水泳なんて、学校の授業だけで充分だ。
一応名誉の為に言っておくと、泳げないわけじゃないよ?
子供の頃に、母親が『自分が泳げないのが嫌だったから、同じ思いをしてほしくない』という理由で、嫌々ながら長期間スイミングスクールへと通わされたのだ。
その結果『泳げるけど水泳が嫌い』という、本末転倒な事態に陥ったわけである。
「もしかして……ユーキお姉ちゃんも泳げないとか?」
「いや、泳げるよ?」
「じゃあ私に泳ぎ方教えて欲しいなぁ、だめ?」
「うっ――し、しょうがないなぁ……」
ゼナが上目遣いでお願いしてきて、あっさりと折れることになった。
本人に自覚があるかは分からないけど、段々と小悪魔っぽくなってきたなぁ……
「こんな感じ?」
「そうそう。身体の力を抜いて、交互に足を上下させて」
ゼナに泳ぎを教え始めて数時間、陽が傾き海が紅く染まり始めた頃には、支えが無くてもバタ足が出来るようになってきていた。
最初は浮くことすら出来なかったので、すごい進歩である。
「今日はここまでかな」
「うん。ユーキお姉ちゃん、ありがとうございました」
「ほいほい」
さぁ帰ろうかという時、エレナの姿が見えないことに気がついた。
あれ、どこ行ったんだ?
「――随分楽しそうにしてたわね」
「うわっ!?」
急に背後から恨めしそうな声が聞こえてきて、心臓が止まるかと思ったぞ……
振り返ってみると、頭だけ水上に出しているエレナがいた……何やってるんだ君は。
「エレナ姉、何やってるの?」
「暇だから潜ってたのよ」
「暇て――泳ぐって言い出したのエレナじゃん」
「そうだったかしら?」
機嫌悪いなぁ。
む、さては――
「――エレナ、寂しかったんだ?」
「なぁっ!? ち、違っ」
「その反応、図星だね」
「ちょっと! ゼナ!?」
「エレナ姉も混ざればよかったのに」
エレナをゼナが弄るという珍しい光景を見ることになった。
意地張って言い出せなかったんだろうなぁ、きっと。
「今日は無理だけど、次来たら一緒に泳ごうか」
「だから、別に私は――」
「はいはい、分かったから。 さ、暗くなる前に帰ろうか」
顔を真っ赤にしたエレナと、楽しそうに笑うゼナを連れて、宿へと歩き出す。
――当初の予定とはだいぶ違ったものになったけど、こんな日があってもいいよね
そうして一日を振り返ると、自然と笑みが浮かぶのだった。
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