第8話:正妻の座と共同戦線
黄昏の辺境に建つ、黄金の魔力を帯びたログハウス。
かつてはモンスター娘たちの憩いの場であったそのリビングは今、冷え切った空気と火花散る視線の交差点と化していた。
「……信じられない。アレンをこんな……こんな、淫らな獣たちの巣窟に住まわせていたなんて。王国宮廷魔導士として、断じて看過できないわ」
ソファーの特等席(アレンの隣)を陣取ったルナが、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせる。彼女の膝の上には、ぐったりと疲れ果てた黄金のマスコット――アレンが乗せられていた。
「あら、泥棒人間。……『看過できない』と言いながら、アレン様を一番独占しているのは誰かしら? その手を離しなさい。そこは、私がアレン様を巻いて差し上げる場所よ」
ミーシャが下半身の蛇体を威嚇するようにくねらせ、ルナの至近距離まで顔を寄せる。アレンの魔力を受けた彼女の鱗は、今やエメラルドのような硬質な輝きを放ち、そのプレッシャーは並の魔導師なら気絶するほどだ。
「……アレン様、お腹空いてませんか? 人間の女が作ったマズい保存食より、私の作った魔力スープの方が、ずっとお体に良いですよ」
「アレン様ぁ、私の羽毛の方が、その人間の服よりずっと温かいですよぉ?」
クゥとピーも加わり、リビングは一気に「アレン争奪戦」の様相を呈する。スライムのスイに至っては、ルナの足元からじわりと這い上がり、アレンを奪い取ろうと触手を伸ばしていた。
『……みんな、やめてくれ。……頭が痛いよ……』
アレンの力ない念話が響く。
昨夜、断崖の底でルナとモンスター娘たちが「一時的な同盟」を結んだはずだった。だが、拠点に戻った瞬間、その同盟は脆くも崩れ去り、誰がアレンの「正妻(暫定)」であるかを巡る泥沼の言い争いに発展していた。
「いい? 私はアレンと幼馴染なの。彼が幼い頃、どの本が好きで、どの季節に風邪をひきやすいかまで全部知っているわ。貴女たちのような昨日今日会ったばかりの『メス』とは、積み重ねてきた時間が違うのよ!」
ルナが胸を張り、マウントを取る。
だが、ミーシャは鼻で笑った。
「過去の話なんて、今のこの『黄金の愛らしさ』の前では無意味だわ。……私たちは、アレン様のこの姿を愛し、支え、共に生きている。……アレン様の肉球に触れ、その鎖の重みを分かち合っているのは、私たちの方よ」
「……肉球!? 貴女、アレンの肉球を触ったの!? 不潔よ! 破廉恥だわ!!」
ルナの絶叫がログハウスに響き渡る。
アレンは、自分の肉球がこれほどまでに国際問題(?)に発展するとは思わなかった。
(……ルナ。君も、あっち(エリザベートたち)に近い素質があるなんて知らなかったよ……)
アレンが遠い目をしていると、突然、ログハウスの結界が激しく震えた。
窓の外、森の境界線から、立ち込める霧を切り裂いて「白銀の光」が放たれた。
「――っ、この魔力反応は……王城の追撃隊!? 嫌だわ、もう見つかったの!?」
ルナがいち早く杖を構える。
ミーシャたちも瞬時に表情を殺し、戦闘態勢に入った。
「……違うわ。これは『聖騎士団』の魔力じゃない。……もっと、粘り強くて、嫌な匂いがする……」
ミーシャの言葉通り、森の奥から現れたのは、重厚な鎧に身を包んだ騎士たちではなかった。
それは、白装束に身を包み、仮面で顔を隠した集団――エリザベート直属の隠密部隊『紫影』と、シルフィが隣国から連れてきた私兵『赤の玩具』だった。
「「「――アレン様を、奪還せよ」」」
無機質な声が重なる。
彼らはアレンを助けに来たのではない。主君の「所有物」を回収しに来た、愛の執行人たちだ。
「……ふん。アレンの所有権を主張するなら、まずはこのゴミ掃除を手伝ってもらうわよ、獣たち」
ルナが不敵に微笑み、高度な多重魔法陣を展開する。
「言われなくても。……アレン様を連れ戻そうとする奴らは、全員私の毒で溶かしてあげるわ」
ルナの藍色の雷光と、ミーシャの黄金の毒霧。
ピーが巻き起こす真空の刃と、クゥの放つ剛力の一撃。
そしてスイが地面から敵を飲み込み、分解する。
相容れないはずの女たちが、アレンを中心に一つの「暴力」として機能し始めた。
押し寄せる隠密たちを、彼女たちは圧倒的な戦力でなぎ倒していく。アレンの魔力を分け与えられたモンスター娘たちの強さは、もはや個体として「魔王級」に片足を突っ込んでいた。
『みんな……。僕のために、そこまで……』
アレンは、戦う彼女たちの背中を見つめ、胸の奥が熱くなるのを感じた。
だが、その感動は、自身の首を絞める鎖の音でかき消された。
ガチリ。
戦場に散らばる「愛(魔力)」を吸収し、アレンの鎖がさらに巨大化する。
鎖から放たれた光が、敵の隠密たちだけでなく、戦っているルナたちをも飲み込もうとする。
「きゃあっ!? 何、この鎖の力……私の魔力が吸われる!?」
「アレン様……止めて、鎖が、暴走して……っ!」
アレンは悟った。
この鎖は、アレンを守るための武器であると同時に、アレンを愛する者たちを「拒絶」し、「支配」するためのシステムなのだ。
アレンが誰かに愛され、誰かを守ろうとするほど、呪いはその絆を断ち切るように狂暴化する。
『――止まれ。止まってくれッ!!』
アレンはマスコットの短い手で、自分自身の首元にある鎖を強く握りしめた。
肉球から血が滲み、黄金の毛が呪いの光で焦げる。
瞬間、アレンの意識は、真っ白な精神世界へと飛ばされた。
そこには、二人の女性が立っていた。
『……アレン坊や。そんなに苦しそうな顔をしないで? ほら、私の胸でお休み。鎖を握るのは、貴方じゃなくて私よ』
エリザベートが、慈愛に満ちた(歪んだ)微笑みを向ける。
『お兄様、お兄様。もっと、シルフィを求めて? そうすれば、鎖はもっと優しくなるよ。お兄様を、お兄様だけの形にしてあげる』
シルフィが、無邪気な(残酷な)笑顔で手を伸ばす。
『――断る。僕は、誰の所有物でもない! 僕が守りたいのは、今、僕の隣で笑ってくれる彼女たちだ!』
アレンの魂の叫びが、精神世界を砕いた。
現実世界に戻った瞬間、アレンの全身から黄金の閃光が爆発した。
それは敵味方問わず、戦場にいた全ての者を吹き飛ばすほどの衝撃波。
「「「「「――アレン様!!」」」」」
光が収まった時。
そこには、マスコットの姿のまま、しかし右腕だけではなく「上半身」まで人間の姿を取り戻したアレンが立っていた。
服はマスコットのサイズのまま弾け、逞しくも美しい王子の胸板が露わになっている。黄金の毛皮が肩から羽織るマントのように揺らぎ、その首には、今は静まり返った紫と赤の鎖が、重厚なアクセサリーのように鎮座していた。
「……みんな。怪我は、ないかな?」
少年のあどけなさが消え、青年の気高さが同居したその姿。
ルナも、ミーシャも、ピーも、クゥも、スイも。
戦いの最中であることを忘れ、その「完璧な王(王子)」の姿に、言葉を失って見惚れるしかなかった。
「……ああ。……なんて、なんてお美しいの……」
「……私。……やっぱり、この人の一生の所有物になりたい……」
アレンが自らの意思で「呪い」を一部制御し、力として顕現させた。
それは解呪への第一歩であったが、同時に、周囲の女たちの「愛の火」に、これ以上ないほどの極上の燃料を投下してしまったことを意味していた。
「アレン様……。今夜こそ、誰の隣で寝るか、決着をつけなければなりませんね」
ルナまでもが、ミーシャと並んでアレンの「人間の上半身」に手を伸ばす。
アレンは、自分を囲む五組の瞳――いや、さらに遠くからこちらを覗き込んでいる二組の視線を感じ、深い、深い溜息をついた。
「……頼むから、まずは服を貸してくれないか、ルナ」
上半身裸の王子(下半身マスコット)という、あまりにも不条理で官能的な格好のまま、アレンの新しい「共闘(という名の正妻争い)」の日々が幕を開けた。




