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第48話:深海と騎士の共演、加熱する手綱と水底の檻

 新エリュシオン帝国の王宮に、朝霧が立ち込めていた。

 前日、聖女クラリスによる度重なるブラッシングと、至聖所での過剰な魔力礼拝を受けたアレンは、人間姿のまま執務室の長椅子にぐったりと身を沈めていた。彼の身体には聖なる光の残滓が熱となって籠もり、碧い瞳は微かな熱に浮かされたように潤んでいる。


「……主殿。……なんだ、その締まりのねぇ顔は。……あの狂信女に、中までドロドロに浄化されちまったのかよ」


 扉を蹴破るようにして現れたのは、銀狼娘のフェリスだった。彼女の銀色の耳は不快そうに伏せられ、全身からは黄金の静電気がパチパチと弾けている。その背後には、蒼い鱗を月光のように光らせ、冷たい冷気を纏った海竜娘のリヴィアが、音もなく滑るように続いていた。


「……あら。……アレン様。……その火照り、あまりに無様ですわね。……陸の女たちの浅ましい情念が、貴方の高貴な血を沸騰させている。……今すぐ、私の深海で冷やして差し上げなければ……」


 フェリスとリヴィア。普段は「犬臭ぇ」「生臭ぇ」と罵り合い、一触即発の二人だが、今この瞬間のアレンの衰弱ぶりを前にして、彼女たちの独占欲は奇妙な「共闘」という名の地獄を産み出そうとしていた。


『……フェリス。……リヴィア。……ごめん、少し身体が重いんだ。……今日の内政会議は、ルナに任せてもいいかな……?』


「……ダメだぜ、主殿。……そんな腑抜けた身体じゃ、皇帝なんて務まらねぇ。……アタイが、あんたを芯から叩き直してやる。……リヴィア、準備はいいか」


「……ええ。……交互に、ですわね。……アレン様の魂が、私たちの間でしか安らげなくなるまで……徹底的に整えて差し上げましょう」


 アレンが困惑する間もなく、フェリスの逞しい腕が彼を抱き上げた。

 連行されたのは、王宮の地下に設けられた、フェリス専用の特訓演習場。そこは彼女の黄金の雷によって常に大気がイオン化され、焦げたような匂いが漂う密室だった。


「……まずはアタイの番だ。……主殿、お座り。……逃げようなんて思うなよ」


 フェリスがアレンを背後から羽交い締めにし、その豊かな胸元に彼の背中を密着させた。

 次の瞬間、フェリスの全身から黄金の電撃が放たれ、アレンの肉体を直接的に貫いた。


「――っ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!?」


 アレンが背中を大きく反らせ、絶叫する。

 だが、それは破壊の雷ではない。フェリスが騎士としての誇りを込めた、筋肉を強制的に弛緩させ、血流を限界まで加速させる「加熱」の術式。

 フェリスの熱い体温と、絶え間なく流れ込む電撃の刺激に、アレンの身体は瞬く間に真っ赤に上気し、汗が真珠の粒のように肌を伝い落ちる。


「……ふふ。……いい声だぜ、主殿。……あんたの身体、アタイの雷でこんなに熱くなって……。……ほら、もっとアタイに寄りかかれ。……アタイの熱以外、何も考えられなくなるまで……焼いてやる……っ!」


 フェリスの銀色の尻尾がアレンの腰に絡みつき、逃げ場を塞ぐ。

 加熱され、感覚が過敏になったアレンの耳元で、フェリスの荒い獣の吐息が爆音のように響く。

 アレンがその熱狂的な拘束に理性を溶かされかけた、その時だった。


「……時間ですわ。……次は私の『冷却』の時間です」


 唐突に足元に巨大な渦潮が発生し、アレンとフェリスを引き裂いた。

 リヴィアがアレンを水の腕で捕らえ、そのまま演習場の地下に隠された『深海の冷却水槽』へと引きずり込む。


 ――ゴボォッ!!


 激しい水圧と、氷点下に近い深層水がアレンを包み込んだ。

 加熱された肌が悲鳴を上げ、血管が急激に収縮する。意識がホワイトアウトしそうなほどの極端な温度差。

 リヴィアは水中でアレンに正面から抱きつき、その冷たい鱗で、彼の火照った肌を隈なく磨き上げた。


「……はぁ。……アレン様。……気持ち良いでしょう? ……フェリスの野蛮な熱を、私が一滴残らず、この水底で凍らせて差し上げますわ。……息が苦しいのなら、私の口から魔力を受け取りなさい……」


 リヴィアの唇がアレンのそれに重なり、深海の酸素(魔力)が直接流れ込んでくる。

 水中でリヴィアの尾に締め上げられ、静寂の中に沈むアレン。

 冷たさが心地よく、リヴィアの肌の滑らかさに依存しそうになった瞬間――。


「――そこまでだ!! まだアタイの特訓は終わってねぇんだよ!!」


 再び黄金の雷が水槽を割り、アレンを加熱された演習場へと引き戻す。

 

「あ、あぐ……っ! フェリス、熱い……! リヴィア、冷たいよ……っ! 交互に……交互にしないで……身体が、壊れちゃう……っ!!」


 アレンの叫びは、二人のヒロインの歪な情熱にかき消された。

 フェリスによる「情熱的な加熱」と、リヴィアによる「静寂の冷却」。

 交互に繰り返される極端な刺激と、対照的な二人の抱擁。

 アレンの心身は、この「整い」という名の地獄のループに翻弄され、いつしか自分を支配する相手がどちらなのかさえ曖昧になり、ただ、その瞬間に与えられる温度と愛だけを求める従順な「生物」へと作り替えられていった。


 アレンの首の『白金の鎖』が、熱と冷たさを吸い込んで、青白く、それでいて太陽のように白熱する、矛盾した輝きを放ち始める。

 

 数時間後。

 

 夜明けのテラス。

 椅子の上には、再び黄金の小さな毛玉に戻り、魂が完全に抜けた顔で横たわるアレンの姿があった。

 彼の毛並みは、フェリスの雷で根元からふんわりと立ち上がり、リヴィアの聖水でしっとりと濡れ、まるで宝石のような極上の質感を放っている。


「……あら。……アレン。……今朝は随分と……『仕上げ』がいいじゃないの」


 ルナが眼鏡をキラリと光らせ、アレンの毛に指を沈めた。

 彼女の背後には、エリザベートやアリアも控え、アレンが放つ「加熱と冷却の余韻」を嗅ぎ取ろうと、鼻をひくつかせている。


「……この質感。……フェリスとリヴィア、中々やるわね。……でも、次は私の『管理』の番よ。……さあ、アレン。……私の部屋で、ゆっくりと、永久に……休ませてあげるわ」


『……きゅう……(もう、一ミリも動けないよ……)』


 アレンはルナの腕の中に回収されながら、心の中で泣いた。

 騎士の手綱(お座り)と、女王の檻(沈黙)。

 二つの異なる性質の愛に研ぎ澄まされたアレンの肉体は、今やヒロインたちの欲望を加速させる、最高級の「愛玩品」と化していた。


 黄金の王アレン。

 彼の真の絶望は、自らの身体が「彼女たちの愛に適応し始めている」ことに気づいてしまったことだった。


 もふもふ王の受難は、職人の執念が紡ぐ「永遠の固定」へと、その歩みを進めていく。


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