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第42話:白金の光、全土を包む愛

 エリュシオン王国の王都ルミナス。その白亜の城壁は今、辺境から押し寄せた黄金の軍勢によって完全に包囲されていた。

 三千のモンスター娘たちが放つ熱狂的な忠誠の魔力は、王都を覆う防護結界を外側からじりじりと侵食し、空を黄金色の火花で染め上げている。


「……見なさい。あれが、私たちが捨てた『アレン』の真の姿よ」

 進軍の先頭、浮遊する魔導円卓の上で、エリザベートが優雅に扇子を広げた。その隣には、アレンの腕を片時も離そうとしないルナとシルフィが、鋭い眼光で王城を睨みつけている。


 中心に立つアレン(人間姿)は、白銀の軍礼装を纏い、首元に輝く『白金の鎖』を朝日に反射させていた。

 ルナの藍色の魔力が彼の血管を巡り、シルフィの鼓動が彼の胸の内で脈打つ。三重の拘束は、今やアレンを支える最強の「外骨格」と化していた。


「……来るわね。王家の最後の『あがき』が」

 ルナが杖を構え、藍色の魔力を爆発的に膨張させた。


 その瞬間、王城の天辺に据えられた巨大な魔導水晶が、ドス黒い紫色の光を放った。

 王国が禁忌として封印してきた古代兵器『虚無の咆哮ヴォイド・ハウル』。それは周囲のあらゆる魔力と生命力を強制的に吸い尽くし、負のエネルギーへと変換して解き放つ、自滅覚悟の最終兵器である。


 ――ズゥゥゥゥゥゥゥン!!


 王都全域を、魂を削り取るような不快な重低音が揺らした。城壁から放たれた漆黒の波動が、黄金の軍勢へと牙を剥く。


「させないわ!! ――【藍氷の絶対拒絶コバルト・イージス】!!」

 ルナが絶叫し、アレンの前面に巨大な藍色の氷壁を展開する。


「お兄様を守ってぇぇぇ!! ――【血糸の守護結界スカーレット・コクーン】!!」

 シルフィが自らの指先を噛み切り、溢れ出す鮮血を無数の糸へと変え、アレンを包む多層の繭を編み上げた。


「……ふん。野蛮な力には、高貴なる『支配』で対抗しましょう。――【王家の紫鏡パープル・ミラー】!!」

 エリザベートが扇子を振りかざし、漆黒の波動を反射・霧散させるための紫色の鏡面を空中に敷き詰める。


 三人のヒロインが、自身の魔力と生命を削り、アレンを守るための盾となる。

 だが、『虚無の咆哮』の威力は凄まじかった。

 黒い波動が衝突するたびに、ルナの氷壁は砕け、シルフィの糸は焼き切れ、エリザベートの鏡は粉々に散る。


「……くっ、魔力が……吸い取られて……っ」

 ルナの顔から血気が引き、膝が折れかける。


「あ、あう……鼓動が、止まっちゃう……お兄様、お兄様……っ!」

 シルフィが胸を押さえ、苦しげにアレンの足元へ倒れ込む。


 アレンは、自分を囲む「愛の盾」が、自分を守るためにボロボロに傷ついていく光景を見て、胸の奥が焼けるような痛みに襲われた。

 フェリスが雷光を放ち、ミーシャが毒霧を広げて波動を防ごうとするが、広範囲に広がる『虚無』の力は、彼女たちの献身をも飲み込もうとしていた。


(……だめだ。みんなをこれ以上、傷つけさせない。……僕を縛るこの鎖は、みんなを守るための『絆』なんだろう!?)


 アレンは、ルナとシルフィの静止を振り切り、結界の外へと一歩踏み出した。

 

「アレン!? 戻りなさい! 貴方が死んだら、私の世界は終わるのよ!!」

「お兄様、だめぇぇ!! シルフィ、お兄様無しじゃ生きていけないもん!!」


 女たちの絶叫を背に受けながら、アレンは首の『白金の鎖』に右手を添えた。


 ルナの魔力支配、シルフィの生命同期、エリザベートの精神懐柔、ミーシャの紋章、フェリスの忠義、リヴィアの静寂、クラリスの狂信、アリアの調律――。

 その全てを、拒絶するのではなく、一つの巨大な「情念の奔流」として、アレンは内側から全権掌握した。


「……集まれ。僕を愛する者たちの、全ての想いよ。……僕が、君たちの『愛』という名の重圧を、この世界の法へと書き換えてやる!!」


 ――ガチリ、ガチリ、ガチリ!!


 アレンの首の鎖が、見たこともないほどの極光を放った。

 白金の色は、今や純白を越え、神々しいまでの黄金の輝きへと昇華する。

 

 ――【白金のプラチナ・オーダー全土包摂ワールド・オブ・ラブ】。


 アレンを中心とした光の柱が、天を衝く勢いで立ち昇った。

 その光は、王都全域を優しく、しかし抗いがたい力で包み込んでいく。


 漆黒の『虚無の咆哮』が、その光に触れた瞬間――。

 破壊の波動は霧散し、代わりに黄金の雪のような光の粒子が、王都の空からしんしんと降り注いだ。


「……何、これ……。温かい……?」

 王城の窓から絶望を見つめていた貴族たちが、その雪に触れて呆然と呟く。


 アレンが放ったのは、破壊の魔法ではない。

 彼の中に蓄積された「重すぎる愛」を、無差別に周囲へ伝播させる『慈愛の波』だった。

 

 武器を構えていた王都の兵士たちは、その光を浴びた瞬間、自分たちがなぜ戦っていたのかさえ思い出せなくなった。

 心の中にあった「恐怖」や「憎悪」が、アレンの放つ圧倒的な「許し」の魔力によって強制的に上書きされていく。


「……ああ……。私たちの王子様だ……」

「アレン様が、私たちを助けに来てくれたんだ……」


 民衆たちが、一人、また一人と地面に膝をつき、祈るように手を組む。

 王都全域に、争いの音ではなく、アレンを讃える歓喜の歌と、啜り泣くような感謝の声が木霊し始めた。

 

 城壁の上にいた暗黒騎士たちも、その漆黒の鎧を黄金の光で剥がされ、かつての人間としての心を取り戻して、その場に伏した。


 一滴の血も流さず。

 一人の犠牲も出さず。

 アレンは、ただ「愛されること」を力に変えることで、王国最大の防衛線を無力化したのである。


 光の柱が収まった時、アレンの背中には、魔力で形成された巨大な『白金の翼』が広がっていた。

 人間姿のアレンは、そのままゆっくりと宙を歩き、開かれた王都の正門へと降り立つ。


「……はぁ、はぁ……。……やったわ。……アレン、貴方……本当に、世界を書き換えてしまったのね」

 魔力を使い果たし、アレンの肩に縋り付くルナが、震える声で笑った。


「お兄様、すごい……。王都の人たちが、みんなお兄様を……シルフィと同じ目で見てる……」

 シルフィが恍惚とした表情で、アレンの腰に腕を回す。


 アレンは、開かれた門の向こうに続く、自分を歓迎する民衆の列を見た。

 かつて石を投げられ、蔑まれた少年は、今や誰もがその足元に跪き、触れることさえ恐れ多い「愛の化身」として帰還したのだ。


 だが、アレンはその歓声の中に、さらなる「不自由」の予感を感じていた。

 

 自分を崇拝する三千人のモンスター娘。

 自分を独占する八人の正妃候補。

 そして今、自分を「神」として仰ぐ数万の国民。

 

 全世界を愛(鎖)で包んでしまったアレンは、もはや一分一秒たりとも、誰の視線からも逃れることはできない。

 全ての国民が、彼の「もふもふ」を、彼の「慈愛」を、彼の「一挙手一投足」を監視し、所有しようとする未来。


(……僕は、王様になった。……でも、これは世界で一番巨大な『檻』の主になったのと同じじゃないかな……)


 白金の翼を閉じ、アレンは王都ルミナスの中心へと歩み出す。

 

 空には黄金の虹がかかり、新エリュシオン帝国の建国を祝福していた。

 

 王城の玉座の間。

 そこには、アレンを待つ「解呪」という名の、更なる運命が待ち構えていた。


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