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第41話:逆侵攻、黄金の進撃

 エリュシオン王国の王都ルミナスは、今、かつてない混乱と恐怖の渦中にあった。

 第一王妃エリザベートと隣国の王女シルフィという、国の要とも言える二人を「辺境の魔物」に奪われ、さらに差し向けた五万の正規軍が、一匹の黄金の毛玉によって戦意を喪失し霧散したという報せは、国王と保守派貴族たちの理性を粉々に打ち砕いていた。


「……化け物だ。あの黄金の精霊は、我が国の根幹を腐らせる呪いそのものだ!」

 玉座の間で、老いた国王が震える声で叫ぶ。

「なりふり構っていられん。禁忌の宝物庫を開けろ! 残された暗黒騎士たちに、呪詛の魔導核を埋め込め! あの毛玉を……アレンを、跡形もなく消し去るのだ!!」


 王の狂気に応えるように、王城の地下深くで、負の感情を魔力へと変換する禁忌の実験が開始された。かつての誇り高き騎士たちは、自我を焼き切られ、ただ破壊と憎悪を撒き散らすだけの『暗黒騎士団(魔導強化兵)』へと作り替えられていく。

 彼らが纏う漆黒の魔力は、辺境の深い霧さえも侵食し、黄金の領土を目指して行進を開始した。


 一方、紫金の王宮。

 エリザベートの専用サロンで目覚めたアレン(人間姿)は、かつてないほどに「静か」で、しかし「重い」感覚に包まれていた。

 

 彼の首筋には、ルナの藍色の魔力印が脈打ち、生存の全権を彼女に委ねている。

 彼の心臓には、シルフィの赤い命糸が絡みつき、鼓動の全てを彼女と共有している。

 そして今、彼の精神は、エリザベートが与えた安らぎと『王都の味』によって、彼女への依存を深めていた。


「……ふふ。おはよう、アレン坊や。……まだ眠っていていいのよ? 貴方の身体の痛みも、心の乱れも、私が全て吸い取ってあげたわ」


 エリザベートが、ソファに座るアレンの背後から首筋に顔を寄せ、蕩けるような甘い声で囁く。

 アレンは、自分の意志が彼女たちの情念の海に溶け出していくのを感じていた。

 ルナの魔力が無ければ立ち上がれず、シルフィが興奮すれば胸が痛み、エリザベートが微笑めば思考が停止する。

 

 逃げ場のない、三重の愛の檻。

 だが、その檻の深淵に沈みかけた時、アレンの魂の奥底で、白金の鎖が鋭く、冷たく鳴り響いた。


(……だめだ。……このままじゃ、僕はただの『愛されるだけの偶像』になってしまう。……僕を縛るこの鎖を、この愛を……僕自身の意志で、正しく背負わなきゃいけないんだ)


 アレンは、震える手でエリザベートの腕を払い、ゆっくりと立ち上がった。

 足元がふらつくが、ルナの魔力が即座に反応し、彼の膝に力を与える。


「……エリザベート義姉様。……ルナ、シルフィ。……みんな、聞いてくれ」


 サロンの入り口で火花を散らしていたルナとシルフィが、アレンの凛とした声に動きを止める。

 アレンは窓の外、王都の方角から押し寄せる不気味な黒い雲を見据えた。


「……王都が、また僕を消そうとしている。……そして、僕を愛する君たちを、傷つけようとしている。……僕はもう、ここで守られているだけのマスコットじゃない」


 アレンの首の『白金の鎖』が、激しい光を放ち始めた。

 それは拒絶の光ではない。彼女たちの執着を全て飲み込み、一つの強大な力へと昇華させる「王」の輝きだ。


「……僕が行く。……王都へ帰り、全ての因縁にケリをつける。……エリュシオンの過去を僕が引き受け、新しい国を作るんだ。……みんな、僕についてきてくれるかい?」


 アレンの提案に、室内は一瞬の静寂に包まれた。

 

「……馬鹿ね、アレン。……貴方が一人で行くなんて、許すはずがないでしょう? 貴方の魔力の蛇口を握っているのは、私よ。……どこへ行くにも、私の腕の中からは逃げられないわ」

 ルナが不敵に微笑み、アレンの背中にぴたりと寄り添う。


「お兄様が行くなら、シルフィも行く! お兄様の心臓は、シルフィのものだもん。……王都なんて、お兄様をいじめた悪い場所、シルフィが全部切り刻んであげるね!」

 シルフィがアレンの腕を抱き込み、赤い糸を戦わせる。


「……ふふ。……凱旋、ですわね。……いいでしょう。……アレン坊やを『真の王』として教育し直すには、ふさわしい舞台ですわ。……王都の者たちに、誰が本当の主権者なのかを、その身に刻ませてあげましょう」

 エリザベートが優雅に扇子を閉じ、アレンの肩に手を置いた。


 三人のヒロインの合意。

 それは、アレンを自由にするためではなく、アレンという名の「宝物」を、より強固な軍団という名の檻で囲い、王都へ持ち帰るという、傲慢なまでの愛の進撃。


 アレンは、王宮のテラスへと進み出た。

 そこには、フェリス、ミーシャ、リヴィア、クラリス、アリア、スイ、そして三千人のモンスター娘たちが、主君の言葉を待って整列していた。


「……主殿!! あんたがそのツラして立つなら、アタイら全員、地獄の果てまでついていくぜ!!」

 フェリスが黄金の雷を天に放ち、咆哮する。


「……アレン様。……貴方様が踏み締める道は、私の鱗で埋め尽くしましょう。……不浄な者たちは、一匹残らず私の毒で……」

 ミーシャが、脱皮したての美しい肌をくねらせ、先鋒を買って出る。


「……海神様。……水路は私にお任せください。……王都を囲む運河ごと、貴方様のものにして差し上げますわ」

 リヴィアが角を光らせ、深海の軍勢を呼び寄せる。


 アレン(人間姿)を中心に、陸・海・空、そして宗教の権威を掲げた乙女たちが、一寸の隙もない円陣を組む。

 それは軍隊というよりも、一人の王を絶え間なく愛で、守り、独占しようとする「移動式の聖域」だった。


「……行こう。……僕たちの、新しい夜明けのために」


 アレンの号令と共に、三千の軍勢が進軍を開始した。

 

 数日後。

 黄金の進撃は、国境の境界線で待ち構えていた『暗黒騎士団』と激突した。

 

 騎士たちが放つ、呪詛に満ちた漆黒の魔力。それは触れるもの全てを腐らせ、精神を汚染する最悪の暴力。

 だが、アレンの軍勢の前に、その暴力はあまりにも無力だった。


「――っ、不潔だわ。……アレン様の進む道を、そんな薄汚い呪いで汚さないでちょうだい!!」

 ルナが杖を振るうと、藍色の雷光が黒い霧を一瞬で蒸発させる。


「アタイの主殿に、その汚ねぇ剣を向けたんか……? 死ねよ。……黄金の雷で、塵も残さず焼き切ってやる!!」

 フェリスが音速で戦場を駆け、暗黒騎士たちの首を次々と跳ね飛ばしていく。


「お兄様に触ろうとするゴミは、全部シルフィが、ミキサーにかけてあげるねぇ!!」

 シルフィの赤い糸が、騎士たちの鎧を紙細工のように切り裂き、その肉体を細かな肉片へと変えていく。


 アレンは、一歩も足を止める必要がなかった。

 彼の周囲には、ヒロインたちが展開した『絶対防衛結界』が幾重にも重なり、敵の返り血一滴さえも、アレンの黄金の髪に触れることを許さない。

 

 それは、戦争という名の「愛のデモンストレーション」。

 ヒロインたちは、アレンに「自分たちの有用性」をアピールするかのように、競い合って敵を殲滅していく。


「……ふふ、見て、アレン坊や。……誰も、貴方の足元にさえ近寄れないわ。……貴方はただ、美しく、誇り高く、私の隣で歩いていればいいのよ」

 エリザベートが、アレンの腕に自分の腕を絡め、優雅に行進を続ける。


 アレンは、白金の鎖が戦場の情念を吸い込み、より重厚な、銀色に近い輝きを放つのを感じていた。

 敵を倒すごとに、彼を守る乙女たちの執着は深まり、その愛の重圧はアレンの肌に直接食い込んでくる。


(……守られている。……でも、この感覚。……守られているというより、逃げ道を完璧に塞がれているみたいだ……)


 王都ルミナスの城壁が、地平線の向こうに見え始めた。

 かつて自分を捨てた故郷。

 

 アレンは、自分を囲む三千人の乙女たちの熱い吐息と、首にかかる白金の鎖の重みを感じながら、真の皇帝へと至る最後の一歩を踏み出した。


 背後には、死体の山と、黄金の輝きに照らされた一本の道。

 エリュシオン帝国の建国という名の、世界で最も甘く、最も過酷な物語が、ついに王都の門を叩こうとしていた。


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