第38話:幼馴染の逆襲、魔導妃の戴冠
王宮の最上階、ルナの魔導研究室は、藍色の魔力光が幾重にも重なり合い、呼吸するのさえ躊躇われるほどの高密度な静寂に包まれていた。
ルナは、実験台……もとい、アレンのための特製ベッドの傍らで、震える手で眼鏡を直した。彼女の瞳には、連日の嫉妬と魔力計算による疲労、そして何より「奪われたくない」という悲壮なまでの決意が宿っている。
「……アレン。……あの大蛇に紋章を刻まれ、狼に懐かれ、蜘蛛に糸で操られ……。……貴方は、どんどん私から遠ざかっていく。……幼馴染の私だけが、貴方を『普通のアレン』として見ていたはずなのに……」
ルナが震える声で呟き、魔法陣の中心に座るアレン(人間姿)を見つめた。
アレンの首筋には、既に幾重もの女たちの「愛の痕跡」が重なっている。白金の鎖はそれらを全て飲み込み、美しく、しかし残酷な輝きを放っていた。
『……ルナ? 鎖の調整をするんじゃなかったのかい? なんだか、今日の君は少し……怖いよ』
「……怖い? ええ、そうでしょうね。……だって、私は今から、貴方の『中』を書き換えるんだもの。……物理的な拘束なんて、あの子たちのやり方は底が浅いわ。……私は、貴方の『魔力』そのものを、私無しではいられないように塗りつぶしてあげる」
ルナが杖を投げ捨て、素手でアレンの胸元に触れた。
彼女の指先から、糸のような藍色の魔力が噴出し、アレンの衣服を透過して、彼の皮膚の毛穴一つ一つへと直接潜り込んでいく。
「――っ、あ、あぐ……っ!? ルナ、何……これ、熱い、身体の中が……っ!」
アレンがのけぞり、激しい衝撃に目を見開く。
通常、魔力供給は経絡を通じて行われるものだが、ルナが今行っているのは『藍の魔力浸透』。アレンという存在の根源を、ルナの魔力特性で強制的に再定義する禁忌の術式だった。
「……逃がさないわよ、アレン。……貴方の魔力回路の隅々まで、私の藍色を染み込ませてあげる。……貴方の心臓が打つたびに、私の魔力が全身を駆け巡り、私の匂いと、私の温もりを思い出すように。……ほら、受け入れなさい。……私を、貴方の一部にしなさい……っ!」
ルナがアレンの首筋に顔を埋め、自身の魔力を喉奥から絞り出すようにして流し込む。
アレンの視界が、藍色の火花で埋め尽くされた。
内側から塗り替えられる官能的なまでの違和感。
アレンの黄金の魔力が、ルナの藍色に浸食され、混ざり合い、深みのある藍金色へと変質していく。それは、アレンが魔法を使うたびにルナの存在を強制的に意識させられる、魂の共依存の成立だった。
『……ああ、あ……。……ルナ、もう……止めて……。……僕の中に、君が……満ちて、壊れそうなんだ……っ!』
「……壊れないわよ。……私が、貴方を支えているんだから。……いい? これで貴方の『白金の鎖』の鍵は、私の手の中に落ちたわ。……貴方が人間姿を維持するのも、強大な魔法を放つのも、……全部、私の魔力供給(愛)がなければ成立しなくなるのよ」
ルナは恍惚とした表情で、アレンの胸板に自分の魔力印を刻み込んだ。
白金の鎖が、ルナの執着を飲み込んで鐘のような音を鳴らす。
アレンの身体は、ルナの魔力に当てられ、極限の脱力感と依存心に襲われた。
彼は抗うこともできず、ルナの細い肩に頭を預け、彼女の清潔な石鹸の香りに縋り付くようにして荒い息を吐く。
「……ふふ。……見て、アレン。……貴方の瞳、私の藍色に染まっているわ。……これで貴方は、私の可愛い……『魔導妃(私)』の騎士であり、お人形よ」
その時、研究室の扉が激しい魔力衝撃で吹き飛んだ。
「――っ、何の匂いよ、これ! 泥棒人間、アレン様に何をしたの!!」
ミーシャが、エメラルドの鱗を逆立てて乱入してくる。その後ろには、フェリスやエリザベートの姿もあった。
だが、ルナは動じなかった。
彼女はアレンを後ろから抱きしめ、彼の首筋にある女たちの紋章の上から、自分の魔力痕を重ねるようにして指を滑らせた。
「……遅いわよ、野蛮なモンスターたち。……アレンの『魔力』の蛇口は、今、私が預かったわ。……この子が魔法を使いたければ、私を愛でるしかない。……この子が人間でありたければ、私を求めるしかない。……貴女たちに、この『魂の直結』が解けるかしら?」
「あんだと!? この眼鏡……っ、主殿に変な呪いをかけやがったな!!」
フェリスが黄金の雷を散らそうとするが、アレンの身体がルナの魔力に反応して、微かに震え、彼女の腕の中に深く埋もれていった。
『……フェリス……。……だめだ、ルナがいないと……。……僕、もう……魔法が、思い出せないんだ……』
アレンの言葉に、全ヒロインが絶句した。
ルナが仕掛けたのは、物理的な檻ではなく、アレンの生存能力そのものを自分に人質に取らせるという、最悪に重く、最良に甘い「共依存」の檻だった。
「……アレン。……さあ、私の指から、魔力を『おかわり』しなさい。……一生、私の側で、私の魔力を貪って生きていくのよ……」
ルナはアレンの口元に自分の指を差し出し、勝利の笑みを浮かべた。
アレンは、マスコットに戻ることも忘れたまま、幼馴染の放つ藍色の深淵の中に、ずぶずぶと沈み込んでいった。
黄金の王、アレン。
幼馴染の逆襲は、彼を「独立した王」から「魔導妃に生かされる偶像」へと、その存在意義を書き換えてしまったのである。




