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第32話:神への背徳(デレ):聖女の懺悔

 黄金のログハウスの一角、かつては客間だったその場所は、一晩にして「聖域」へと作り替えられていた。

 壁一面には純白の百合が魔法で咲き乱れ、中央には教国の国宝級と思われる白銀の祭壇。その天辺に鎮座させられているのは、困惑を極めた黄金の毛玉――アレンである。


『……あの、クラリス様。僕は神様じゃないし、この祭壇から降りてもいいかな? 足が痺れちゃったんだけど……』


「ああ……! なんと尊きお言葉。アレン様、貴方のその『痺れ』は、この穢れた地上を歩まれたことによる聖なる痛み……。さあ、私に、その痛みを吸い取らせてくださいませ」


 祭壇の下で跪いていたクラリスが、恍惚とした表情で顔を上げた。

 プラチナブロンドの髪を床に広げ、聖女の法衣を乱したまま、彼女はアレンの前に這い寄る。その瞳には、もはや慈愛などは欠片もなく、獲物を拝む狂信者の熱だけが渦巻いていた。


「……まずは、この聖なる肉球を。……ああ、神の慈悲が、私の不浄な肌に直接触れてくださる……。さあ、もっと、もっと強く私の頬を……いえ、喉元を踏み抜いてください! それこそが、私にとっての救済なのです!」


『ひぇっ!? 踏まないよ! 僕は暴力は嫌いなんだってば!』


 アレンが慌てて肉球を引き込もうとするが、クラリスの動きは電光石火だった。彼女はアレンの小さな前足を両手で(まるで聖遺物を扱うように)掴むと、そのまま自分の唇へと押し当てた。


「……ちゅ。……はぁ……。アレン様の、お日様のような香り。……これが、天界の匂いなのですね。……これ以外の空気を吸うなど、もはや私には耐えられません。……アレン様、お願いです。……一生、私のこの肺の中を、貴方の魔力で満たし続けてください……」


 クラリスの長い舌が、アレンの肉球の隙間を、一ミリの逃しも許さないと言わぬばかりに丁寧になぞる。


「――いい加減にしなさいよ、この神聖変態!!」


 ルナが杖を構えて部屋に飛び込んできた。

「アレンは私の幼馴染なのよ! 祭壇に飾っていいのは、私が作った魔導具だけよ! 貴女、聖女のくせに何を不潔なことを……っ、その手を離しなさい!」


「……あら。……異端の魔導士さんが、また神のお邪魔をしに来たのですね」

 クラリスはアレンの足を離さぬまま、首だけをゆっくりとルナへ向けた。その表情は、慈悲深い聖母の笑みでありながら、声は絶対零度よりも冷たい。


「……アレン様に幼馴染など存在しません。……あるのは、主と、跪く下僕(私)だけ。……貴女がアレン様を『アレン』と呼び捨てにするたび、私の胸は怒りで焼き切れそうになるのです。……その不浄な口、私の光で永遠に縫い合わせてあげましょうか?」


「やってみなさいよ! アレンの初めてのブラッシングを奪った私を、宗教の力で消せるとでも思ってるの!?」


 ルナの藍色の雷と、クラリスの黄金の聖光が激突し、部屋の百合の花が一斉に霧散する。

 そこへ、エリザベートが優雅に(しかし瞳の奥にどす黒い嫉妬を秘めて)入ってきた。


「……ふふ。……聖女様。……アレン坊やを『神』として扱うのは結構ですが、少しやり方が幼すぎますわね。……アレンが求めているのは、そんな無機質な崇拝ではなく、私が教え込む『快楽』ですわよ?」


「……支配を目論む罪人(王妃)も、黙っていなさい。……神に必要なのは、清浄な私の身体だけです。……さあ、アレン様。……この者たちの毒気に当てられる前に、私の『聖なる沐浴』を受けましょう」


 クラリスは周囲の抗議を一切無視し、アレンを抱きしめると、そのままバスルームへと駆け込んだ。


『わわっ、クラリス様! 沐浴って、昨日も三回したよ! 皮膚がふやけちゃう!』


「……いいえ、まだ足りません。……貴方のその、鎖の隙間に潜む『女たちの脂』……。私が、一滴残らず、私の口で吸い出して差し上げます……」


 バスルーム。

 クラリスは自らの法衣を脱ぎ捨て、薄い薄いヴェール一枚のような姿になると、アレンを抱えたままバスタブへと沈んだ。


「……はぁ。……幸せ。……アレン様。……見てください。……貴方の白金の魔力に当てられて、私の心臓が、こんなに……こんなに卑しく脈打っています。……神を愛することは、罪なのでしょうか? ……いいえ、これこそが真の福音……」


 クラリスがアレンを水面ギリギリで抱きかかえ、自分の胸元に押し付ける。

 温かいお湯。クラリスの柔らかい肌。そして、彼女から放たれる狂信的なまでの「執着」。


 ガチリ。


 アレンの首の『白金の鎖』が、クラリスの過剰な信仰心を燃料にして、荘厳な鐘の音を鳴らし始めた。

 その光は、アレンの肉体を再び、強制的に『人間姿』へと押し上げる。


「――っ、また、この姿に……!」


 お湯の中で、アレンの四肢が伸び、逞しい王子の姿が顕現した。

 クラリスの目の前には、濡れた黄金の髪をなびかせ、白金の鎖を胸元で輝かせた、この世ならぬ美貌の王。


「……あ。……あぁ……」


 クラリスの瞳孔が開き、口から微かな吐息が漏れる。

 彼女はあまりの「尊さ」に、白目を剥いてその場に卒倒しかけた――が、その寸前で、執念が理性を上回った。


「……神様。……神様が、私の目の前で、……受肉、なされた……。……ああ、神様。……私は、私はもう……貴方の足元の塵になっても構いません。……ですから、今すぐ、その聖なる腕で、私を地獄の果てまで抱きしめて……!!」


 クラリスは、全裸のアレンに、剥き出しの肌でしがみついた。

 彼女の指先がアレンの背中に食い込み、震える唇がアレンの肩に何度も、何度も、悔い改めるかのように熱い口付けを落とす。


「……懺悔します、神様。……私、貴方のこの肌を、他の女に見せたくない。……このまま、私の魔力で貴方を塗りつぶして、一生私だけの『祭壇』に閉じ込めておきたい……!!」


『く、クラリス様! 落ち着いて! 苦しい、苦しいよ……っ!』


 アレンは、聖女の「信仰」という名の、底なしの情欲に飲み込まれそうになった。

 彼女のデレは、これまでのどのヒロインよりも攻撃的で、それでいて「神への奉仕」という強力な盾に守られている。


 結局、その夜。

 マスコットに戻ったアレンは、クラリスが枕元で一晩中「神への愛の賛歌(という名の熱烈なラブレター)」を読み聞かせるのを聞きながら、一睡もできずに朝を迎えた。


(……聖女様って、もっとお淑やかで、静かなものだと思ってた。……でも、彼女が一番、自分の欲に忠実じゃないか……)


 アレンは、白金の鎖の重みを噛み締めながら、窓の外に広がる自分の領土を見つめた。

 

 朝靄の中、クラリスが連れてきた聖騎士たちが、アレンのために「黄金の教会」を建てようと必死に働いている。

 

 もふもふ王アレン。

 彼の周りには、もはや「神」としての崇拝すら、独占のための武器に変える、重すぎる女たちの愛が渦巻いていた。


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