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第3話:炸裂する呪鎖(じゅさ)と鋼の甲虫

 黄昏の辺境にひっそりと佇む廃屋。かつては炭鉱夫たちの喧騒があったであろうその場所は、今や「はぐれ者」たちの安息の地へと変わりつつあった。

 

 アレンは、廃屋の中央に置かれた古びた木箱の上に座っていた。

 マスコットとなった彼の体からは、絶え間なく黄金の魔力が淡く漏れ出している。それは本人にとっては「呪いの残滓」でしかなかったが、魔力に飢えたモンスター娘たちにとっては、至高の香気であり、救いの光だった。


『……みんな、少しは楽になったかな?』


 アレンが念話を放つと、周囲にいた三人の少女たちが一斉に顔を上げた。

 翼の折れたハーピーのピー。

 角が欠けたオークのクゥ。

 そして、濁って形が崩れかけていたスライムのスイ。


「きゅう……アレン様の魔力、あったかいですぅ……」

「ああ、力が……。折れた角の跡が、熱い。これなら、また戦える気がする」


 アレンの黄金の魔力を受けた彼女たちの体には、劇的な変化が起きていた。ピーの翼の羽毛は金色の筋が入り、クゥの筋肉はよりしなやかに引き締まる。スイに至っては、濁っていた体が透明度の高いエメラルドグリーンへと変わり、その中心にある核が黄金色に輝いていた。


 だが、変化はそれだけではなかった。

 彼女たちの瞳に宿る熱量は、明らかに「感謝」の域を超え始めていたのだ。


「アレン様ぁ……。もっと、もっと近くへ行ってもいいですか?」

「あ、ずるいぞピー! 私だって、アレン様に触れたいんだ。その、もふもふの……尻尾とか」


 ミーシャがその様子を見て、独占欲を隠そうともせずにアレンを抱き寄せた。

「だめよ、貴女たち。アレン様はまだお疲れなの。私が一番近くで、お守りするんだから!」


『わわ、みんな落ち着いて! そんなに寄られたら、僕の体が埋まっちゃうよ!』


 黄金の毛玉となったアレンに、四人のモンスター娘たちが群がる。

 ミーシャは豊かな胸元にアレンを押し付け、ピーは背後から翼で包み込み、クゥは大きな手でアレンの耳を優しく甘噛みし、スイはアレンの足元からひんやりとした体で包み込もうとする。


「はぁ……なんて良い匂い。アレン様、一生離したくありません……」

「アレン様、もっと私を……私だけを愛でてくれませんか?」


 彼女たちの情欲と忠誠が混ざり合った視線。それは、王城でアレンを追い詰めたエリザベートやシルフィの眼差しに、どこか似ていた。


(……まずい。このままだと、ここでも別の意味で『愛の監獄』が完成してしまう……!)


 アレンが冷や汗(のような魔力の滴)を流した、その時だった。

 廃屋の外から、地響きのような不気味な音が響いた。


 ギチ、ギチギチッ……!!


 金属が擦れ合うような嫌な音が周囲を包囲する。

 ミーシャがいち早く顔を上げ、険しい表情で外を睨んだ。


「この音……『鋼鉄甲虫アイアン・ビートル』の群れ!? どうして、こんな浅い場所にまで……」


『僕の魔力のせいだね。……ごめん、僕がここにいたから、彼らを呼び寄せてしまったんだ』


 アレンの黄金の魔力は、あまりにも高純度すぎた。魔獣たちにとって、それは進化を促す極上の餌に他ならない。

 廃屋の壁を突き破り、巨大な鋏角を持った、黒光りする甲虫たちが姿を現す。その殻は並の剣では傷一つつかない、文字通りの鋼鉄。


「アレン様、下がってください! ここは私たちが……!」


 ミーシャが尾を振り上げ、クゥが錆びた斧を構える。だが、彼女たちはまだ完全に回復したわけではない。多勢に無勢、鋼鉄の軍団を前に、彼女たちの顔に隠しきれない恐怖が浮かぶ。


(だめだ。彼女たちを戦わせちゃいけない。……守らなきゃ。僕が、彼女たちの『王』になるって決めたんだから!)


 アレンはミーシャの腕から飛び出すと、甲虫たちの真っ只中へと躍り出た。

 黄金の小動物が、巨大な鉄の塊の前に立ち塞がる。あまりにも無謀で、しかし神々しい光景。


「アレン様! 戻ってください!」


『大丈夫。……今度は、僕が君たちを守る番だ』


 アレンは深く、深く意識を内側に沈めた。

 首筋に巻き付く、忌々しくも強大な二つの呪い。エリザベートの紫の執着と、シルフィの赤の独占欲。それを「力」として、体外へ引きずり出す。


『――呪鎖解放アンチェイン!!』


 カチリ、と心の鍵が外れる音がした。

 黄金のマスコットの首元から、二本の巨大な鎖が噴出した。


 一本は、淀んだ夜の色をした紫の鎖。

 一本は、燃え盛る血のような赤の鎖。


 鎖は生き物のように空中でうねり、アレンを取り囲む甲虫たちへと牙を剥く。


『重くなれ……! エリザベート義姉様の、あの息の詰まるような愛のように!』


 アレンが念じると、紫の鎖が円を描いて地面を叩いた。

 瞬間、周囲一帯に超重圧グラビティが発生する。突進していた甲虫たちは、見えない巨人の足に踏みつけられたかのように、鋼鉄の脚を折って地面にめり込んだ。


『そして……焼き尽くせ! シルフィの、全てを独占しようとする激しさで!』


 間髪入れず、赤の鎖が鞭のようにしなった。

 紅蓮の炎を纏った鎖が、動けない甲虫たちの殻を一閃する。最高硬度を誇る鋼鉄が、熱せられたナイフでバターを切るように、赤く融解しながら両断されていく。


 ドォォォォン!!


 爆鳴と共に、甲虫の群れは一瞬にして沈黙した。残されたのは、ひしゃげた鉄の残骸と、焦げた土の匂いだけ。

 鎖は役目を終えると、再びアレンの首元へと吸い込まれていく。


『……はぁ、はぁ……』


 アレンは膝をついた。魔力の消費が激しい。

 だが、奇妙な感覚が彼を襲った。

 呪いの鎖を武器として外部へ放出したことで、アレンの体を縛っていた「変身の魔力」が一時的に薄れたのだ。


「あ……アレン、様?」


 背後でミーシャが息を呑む。

 黄金の毛皮が剥がれ落ちるように光り、そこから「人間の右腕」が顕現していた。

 しなやかで力強く、王族らしい気品を湛えた青年の腕。


 アレンは、呆然と立ち尽くすミーシャの頬に、その人間の手でそっと触れた。


『怪我は……なかったかな?』


「あ、ああ……」

 ミーシャの顔が瞬時に真っ赤になる。先ほどまでの「マスコットへの愛でたい気持ち」が、一瞬で「一人の男性への恋心」へと上書きされた。

 だが、その奇跡は長くは続かなかった。


(……うっ、頭が、重い……)


 遠く王城から、膨大な魔力が鎖を通じて逆流してくる。

『ふふ……アレン坊や。私の力、そんなに気に入ったのかしら? いいわよ、枯れるまで注いであげる……』

『お兄様、もっと使って! お兄様の体、全部私の赤で染めてあげるからね!』


 ドクドクと、狂気にも似た愛情が注ぎ込まれる。

 アレンの右腕は、見る間に黄金の小さな肉球へと戻ってしまった。それどころか、あまりに急激な魔力充填に耐えきれず、アレンの意識は急速に闇へと沈んでいく。


「アレン様!? しっかりしてください!」

「アレン様ぁ! 死んじゃ嫌ですぅ!」


 遠のく意識の中で、アレンは感じていた。

 自分を抱きしめるモンスター娘たちの体温が、以前よりもずっと熱く、執拗になっていることを。


「……ねえ、みんな。見た? アレン様、本当はとっても素敵な王子様だったのね」

「ああ……。あんなに強くて、優しくて……。もう、絶対に離さない。誰にも渡さない」


 ミーシャたちの瞳には、もはや崇拝を通り越した「情愛」が炎のように揺らめいていた。

 アレンを守るために振るった力が、結果として彼女たちの愛をより深く、より重く、そしてより「危険なもの」へと変えてしまったのだ。


 眠りにつくアレンを囲み、モンスター娘たちは静かに、しかし固く誓い合う。

 このもふもふの王を、自分たちだけのものにすると。


 それは、王城のヒロインたちと同じ、あるいはそれ以上に重い「愛の鎖」の始まりであった。


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