第28話:シルフィの「お兄様改造計画」
紫金の王宮へと魔改造されたアレンの拠点は、今日、さらなる「異変」に見舞われていた。
窓の外、かつては魔力野菜が整然と並んでいた広大な庭園が、一晩のうちに高さ三メートルを超える「赤い茨の生垣」によって埋め尽くされていたのだ。それは迷路のように複雑に入り組み、中心にはシルフィが王都から持ち込んだ不気味な魔導人形たちが鎮座している。
「お兄様ー! 見て見て! シルフィがお兄様のために、世界で一番安全な『お庭』を作ってあげたよ!」
シルフィが、アレンの短い手足を掴んでぶんぶんと振り回しながら、窓の外を指差した。
彼女の瞳は、純粋な悦びと、底知れない執着で真っ赤に爛々と輝いている。
『……シルフィ。……これ、どう見ても「迷路」だよね? しかも、茨から嫌な魔力を感じるんだけど……』
「えへへ、気づいちゃった? あの茨、お兄様以外の人が触れると、心臓をギュッて縛り上げちゃうんだよ。……だから、あのおばさんたちも、汚いモンスターたちも、誰も入ってこれないの。……ここはお兄様とシルフィだけの、秘密の箱庭なんだもん!」
シルフィがアレンの首筋に顔を埋め、くんくんと深く匂いを吸い込む。その手には、アレンの『白金の鎖』と共鳴するように作られた、真っ赤な『誘導の鈴』が握られていた。
「さあ、お兄様。……これから『追いかけっこ』をしよう? シルフィが十数える間に、お庭の中に隠れてね。……見つけたら、ご褒美にシルフィの足首と、お兄様の首を、この『赤い糸』で繋いであげるから!」
それは遊びという名の、強制的な「捕獲儀式」だった。
「……ちょっと、シルフィ様! 私の庭を勝手に改造しないでちょうだい!」
ルナが、怒髪天を突く勢いで部屋に飛び込んできた。その後ろには、エリザベートが眉をひそめて立っている。
「あら、シルフィ。……随分と野蛮な遊びですわね。……アレン坊やをそんな泥だらけの迷路で走らせるなんて。……教育係として、美意識が許しませんわ」
「うるさいなぁ、おばさんたちは黙っててよ! お兄様はシルフィと遊びたいんだもん! ね、お兄様!?」
シルフィがアレンを抱えたまま、窓から庭へと飛び降りた。
空中を舞うシルフィの背中から、無数の赤い糸が噴出し、パラシュートのように彼女たちの落下を支える。
『わわっ、シルフィ! 降ろして! 僕はまだお昼寝の時間なんだよ!』
「だめだよ! お兄様が逃げ回る姿、シルフィ、世界で一番好きなんだもん!」
着地した瞬間、シルフィはアレンを迷路の入り口に置くと、不気味な歌を口ずさみながらカウントダウンを始めた。
「じゅう……きゅう……はち……。捕まえたら、お兄様の黄金の毛を全部、シルフィの指に巻き付けて……一生離さないよ?」
アレンは本能的な恐怖を感じ、短い足で迷路の中へと駆け込んだ。
(……まずい。シルフィの愛は、エリザベート義姉様やルナとは質が違う。……彼女は、僕を『壊してでも』手に入れようとする……!)
赤い茨の生垣は、アレンが通るたびに「ガチリ」と音を立てて道を塞いでいく。
背後からは、シルフィの楽しげな笑い声と、彼女が操る『愛のゴーレム』たちの規則的な足音が迫ってくる。
『……あ、あっちかな? いや、こっちは行き止まりだ……っ!』
アレンが焦って角を曲がると、そこには銀色の影が待ち構えていた。
「……主殿! こっちだぜ!!」
フェリスだった。彼女はルナの結界を強引に突破し、アレンを助けに迷路の「外」から生垣を雷で焼き切りながら侵入してきたのだ。
「あんたをあんなイカれたガキに渡して堪るかよ! さあ、アタイの背中に乗れ!!」
『フェリス! 助かったよ!』
アレンがフェリスの背中に飛び乗った、その瞬間。
生垣から伸びた赤い糸が、フェリスの足首をガッチリと捕らえた。
「お兄様、見ーつけた。……それに、野良犬さんも一緒だね。……お兄様に触る悪い犬さんは、シルフィが『お掃除』してあげるね」
迷路の壁を突き抜けて、シルフィが巨大な鎌を振りかざして現れた。
彼女の背後では、十数体のゴーレムが不気味に目を光らせている。
「……野良犬だと!? このクソガキ、主殿をモノ扱いしてんじゃねぇぞ!!」
フェリスが黄金の雷を散らし、赤い糸を引き裂こうとする。だが、シルフィの糸は、アレンへの執着を吸い込むことで無限に再生し、フェリスの自由を奪っていく。
「フェリス、だめだ! 糸に魔力を吸われてる……っ!」
アレンは、首の『白金の鎖』を強く握りしめた。
『――やめろ、シルフィ!! 僕は君の操り人形じゃない!!』
ガチリ。
鎖から溢れ出した白金の光が、シルフィの赤い迷宮を内側から爆破した。
衝撃波で茨が霧散し、アレンの肉体が眩い光に包まれる。
感情の昂ぶりによって、アレンの人間姿が再び覚醒した。
光の中から現れたアレン(人間姿)は、フェリスを拘束していた糸を素手で引きちぎり、そのままシルフィの懐へと飛び込んだ。
「……え、お兄……さま?」
アレンは、鎌を構えるシルフィの腕を掴み、そのまま彼女を強く抱きしめた。
暴力ではなく、圧倒的な「兄」としての、そして「主」としての抱擁。
「シルフィ。……遊びは終わりだ。……君が寂しいのはわかっている。……でも、こんな方法じゃ、僕は君の元へは行かないよ」
アレンの低い、青年らしい声がシルフィの耳元で響く。
白金の魔力がシルフィの狂気を静かに上書きし、彼女の赤い瞳から毒気が抜けていく。
「……お兄様。……あったかい……。……シルフィ、お兄様にこうして欲しかっただけなの。……お兄様を閉じ込めて、ずっと、ずっと……」
シルフィがアレンの胸に顔を埋め、わんわんと泣き出した。
巨大な鎌が地面に落ち、赤い迷宮は砂のように崩れ去っていく。
だが。
平和な結末を、周囲の女たちが許すはずもなかった。
「……ちょっと!! 私がいない間に、アレンがシルフィを抱きしめているなんて!! 不潔よ! 職権乱用だわ!!」
ルナが飛来し、アレンとシルフィの間に強引に割り込む。
「……あら。……シルフィ、策に溺れましたわね。……アレン坊や、その腕は私を抱きしめるためにあるのですわよ?」
エリザベートもいつの間にか背後に立ち、アレンの腰に手を回している。
「……アレン様。……その姿のまま、今度は私を……」
ミーシャが、脱皮したての肌をアレンに密着させようと這い寄る。
「主殿! アタイも、アタイもハグしてくれ!! 騎士への褒美だろ!!」
フェリスが赤面しながら、アレンの首筋に顔を埋める。
「わ、わわっ! みんな、一度に寄らないで! 重い、重いってば!!」
アレンは、五人の女たちの「重すぎる愛」に再び押し潰された。
シルフィの改造計画は、結果として「全ヒロインによるアレン争奪戦」の火に油を注ぐ形となったのだ。
結局、その日の夕方。
アレンは再び小さな黄金の毛玉に戻り、シルフィに「特製の赤いリボン」を首に結ばれ、エリザベートの膝の上で、ルナの膝枕を受け、ミーシャとフェリスに左右を固められるという、地獄のフルコースを味わうことになった。
(……箱庭は壊したのに。……結局、僕は『彼女たちの腕』という名の、もっと狭い箱庭の中にいるんだな……)
首の白金の鎖と、シルフィのリボン。
アレンは、自分を囲む愛の包囲網に諦め混じりの溜息をつき、黄金の尻尾を小さく丸めた。
もふもふ王アレンの日常。
それは、一人の少女の狂気を飲み込み、さらに「重く、逃げられない深淵」へと深化していくのだった。




