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第27話:魔女と幼馴染のティータイム

 増築された『紫金の王宮』の三階。白大理石が敷き詰められた広大なテラスには、辺境の野生味を完全に消し去るような、王都の貴族文化が凝縮されていた。

 

 春の柔らかな日差しの中、テーブルにはエリザベートが王都から運び込ませた最高級の磁器が並び、黄金の魔力を含んだ茶葉が、琥珀色の湯の中で優雅に踊っている。


「……ふふ。やはり、アレン坊やの毛並みには、この『月光の雫』の香りが一番似合いますわ。……さあ、じっとして。……動くと、お茶をこぼしてしまいますよ?」


 エリザベートが、アレンを自分の膝の上に乗せ、柔らかな指先で彼の黄金の耳をなぞる。

 アレンはマスコットの姿で、彼女のシルクのようなドレスの感触と、首元から漂う蠱惑的な香水に包まれ、なかば「置物」のように硬直していた。


『……エリザベート義姉様。……もう一杯目でお腹がいっぱいだよ。……それに、外でフェリスたちが訓練をしているから、見に行かないと……』


「だめよ、アレン。……王たるもの、野蛮な叫び声に耳を貸す必要はありません。……貴方はただ、私の腕の中で、この甘い時間を享受していればいいの。……それとも、私の淹れたお茶が、お口に合いませんの?」


 エリザベートが扇子を閉じ、アレンの顎をくいと持ち上げる。その紫の瞳には、抗うことを許さない絶対的な支配の色が宿っていた。


「――ちょっと待ちなさい、その毒婦!!」


 テラスの扉が乱暴に開かれ、藍色の魔導士ローブを翻したルナが乱入してきた。彼女の両脇には、山のような書類と、アレンのために焼いたという怪しげな青緑色のクッキーが抱えられている。


「アレンはもう一国の主なのよ! 貴女の膝の上で一生を終えさせるつもり!? ほら、アレン、午前の内政報告書がこれだけ溜まっているわ。……それに、貴方の魔力安定のために、私が特別に調合した『ルナ特製・高濃度魔力クッキー』も食べてちょうだい!」


 ルナがエリザベートの向かい側にドカリと座り、アレンに向かって手を伸ばす。


「さあ、アレン。……その甘ったるい膝から降りて、私の隣に来なさい。……実務をこなしてこそ、真の男よ!」


「あら、ルナ。……貴女のその『実務』という名の独占欲、隠しきれていませんわよ。……アレン坊やにこんな泥のような色のクッキーを食べさせるなんて、虐待も甚だしいわ。……アレン、こちらの王都秘蔵の『蜜漬け金苺』をお食べなさい」


 エリザベートがフォークで、宝石のように輝く苺をアレンの口元へ運ぶ。

 

「なんですって!? このクッキーには、辺境の全薬草の成分が凝縮されているのよ! 味なんて二の次よ、愛なのよ、愛!! ほら、アレン、あーん!!」


 ルナも負けじと、ゴツゴツしたクッキーをアレンの反対側の口角へ押し込む。


『……あ、あぐ……っ! どっちも、どっちも一度には無理だよ……!』


 アレンの小さな口に、最高級の苺と、鉄のように硬い健康クッキーが同時に詰め込まれる。

 右からはエリザベートの「洗練された支配愛」という名の甘美な毒が。

 左からはルナの「実務的な正義愛」という名の無骨な執着が。

 

 アレンの頬袋はパンパンに膨れ上がり、彼は涙目で「きゅう……きゅう……」と悲鳴を上げた。


「……ふふ、見て。……アレン、なんて可愛らしいのかしら。……一生、こうして私たちの間で、咀嚼だけを繰り返していればいいのに」


「そうね、それだけは同意するわ。……アレンを私たちの視界から一歩も出さないための『共同監視スケジュール』。……そろそろ真剣に議論すべきじゃないかしら、エリザベート様?」


 二人の女が、アレンの頭越しに冷酷な微笑みを交わした。

 

 バチバチと、空中で藍色と紫色の火花が散る。

 その熱気に当てられて、テーブルの上のティーカップがガタガタと震え出した。


『……ひっ、二人とも、落ち着いて……! 鎖が、鎖が反応しちゃう……っ!』


 ガチリ。


 アレンの首の『白金の鎖』が、二人の高まる情念を燃料にして、眩い光を放ち始めた。

 鎖から溢れ出した黄金の魔力が、テラスのプランターに植えられていた薔薇を一瞬で巨大化させ、意思を持つ触手のように二人の手足に絡みつこうとする。


「あら。……アレン、私を縛りたくなったのかしら? ……ふふ、嬉しいわ。……もっと強く、貴方の魔力で私を拘束して……」


 エリザベートが頬を染め、薔薇の蔓を避けるどころか、自ら首筋に這わせようとする。


「違うわ! アレンは、私をこの女の毒気から守ろうとしてくれているのよ! ……大丈夫よアレン、私ならいくらでも貴方の魔力を受け入れてあげる!!」


 ルナもまた、暴走する植物を「アレンの愛の形」と誤解し、熱い吐息を漏らしながらアレンを抱きしめる力を強める。


(……違う、違うんだ。……ただ鎖が、君たちの愛が重すぎて暴走してるだけなんだ……!!)


 アレンの叫びは、二人の狂おしいデレの中に飲み込まれていった。

 

 ふと、アレンがテラスの端に目をやると。

 そこには、窓の下から恨めしそうにこちらを覗き込むフェリスの狼耳と、ミーシャの鱗が光っていた。


「……いいなぁ。……主殿、アタイもあんたを膝に乗せて、雷でも浴びせてやりたいぜ……」

「……泥棒人間も、魔女も。……いつか、私の毒で痺れさせて、アレン様を奪い返してやる……」


 背後からも、階下からも、全方位から押し寄せる「愛」という名の包囲網。

 

 結局、その日のティータイムは、アレンがのぼせて「人間の姿」に強制変身させられるまで続いた。

 人間姿になったアレンが、エリザベートとルナに左右から腕を絡め取られ、さらに濃厚な「教育(という名の愛撫)」を受けることになったのは、言うまでもない。


 夕暮れ時。

 再びマスコットに戻ったアレンは、抜け殻のような顔で、新しく作られた『アレン専用・黄金の揺りかご』に揺られていた。


(……自由って、何だったかな。……王様って、もっと偉いものだと思ってたよ……)


 首の白金の鎖は、夕日に照らされて美しく輝いている。

 それはかつての呪いよりもずっと、アレンを深く、そして甘く縛り付けていた。


「さあ、アレン。……夜の部の『躾』を始めましょうか」

「……いいえ、夜は『夜間内政会議』の予定よ。……さあ、寝室へ行きましょう」


 アレンを巡る「二重の束縛」は、辺境の夜をより一層、深く重いものへと変えていくのだった。


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