第26話:ログハウス増築(王宮化)と「お掃除」
黄金の領土に響き渡るのは、かつての静かな森の音ではない。
数千人の工兵(元王国軍の捕虜たち)が、魔力で強化された槌を振るい、石材を積み上げ、金銀を嵌め込む重厚な建設音だ。
「……信じられない。私の、私の素朴で温かかったログハウスが……成金趣味の毒々しい城に塗り替えられていくわ……」
ルナが、変わり果てていく我が家を見上げて、膝から崩れ落ちた。
かつての丸太小屋は今や、エリザベートが王都から呼び寄せた建築魔導師たちの手により、天を突くような尖塔を持つ『紫金の離宮』へと魔改造されていた。
「あら、ルナ。……『成金趣味』ではなく『王族の矜持』と言ってほしいわね。……アレン坊やを、あんな隙間風の吹く小屋に住まわせておくなんて。……教育係としての私のプライドが、粉々に砕け散るところだったわ」
エリザベートが、新しく完成したテラスで優雅に扇子を揺らした。彼女の背後には、王都から運び込まれた最高級の調度品が所狭しと並んでいる。
「お兄様ー! お兄様の新しいお部屋、シルフィが『防音加工』しておいたよ! これで、お兄様がどれだけ泣いても、外には聞こえないからねっ!」
シルフィが、窓のない地下室へと続く扉を指差して、満面の笑みを浮かべる。彼女の足元には、アレンを逃がさないための『赤い糸の結界』が、畳の目のように張り巡らされていた。
『……シルフィ、その「防音」って、何のために使うつもりだい……?』
アレンは、エリザベートの膝の上で、黄金の毛を逆立てて震えていた。
首の『白金の鎖』は、彼女たちが発する強烈な「独占欲」を吸い込み、以前よりも鈍く、しかし確実にアレンの魂に食い込んでいた。
「さあ、アレン。……まずは『お掃除』の時間よ。……この領地に蔓延る、不潔な雑草(モンスター娘)たちを一掃してあげましょう」
エリザベートが指先を鳴らすと、紫の魔力を帯びたメイド服姿の隠密たちが、一斉にリビングの床を磨き始めた。それは単なる掃除ではない。彼女たちが通った場所には、エリザベートの支配を固定する「魔力紋」が刻まれていく。
「……ふざけないで! ここは私の家よ! 私の魔導理論に基づいた、完璧な管理体制が敷かれていたんだから!」
ルナが杖を構え、藍色の雷を散らす。
だが、そこへミーシャが、エメラルドの鱗を激しく擦り合わせながら乱入してきた。
「……泥棒人間も、王都の女たちも、まとめて出て行きなさい。……アレン様を一番近くで温めるのは、私の鱗よ。……この城の主は、アレン様……そして、その番である私よ!」
「あんだと!? 主殿の騎士はアタイだ! あんたらのドロドロした内政なんて知るか! アタイは主殿を背中に乗せて、一日中この領地を駆け回る規律なんだよ!!」
フェリスが黄金の雷を爆発させ、豪華なシャンデリアを揺らす。
エリザベート、シルフィ、ルナ、ミーシャ、フェリス。
五つの巨大な執着が、新築されたばかりの豪華なリビングで真っ向から激突した。
――ガチリ、ガチリ。
アレンの首の鎖が、女たちの怒気と情愛に呼応して、かつてない反応を見せた。
白金の鎖から溢れ出した魔力が、アレンの肉体を強制的に変質させていく。
「……あ、あぐっ!? また、この感覚……!」
黄金の光がリビングを埋め尽くし、アレンの体が急激に膨張を始める。
鎖を『昇華』させたことで、アレンの人間化は、今や彼の「感情の昂ぶり」に直結するようになっていた。
光が収まった時、そこに立っていたのは――。
アリアが織り上げた、王者の風格漂う白銀の礼装を纏った、完全な人間姿のアレンだった。
黄金の髪が肩にかかり、碧眼には白金の光が宿っている。
「「「「「…………っ!!」」」」」
女たちの争いが、一瞬で止まった。
彼女たちの視線は、アレンの逞しくなった胸元や、凛とした立ち姿に、釘付けとなった。
「……アレン。……ああ、やっぱり、その姿が一番美しいわ。……さあ、私の腕の中へ。……今すぐ、貴方のその熱を私だけで独占させて……」
エリザベートが、理性をかなぐり捨ててアレンに飛びついた。
「お兄様、お兄様! シルフィの作った地下室、今すぐ案内してあげるね!!」
シルフィがアレンの足元に縋り付き、赤い糸で彼の脚を絡めとる。
「離しなさい、この魔女ども! アレンは私の幼馴染なのよ!!」
ルナがアレンの首筋に顔を埋め、彼の匂いを狂ったように吸い込み始める。
「主殿……! あんたがそのツラするなら、アタイ、もう騎士なんて辞めてあんたの『雌』になっちまうぜ!!」
フェリスがアレンの背後から抱きつき、その逞しい腕に顔を擦り付ける。
「……アレン様。……私の毒で、一生痺れさせてあげます。……もう、誰にも触れさせない……」
ミーシャの尾が、アレンの腰を情熱的に、そして破壊的な力で締め上げる。
「待って、みんな! 服が、アリアが作ってくれた新しい服が破けちゃうよ……っ、それに……あ、あぁ……!!」
アレンは、五人の女たちの「極限のデレ」と「狂気的な執着」が、物理的な圧力となって自分を押し潰そうとしているのを感じた。
感覚共有の時よりも、肉体そのものが悲鳴を上げている。
彼女たちの体温、吐息、そして「絶対に離さない」という確固たる意志。
人間姿になったことで、彼女たちの遠慮が完全になくなってしまったのだ。
マスコットの時は「愛でる」対象だったアレンが、今や「奪い、所有し、貪る」対象へと完全にシフトしている。
「……見て。……アレンの首の鎖が、私の色に染まろうとしているわ。……やっぱり、貴方の主は私なのよ、アレン」
エリザベートが、アレンの鎖に指を這わせ、そのまま彼の唇を指でなぞる。
「お兄様、シルフィの色以外、いらないよね? ねえ、いらないって言って?」
シルフィがアレンの耳元で、ナイフのような鋭い声で囁く。
アレンは、あまりの「愛の重さ」に、意識が遠のきそうになった。
(……僕は、王様になったはずなのに。……王国軍を退けて、自由を手に入れたはずなのに。……どうして、以前よりも「狭い場所」に閉じ込められているんだ……)
皮肉なことに、領地が広がり、館が豪華になるほど、アレンを取り囲む女たちの包囲網は、より濃密に、より逃げ場のないものへと洗練されていった。
増築された『紫金の王宮』。
そこは、黄金の王アレンのための聖域であり、同時に、世界で最も甘く、最も過酷な「愛の処刑場」でもあった。
アレンは、自分に群がる五人の絶世の美女(+モンスター娘たち)の重みを感じながら、窓の外に広がる自分の領土を眺めた。
そこには、アレンの魔力で巨大化した野菜を収穫するコボルト娘たちや、城の警備に励む雷狼の戦士たちが、幸せそうに笑っている。
(……みんなが幸せなら、それでいいのかな。……でも、僕の腰が、もう限界だよ……)
アレンは深い、深い溜息をついた。
人間姿の維持時間が切れる間際。
彼は、自分を奪い合う女たちの温もりに包まれながら、再び、黄金の小さな毛玉へと戻っていった。
「「「「「あああああ、もふもふに戻っちゃったぁぁぁ!!(可愛い!!)」」」」」
リビングに、再び歓喜の(狂気の)絶叫が響き渡る。
黄金の王アレン。
彼の新生活は、平和とは程遠い、愛という名の「お掃除(という名の所有権争い)」によって、さらに混迷を深めていくのだった。




