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第17話:雷狼娘の参戦と「護衛騎士」

 黄金のログハウスに、新たな「熱源」が加わった。

 昨日の死闘を経て、正式にアレンの『護衛騎士』として叙勲(という名の飼育許可)を受けた雷狼娘のフェリスである。


 だが、その騎士道精神は、一夜明けると共に、あまりにも重すぎる「忠犬本能」へと上書きされていた。


『……あの、フェリス? 離してくれないかな。顔が、洗えないんだ』


 朝の洗面所。アレンは今、フェリスの逞しくもしなやかな両腕に抱きしめられ、宙に浮いていた。フェリスは銀色の耳を激しく動かし、黄金のマスコット――アレンの首筋に鼻先を押し付けて、スンスンと猛烈な勢いで匂いを嗅いでいる。


「……だめだぜ、主殿。騎士の役目は、二十四時間主君の安全を確保することだ。……それに、主殿からは最高の匂いがする。……これ、アタイの匂いで上書きしとかねぇと、落ち着かねぇんだ」


 フェリスの尻尾が、バタバタバタとアレンの足に当たって痛いほどだ。彼女の頬は常に上気しており、アレンに触れているだけで体温が数度上がっているのがわかる。


「ちょっと! そこの野良犬! 何を朝から破廉恥なことをしているのよ!」


 ルナが歯ブラシを片手に、怒鳴り込んできた。

「アレンを洗い清めるのは私の特権よ! 貴女みたいな獣臭い騎士に、アレンの神聖な毛並みを汚させるわけにはいかないわ。さあ、今すぐ解放しなさい!」


「……断る。……アタイは騎士だ。……主殿の傍から一歩も離れねぇのが『規律』だ。……文句があるなら、アタイを力ずくでどかしてみろよ、眼鏡」


「め、眼鏡……!? 貴女、私を誰だと思っているの! 宮廷魔導士ルナ・アルマよ! 貴女のその銀の毛、全部藍色の雷で焦がしてやろうかしら!」


 朝からログハウスの湿度が急上昇する。アレンは二人の間で、押し潰されそうになりながら「きゅう……」と悲鳴を上げた。


 リビングに移動しても、フェリスの「ベタベタ」は止まらない。

 朝食の時間、クゥが用意したアレン専用の椅子。そこにアレンが座ろうとすると、フェリスが素早くアレンを抱き上げ、自分の膝の上に固定した。


「主殿、食う時はアタイが支えてやる。……毒見も兼ねてな」


『いや、クゥの料理は安全だし、僕の手(前足)でも食べられるから大丈夫だよ……』


「……ダメだ。……主殿は、アタイに甘えてればいいんだ。……ほら、あーんしろ、主殿」


 フェリスが自分のスプーンで、プルプルと震える手つきでスープを運んでくる。格好良い騎士の面影はどこへやら、彼女の顔は「主殿に奉仕できる喜び」で真っ赤に染まり、狼の耳が歓喜で千切れそうに跳ねている。


「……あら。……新しいワンちゃんは、ずいぶんと躾がなっていないようね」


 ミーシャが、冷たい微笑を浮かべながら食卓を這い寄ってきた。

「フェリスと言ったかしら。……アレン様の首筋にある『琥珀色の紋章』が見えないの? ……そこは、私の特等席なのよ。……新参者が、土足で踏み込んでいい場所じゃないわ」


「……あ? 紋章だか何だか知らねぇが、アタイは『鎖(手綱)』で直接繋がった仲だぜ。……魂の深さじゃ、アタイの方が上だ。……主殿は、アタイの背中で一番格好良く輝くんだよ!」


 フェリスはアレンを奪われまいと、さらに強く抱きしめる。アレンのもふもふの体が、フェリスの豊かな胸元に沈み込み、彼は窒息の危機に晒された。


『あ、が……みんな、喧嘩はやめて……。フェリス、ちょっと、力が強いよ……!』


「……ひゃっ!? す、すまねぇ主殿! アタイ、あんたに触れてると加減ができなくなっちまって……」


 フェリスは慌てて力を抜くが、それでもアレンを離そうとはしない。彼女の銀色の尻尾が、アレンの胴体に巻き付き、しっかりと「確保」している。


「……見てられないわね。……アリア、あの子を大人しくさせるための『騎士服(拘束具)』を織りなさい。……スイ、あの子の足元を滑らせてアレンから引き剥がして!」


 ルナの指示で、ログハウス内は全面戦争の様相を呈した。

 アリアが放つ粘着糸を、フェリスが雷を纏った脚で引き裂く。スイの粘体を、フェリスが尻尾で薙ぎ払う。


「主殿は渡さねぇ! 誰にも……ルミナスの女にも、森の化け物にも、絶対に渡さねぇんだからなっ!!」


 フェリスはアレンを抱えたまま、窓から庭へと飛び出した。

 

「待ちなさい! 誘拐よ! アレン誘拐事件よ!!」

 ルナたちが叫びながら追いかけてくる。


 森の広場で、フェリスはようやく足を止めた。彼女はゼーゼーと息を切らしながらも、腕の中のアレンを宝物のように見つめた。


「主殿……。……悪かったな、無理やり連れ出しちまって。……でも、アタイ、あんたをあいつらと共有するなんて、耐えられねぇんだ。……あんたのその黄金の毛も、碧い目も、……全部、アタイ一人の騎士の誇りにしたいんだよ……」


 フェリスはアレンを地面に降ろすと、その前に深々と頭を下げた。

 彼女の耳が、羞恥で赤く染まった顔を隠すように伏せられている。


「アタイ……あんたに出会うまで、一人が気楽だと思ってた。……でも、あんたの鎖で繋がれたあの瞬間、アタイ……死ぬほど幸せだったんだ。……縛られてるのに、自由になった気がした。……だから……」


 フェリスは顔を上げ、潤んだ瞳でアレンを見つめた。

 

「……もう一度、アタイを撫でてくれないか? ……昨日のみたいに。……『いい子だ』って、言ってほしいんだ……」


 孤高の戦士が、今はただの、主に愛されたいだけの少女の顔になっていた。

 アレンは、彼女の不器用で真っ直ぐな想いに、苦笑しながらも胸が熱くなるのを感じた。


『……フェリス。君は、最高の騎士だよ。……昨日は本当に助かった。……ありがとう』


 アレンがマスコットの肉球で、フェリスの額にそっと触れた。

 その瞬間、フェリスの全身がビクンと跳ねた。


「……う、うわぁぁぁぁぁっ! 主殿に、また……また、認められちまったぁ!!」


 フェリスは悶え、芝生の上をごろごろと転がり始めた。

 顔は沸騰しそうなほど赤く、雷がパチパチと周囲の草を焦がしている。

「あああああ! 幸せすぎて死ぬぜ! 主殿、主殿ぉぉぉぉっ!!」


 彼女は再びアレンに飛びつくと、彼の顔中をぺろぺろとなめる勢いで「ベタベタ」を再開した。狼の愛情表現は、加減を知らない。


『わ、わわっ! フェリス、なめるのはやめて! くすぐったいってば!』


 そこへ、追いついたルナたちが到着した。


「……見つけたわよ、泥棒犬!!」

「……アレン様をそんなにベタベタに汚して。……万死に値するわね」


 ルナの藍色の雷と、ミーシャの毒霧が同時にフェリスに狙いを定める。

 

「へっ! 来やがれ! アタイは主殿の騎士だ! あんたたちの嫉妬なんて、雷で弾き飛ばしてやるぜ!」


 アレンを抱えたまま、嬉々として女の戦いに身を投じるフェリス。

 アレンは、彼女の熱すぎる体温と、絶え間なく振られる尻尾の感触に包まれながら、空を仰いだ。


(……一人、守護者が増えた。……でも、僕の自由は、また一歩遠のいた気がするよ……)


 首の鎖とシルフィの銀の首輪が、アレンの嘆きに応えるように、カチリと小さく、しかし確固たる音を立てて共鳴した。

 

 黄金の領土。

 そこに住まう女たちの愛は、新たな騎士を飲み込み、より激しく、より逃げ場のない深淵へと渦巻いていくのだった。


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