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第16話:シルフィの贈り物と銀嶺の騎士

 エリザベートの放った刺客、ヴィオラによる襲撃から数日。

 黄金の領土には、一時の平穏が戻ったかのように見えていた。だが、アレンの首に巻き付く『呪鎖』は、以前よりも不気味な熱を帯び、ドクドクと拍動を繰り返している。それは、あるじであるエリザベートの執着が、より深層へと根を張った証左でもあった。


 そんなある日の午後、事件は空から降ってきた。


 突如として、ログハウスの上空に真っ赤な魔法陣が展開される。そこから吐き出されたのは、美しいリボンで飾られた小さな「銀の箱」だった。


「……何かしら、これ。またエリザベート様の罠?」

 ルナが警戒を露わにし、杖の先で慎重に箱の蓋を跳ね上げる。


 中に入っていたのは、一通の手紙と、宝石が散りばめられた精巧な『銀の首輪』だった。


『お兄様、みーつけた! 悪いお姉様に捕まる前に、シルフィが可愛い首輪をプレゼントしてあげる。それをつけてね。そうすれば、お兄様がどこで浮気してても、シルフィがすぐに捕まえに行けるから。……大好きだよ、お兄様』


 手紙を読み上げたルナの顔が、瞬時に引き攣った。

「あの……あの糞ガキ……っ! アレンを完全に迷子犬扱いしているわ! 捨てなさい、こんな不潔な呪具!」


『う、うん。僕もこんなの付けたくないよ』

 アレンがマスコットの短い手で箱を押し返そうとした、その時だった。


 カチリ、と。

 物理的な接触を無視して、銀の首輪がアレンの首元へと吸い寄せられた。

 首輪は既存の『呪鎖』と共鳴し、まるで最初からそこにあったかのように、アレンの喉元にぴったりと装着されてしまった。


『えっ!? 取れない……! ルナ、これ、取れないよ!』


「くっ、シルフィ様特有の『独占術式』ね……! 外そうとすればするほど、対象の首を絞める仕組みだわ。なんて悪趣味な……」


 絶望するアレンたちを嘲笑うかのように、森の境界線から、凄まじい咆哮が響き渡った。

 銀の首輪から放たれる誘導信号に呼び寄せられた、シルフィの差し金――巨大な魔獣『真紅の魔狼クリムゾン・ヴォルグ』が、その紅蓮の体躯を現したのだ。


「アレン様、下がって! この魔獣、ただの獣じゃない……。シルフィ様の魔力が直接流れ込んでいるわ!」

 ミーシャが尾を構え、クゥが斧を握る。だが、魔狼が放つ熱波は、彼女たちの黄金のバフをさえ圧倒するほどの殺意に満ちていた。


 絶体絶命の窮地。

 魔狼が、アレンを丸呑みにせんと大きく顎を開いた、その瞬間。


「――ぬしら、アタイの獲物に勝手な真似はさせねぇぜ!!」


 銀色の閃光が、森の木々を薙ぎ倒して飛び出してきた。

 逆立った銀髪、ピンと立った狼の耳。雷光を帯びた青い瞳を持つ少女――雷狼娘のフェリスが、魔狼の横面に強烈な蹴りを叩き込んだのだ。


 ズドォォォォン!!

 爆鳴と共に、巨体の魔狼が数十メートルも吹き飛ぶ。


「なっ……何者よ!?」

 ルナの問いに、フェリスは不敵に笑い、肩に担いだ巨大な雷刀を地面に突き立てた。


「アタイはフェリス。この辺境を一匹狼で生きてる風来坊だ。……そこの黄金の毛玉アレン、あんたの魔力……遠くからでもビリビリ伝わってきたぜ。……いいツラ構えだ。気に入った。アタイが守ってやる!」


 フェリスは再び地を蹴り、魔狼へと肉薄する。その動きは、目にも留まらぬ速さ。雷を纏った斬撃が、魔狼の紅蓮の皮膚を切り刻んでいく。


 だが、魔狼もさるもの。シルフィの「独占欲」を糧にする怪物は、斬られるそばから肉体を再生させ、熱線を吐き出してフェリスを追い詰めていく。


「ちっ、しぶといな……! アタイの雷じゃ、焼き切る速度が足りねぇ!」


『フェリス! 無茶だ、下がって!』


「主殿……へへ、心配すんな。……でも、もし力を貸してくれるなら……最高に熱い一撃をぶち込んでやるぜ!」


 アレンは直感した。この少女なら、自分の呪いの力を正しく「意志」として振るえる。

 アレンはピーの背を借りて上空へ飛び上がると、そのままフェリスの背中へとダイブした。


『フェリス、僕の鎖を繋ぐよ! 耐えてくれ!』


「おうっ、来いよ、主殿!!」


 アレンの首から伸びた、シルフィの「赤の鎖」。それがフェリスの首筋にある雷の紋章へと絡みつく。

 

 ――【呪鎖共鳴チェイン・リンク】。


 ドクン、と。アレンの「独占される痛み」が、フェリスの「守りたい渇望」と混ざり合う。

 フェリスの体から放たれる青い雷が、一瞬にして眩い黄金の稲妻へと変質した。


「――っ、おおおおおおおおっ!! なんだこれ、すげぇ、力が、主殿の愛が、アタイの中に流れ込んでくる……ッ!!」


 フェリスの咆哮が、大気を震わせる。

 彼女は黄金の雷を纏った文字通りの閃光となり、魔狼の懐へと飛び込んだ。


「――【神雷・一刀両断ボルト・スラッシュ】!!」


 黄金の雷光が、森の夜を昼間に変えた。

 魔狼の巨体は、再生の隙すら与えられず、一瞬にして塵へと帰した。


 静寂が訪れる。

 アレンはフェリスの背中で、ハァハァと荒い息を吐いていた。鎖を通じた魔力供給は、いつになく激しく、互いの体温が溶け合っている。


「……あ、あの……主殿」


 フェリスが、おもむろにアレンを背中から降ろした。

 先ほどまでの猛々しい「孤高の戦士」の雰囲気は、どこへやら。

 彼女の狼の耳は、今にも千切れそうなほど激しくパタパタと左右に揺れ、太い尻尾は扇風機のようにブンブンと回っている。


「主殿……今の。……あんたの鎖で繋がれた瞬間……なんだか、アタイの魂の奥まで、あんたに『お座り』させられたみたいな感覚がして……その……」


 フェリスの顔は、熟れた林檎よりも赤く染まっていた。

 彼女はアレンの前にドサリと跪くと、俯いたまま、震える声で告げた。


「アタイ、生まれて初めて負けた気分だぜ。……いや、負けて嬉しいなんて、おかしいよな。……でも、あんたの隣にいたい。……アタイを、あんたの専属騎士にしてくれ……っ」


 顔を上げたフェリスの瞳は、潤んでいた。

 

「……あ、あの、ダメか? ……嫌なら、無理にとは言わねぇけど……でも、できれば……その。……も、もう一度、鎖で……繋いで、ほしい、だぜ……」


 最後の方は、蚊の鳴くような声だった。

 あんなに格好良く魔獣を斬った戦士が、今は主人の帰りを待つ忠犬のように、耳を伏せて真っ赤な顔で震えている。


『……フェリス。もちろん、歓迎するよ。……僕を、助けてくれてありがとう』


 アレンがマスコットの肉球で、フェリスの銀髪の頭をそっと撫でた。

 その瞬間。


「う、ふぇっ……!? あ、あああ、主殿に、撫でられ……っ!」


 フェリスは、顔から湯気が出るほどの勢いで赤面し、そのままバタリと地面に倒れ込んだ。

 尻尾が、ドコドコドコと太鼓のような音を立てて地面を叩いている。


「……なによ、あの初心うぶな野良犬。……計算高いミーシャたちより、ある意味たちが悪いわね」

 ルナが、嫉妬を通り越して呆れ顔で呟いた。


「……ふふ。……新しいライバルは、どうやら『主従プレイ』がお好みのようね。……負けないわよ、銀の狼さん。……アレン様の首筋(鎖の隙間)は、私の特等席なんだから」

 ミーシャも、不敵な笑みを浮かべてアレンを抱き上げた。


 アレンの首には、シルフィが贈った『銀の首輪』が、今も不吉に輝いている。

 だが、その首輪によって呼び寄せられた新たな騎士・フェリスの存在は、アレンにとっての新たな盾でもあった。


(……首輪に、鎖に、紋章に……。僕の首、もう空いてる場所がないよ……)


 アレンは、自分を囲む五人の情熱的な視線――そして、失神しながらも尻尾を振り続ける銀狼のフェリスを見つめ、深いため息をついた。

 

 逃げ出した王子の、辺境での「もふもふ建国記」。

 それは、新たな騎士を迎え、さらに加速していく。


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