第13話:呪鎖の『共有』理論
黄金のログハウスの最上階。そこはルナが私物化した『魔導研究室』となっていた。
中心に置かれた円卓には、黄金のマスコット姿のアレン。そして彼を囲むように、ルナ、ミーシャ、ピー、クゥ、アリア、スイが座っている。
「いい、みんな。よく聞きなさい。アレンの『呪鎖』は、使うほどにアレン自身の肉体と精神を摩耗させるわ。……でも、私の最新理論によれば、その負荷を軽減する方法が一つだけあるの」
ルナが眼鏡をクイと押し上げ、魔導書を広げる。
「それがこの『呪鎖共有』よ。アレンと私たちが魔力のパスを繋ぎ、呪いの反動を……つまり熱や痛みを、私たち全員で『分散』して肩代わりするの」
『えっ、そんなことができるのかい、ルナ?』
「ええ。……ただ、これには副作用があるわ。魔力のパスを繋ぐということは、一時的に『感覚』が共有されるということ。……アレンが感じていること、私たちが感じていることが、お互いに筒抜けになるのよ」
「……あら。それは素敵ね。……アレン様の感じている『熱』を、直接肌で感じられるなんて……ふふ」
ミーシャが恍惚とした表情でアレンを見つめる。
「アレン様と心が繋がるんですかぁ!? ピー、もう一生離したくなくなっちゃいます!」
他の娘たちも、恐怖どころか期待に目を輝かせている。
『ま、待って! 感覚が共有されるってことは、僕が恥ずかしいと思っていることまでバレちゃうってこと!?』
「……当たり前でしょ。だからこれは、信頼し合っている仲でしかできない『究極の儀式』なのよ。……さあ、アレン。その小さな肉球を、私の手に重ねなさい。他の娘たちも、アレンの体に触れて!」
ルナの合図と共に、全員がアレンに密着した。
ルナがアレンの右手を握り、ミーシャが左手(前足)を、ピーが背中を翼で包み、クゥが頭を撫で、アリアが糸で優しく足を縛り、スイが全体を包み込む。
「いくわよ。――【呪鎖共有】、起動!!」
藍色の魔力が円陣を描き、アレンの首の鎖が激しく共鳴した。
――ドクン。
アレンの意識が、一瞬だけ真っ白に染まる。
次の瞬間、彼の脳内に、五人の女性たちの「あまりにも濃密な情愛」が濁流のように流れ込んできた。
(……あ、熱い。……なに、これ……!?)
ルナの、理性を保とうと必死な裏側にある「アレンに一生甘えられたい」という独占欲。
ミーシャの、「アレン様の全てを自分の鱗で汚してしまいたい」という捕食的な恋情。
ピーの、「アレン様を自分の羽毛の中に閉じ込めて、一歩も歩かせたくない」という過保護な愛。
クゥの、「アレン様が食べるものから着るものまで、全てを自分の手で作り替えたい」という献身。
アリアの、「アレン様を一番美しいお人形として飾り立て、誰の目にも触れさせたくない」という執着。
スイの、「アレン様と一緒に溶けて、一つの存在になりたい」という一体化願望。
『……みんな、僕のことをそんな風に……っ!』
アレンは顔から火が出るほど恥ずかしかった。
だが、それはお互い様だった。
「……きゃあああっ!? ア、アレン!? 今の、貴方が感じている私の『ときめき』、感じないで! 見ないで!!」
ルナが顔を真っ赤にして叫ぶ。彼女の胸の高鳴りが、アレンの鼓動と完全に同期している。
「……ふふ。……アレン様。……私の肌の、この『疼き』……伝わっていますか? 貴方様に触れられている場所が、こんなに熱くて……蕩けてしまいそうなのが……」
ミーシャが腰をくねらせ、アレンの首筋に顔を埋める。アレンには、ミーシャの全身の鱗が歓喜で震えている感覚が、自分の肌のことのように伝わってきた。
「アレン様ぁ! ピーの心、今すっごくピョンピョン跳ねてます! アレン様をぎゅーってしたくて、羽が勝手に動いちゃいます!」
ピーの翼がアレンを締め上げる力が強まる。その「締め付けられる痛み」さえも、共有された魔力によって「甘い刺激」へと変換されていく。
「……アレン様。……美味しいです。……貴方様と繋がっているだけで、お腹がいっぱいになります……」
クゥがアレンの黄金の毛に顔を埋め、涙を流しながら微笑む。彼女の無償の愛が、アレンの心を優しく包み込んだ。
「……見て。……アレン様の鎖が、私の糸と溶け合っているわ。……これが、私たちの愛の証なのね……」
アリアが編み上げた魔導繊維が、アレンの鎖と共鳴し、宝石のような輝きを放つ。
『……あ、あぐっ……。だめだ、みんなの気持ちが……直接すぎて、僕までおかしくなりそうだよ……っ!』
アレンの理性が崩壊しかけた、その時。
呪いの鎖が、共有された「愛」のエネルギーを燃料にして、爆発的に進化を始めた。
ガチリ、と鎖の音が響く。
反動を分散したことで、アレンの体が急激に膨張を始める。
黄金の光がログハウスを突き抜け、夜空へと立ち昇った。
光が収まった部屋の真ん中にいたのは――。
黄金の毛皮をマントのように羽織った、完全な「人間姿」のアレンだった。
だが、その瞳はいつもの穏やかな碧眼ではなく、鎖の魔力が混じった、妖しく光る金色に染まっている。
「……みんな。ありがとう。……お陰で、少しだけこの姿を保てそうだ」
アレンが低い、青年らしい声で囁く。
上半身だけではない。足元までスラリと伸びた、非の打ち所がない王子の姿。
その完璧な「雄」の姿を前に、感覚を共有していた彼女たちの理性が、ついに完全に吹き飛んだ。
「アレン……っ! 貴方、そんな格好で……そんな声で……っ! ああ、もう無理、私、もう我慢しないから!!」
ルナがアレンの首筋に飛びつき、彼のシャツを引き裂くようにして抱きついた。
「……アレン様。……その人間の肌、私が一番に味わわせてもらいます……」
ミーシャの蛇体がアレンの腰に強く巻き付き、彼女の白い指がアレンの胸元を愛撫する。
「アレン様、大好きっ! 大好き大好き大好き!!」
ピーが背後からアレンを押し倒し、黄金の羽毛で彼を包み隠そうとする。
「……食べちゃいますよ。……本当に、全部、食べちゃいますからね」
クゥがアレンの耳元で熱い吐息を漏らし、彼の腕を甘噛みする。
「……逃がさない。……貴方様という最高の芸術品を、私の糸で一生閉じ込めるわ」
アリアの糸がアレンの手首を拘束し、ベッドへと縫い付ける。
「……アレン、さま……。いっしょに……ひとつに……」
スイが全身でアレンを覆い、彼の皮膚に自分の魔力を浸透させていく。
「ちょ、みんな……! 共有してるから、みんなの感覚が僕の中に……あ、あぁ……っ! 気持ちよすぎる……だめだ、これ以上は……っ!」
六人の女たちの「絶頂」に近い愛の感覚が、アレン一人の肉体に集中する。
共有によって反動を分散したはずが、逆に彼女たちの「デレ」が何倍にも増幅され、アレンを襲うという暴走状態。
感覚共有が終わるまでの数時間。
アレンは黄金のログハウスの中で、人生で最も甘く、最も過酷な「愛の拷問」を受けることになった。
翌朝。
再び小さな黄金の毛玉に戻ったアレンは、抜け殻のような顔でテラスの椅子に座っていた。
隣では、満足げな顔をしたルナやミーシャたちが、まだ夢心地で彼を眺めている。
(……ルナ。……この理論、反動を分散するんじゃなくて、愛を増幅させてるだけだよ……)
アレンの首の鎖は、昨日よりも一段と重厚に、そして艶やかに輝いていた。
共有によって深まったのは、呪いの理解ではなく、彼女たちとの「逃げられない絆」だったのだ。
その頃。
王城では、エリザベートが不気味な水晶玉を覗き込んでいた。
「……あら。……アレン坊や、あんなに激しく『愛』を交わしているのね。……不潔な雌たち。……もう、掃除の時間かしら」
シルフィが、巨大な鎌を研ぎながら笑う。
「お兄様の初めてを、あんな女たちに奪わせないよ。……全部、切り刻んでから連れ戻そうね、お姉様」
アレンと仲間たちが深めた絆が、ついに最凶の敵を呼び寄せようとしていた。




