第12話:蜘蛛娘の罠と絹のドレス
黄金のログハウスを中心とした『アレン領』の境界線。
そこは、濃密な魔力霧が渦巻く「静寂の森」と呼ばれていた。
アレンは今、ルナの厳しい監視(独占欲)の目を盗み、ミーシャの尻尾に揺られながら領地の視察に出ていた。
同行しているのは、ラミアのミーシャ、ハーピーのピー、そしてオークのクゥ。初期からの忠実な「家族」たちだ。
『……ふぅ。ルナの「衛生管理」も、たまに息が詰まっちゃうよ。ごめんね、みんな。僕のために連れ出してもらって』
アレンが念話を放つと、ミーシャがうっとりとアレンを抱き寄せ、その頬に自分の鱗をすり寄せた。
「いいのですよ、アレン様。……あの人間女は、知識ばかりでアレン様の『野生』を忘れています。……貴方様は、この広い森の王。……もっと自由に、私たちが支えてあげなければ」
「そうですよぉ! ピーの背中に乗って、空から領地を見るのが一番の贅沢なんですから!」
ピーが黄金の羽を広げ、アレンの周囲をダンスするように飛び回る。クゥも巨大な斧を肩に担ぎ、頼もしく頷いた。
「アレン様、今日は境界付近に新しく自生した『魔導綿』の調査ですね。あれがあれば、アレン様に相応しいもっと柔らかな寝具が作れます」
和気藹々とした空気の中。
突如、森の木々が生き物のように蠢き、周囲を白い「糸」が覆い尽くした。
『――っ!? みんな、止まって!』
アレンの警告よりも早く、頭上から巨大な影が降りてきた。
上半身は妖艶な人間の女性、下半身は巨大な毒蜘蛛。
辺境の織り手、アラクネの娘・アリアだ。
「……あら。……珍しい、黄金の獲物。……精霊かと思ったけれど、なんだかとても『美味しそうな』匂いがするわね」
アリアの指先から放たれた粘着性の糸が、瞬時にアレンの体を絡め取る。
マスコットの小さな体は、繭のように白い糸に包まれ、宙へと吊り上げられた。
「アレン様――!!」
ミーシャの瞳が、瞬時に縦長の捕食者のそれへと変わった。
「……下等な虫ケラが。……その汚い糸で、誰に触れていると思っているのかしら?」
ミーシャが地面を蹴り、驚異的な速度でアリアへと肉薄する。黄金の魔力で強化された彼女の尾は、大木を容易くへし折り、アリアが放つ牽制の糸を真っ向から引き裂いた。
「あら……。ただのラミアじゃないわね。……でも、私の糸は鋼よりも硬いのよ」
アリアが八本の脚を駆使し、複雑な網を空中に展開する。
そこへ、上空から黄金の旋風が吹き荒れた。
「アレン様を返せぇ!!」
ピーが放った真空の刃が、クモの巣をズタズタに切り裂く。
さらに地上からは、クゥが咆哮と共に跳躍した。
「どけぇ!! アレン様に指一本触れさせない!!」
クゥの斧が地面を砕き、その衝撃波でアリアの足場を奪う。
初期メンバーによる、完璧な連携。
ルナという強力な魔導士がいなくとも、彼女たちはアレンから授かった魔力を完全に使いこなし、独自の戦闘スタイルを確立していた。
『……みんな、ありがとう! でも、危ないから下がって!』
宙吊りにされたアレンが、首の鎖を強く念じた。
『――呪鎖解放! 焼き切れッ!!』
黄金の繭の中から、真っ赤なシルフィの鎖が噴出した。
紅蓮の炎を纏った鎖は、アリアが誇る「鋼の糸」を瞬時に炭化させ、アレンを自由にする。
着地したアレンの背後には、憤怒の色を隠さない三人の娘たちが並び立っていた。
「……待って。……殺さないで」
アリアが、糸を失い、地面に這いつくばりながら呟いた。
彼女の瞳は、恐怖ではなく、「魅了」の色に染まっていた。
アレンの放った呪鎖の、圧倒的な破壊力と、その中心にいる黄金の獣の神々しさ。
「……私、……こんなに美しい力、見たことがない。……私の糸を、一瞬で屈服させるなんて。……貴方様こそ、私が一生をかけて編み上げる『究極の布』に相応しい主だわ」
アリアはアレンの足元に跪き、蜘蛛の脚を折りたたんで臣従の意を示した。
「……アレン様。……私を、貴方様の側に置いて。……貴方様を、世界で一番美しく飾り立てる服を、私の魂を込めて織り上げます。……だから、どうか、その鎖で私を繋いで……」
また一人、アレンの魅力(と呪い)に陥落したモンスター娘が増えた瞬間だった。
拠点に戻った一行を待っていたのは、当然ながらルナの「お説教」だった。
「――視察? 嘘をつきなさい! 私に内緒でミーシャたちの尻尾に乗って遊びに行っていただけでしょう!」
ログハウスのリビングで、ルナが杖を机に叩きつける。
アレンはマスコットの姿で、ミーシャの背後に隠れるようにして震えていた。
「それに何、その新しい娘は! アラクネ!? 不潔よ、足が多すぎるわ! 部屋の隅に巣を張られたら掃除が大変になるってわからないの!?」
「……失礼な。……私はアレン様のために、この世で最も滑らかな『黄金の絹衣』を織るために来たの。……泥棒人間には作れない、愛の結晶よ」
アリアが、さっそくアレンのために織り上げた「黄金の絹のベスト」を差し出す。
それはアレンのマスコット姿に完璧にフィットし、さらに呪鎖の魔力を安定させる特殊な魔導繊維が組み込まれていた。
「な、なによそれ……。私が徹夜で編んだ魔導マフラーより、ずっと出来が良いじゃない……!」
ルナのプライドが激しく傷つき、その瞳に涙が浮かぶ。
「……いいわ。アラクネ、貴女の腕は認めてあげる。……でも、アレンに着せる時は、必ず私の検品を通しなさい! 糸に妙な呪い……『惚れ薬』とかを仕込んでいないか、徹底的にチェックするからね!」
ルナの嫉妬の対象がまた一人増え、ログハウスはさらに賑やか(泥沼)になった。
その夜。
アリアが作った新しいベストを纏ったアレンを囲み、ミーシャたちが満足そうに微笑んでいた。
「ふふ、アレン様。……とってもお似合いです。……これで、ますます誰にも渡したくなくなってしまいましたね」
ミーシャがアレンの首筋にある「蛇の紋章」をなぞり、独占欲を露わにする。
アレンは、新しい服の着心地に癒やされつつも、自分を囲む視線が、どんどん「甘く、重く」なっていくことに、心地よさと恐怖を感じていた。
(……みんなの愛が、僕を王にしてくれる。……でも、王になればなるほど、僕は『アレン』という一人の人間から遠ざかっていく気がするよ……)
呪いの鎖は、アリアの織り上げた美しい絹衣の下で、今夜も静かに、しかし確実にアレンの肉体に食い込んでいた。
その頃。
王城の地下深く。
シルフィが、一本の太い「赤い糸」を完成させていた。
「……できたよ、エリザベートお姉様。……これでお兄様を、辺境ごと引きずり戻せるね」
「ええ……。楽しみだわ、シルフィ。……あの子を囲む『害虫』たちを、一匹ずつ踏み潰す瞬間が……」
二人の最凶ヒロインが、ついに腰を上げようとしていた。




