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第11話:豊穣の魔力と「収穫祭」

 オークの軍勢を退けたあの日から、黄金のログハウス周辺の空気は一変していた。

 かつては「はぐれ者」の避難所だったその場所は、今や辺境の魔物たちが畏怖と敬意を込めて見上げる『黄金の玉座』へと進化を遂げつつあった。


 アレンの首の鎖が放った衝撃波。それが染み込んだ土壌は、もはや通常の生態系を逸脱していた。

 朝、アレンが短い手足でテラスへ出ると、そこには見渡す限りの「黄金色」が広がっていた。


『……すごいな。昨日植えたばかりの種が、もう実を付けているなんて』


 アレンが念話を放つと、麦の穂がざわざわと揺れ、アレンの魔力に呼応するように輝きを増す。

 それらはただの作物ではない。一口食べれば傷が癒え、魔力が充填される「霊草」に近い性質を持った魔力作物だ。


「アレン様、おはようございます! 見てください、今日の収穫ですっ!」


 クゥが、自分の体ほどもある巨大な籠を背負って現れた。中には、蜜が溢れんばかりに詰まった林檎や、大人の腕ほどもある太い人参が山盛りになっている。


「これを目当てに、森の奥からコボルトやゴブリンの娘たちが集まってきています。みんな、アレン様の臣下になりたいって、広場(といってもまだ空地ですが)で土下座していますよ」


『えっ、そんなに……?』


 アレンが広場へ向かうと、そこには十数人の新しいモンスター娘たちがいた。

 犬耳を震わせるコボルトの少女や、小柄だが手先の器用そうなゴブリンの娘たち。彼女たちは黄金のマスコット――アレンの姿を見るなり、一斉に伏し拝んだ。


「「「「「精霊王様! 私たちを、お側に置いてください!!」」」」」


 アレンは困惑した。王子だった頃、民に跪かれるのは日常だったが、今の自分は「もふもふの毛玉」だ。その愛らしい姿で崇拝されるのは、どうにも座りが悪い。


『みんな、顔を上げて。……僕は王様じゃない、ただの――』


「――ええ、そうよ。アレンは王様じゃないわ。……私の『研究対象』兼、大事な幼馴染よ。勝手に群がらないでくれる?」


 冷ややかな声と共に、ログハウスからルナが現れた。

 彼女は藍色のローブを翻し、アレンの前に立ちはだかると、集まったモンスター娘たちを「ゴミを見るような目」で一瞥した。


「アレン、貴方はお人好しすぎるわ。こんな得体の知れない娘たちを全員受け入れていたら、この拠点の『衛生管理』が崩壊するわよ。特にその、耳とか尻尾! ダニやノミがアレンの黄金の毛に移ったらどうするの!?」


「な、なんですって!? 失礼な! 私たちは毎日川で体を洗っています!」

 コボルトの少女が反論するが、ルナは聞く耳を持たない。


「だめよ、断固拒否。アレンへの接近は、半径三メートル以内禁止。……いい? アレンの『お手入れ』を担当するのは、最高位魔導士である私と、……まあ、百歩譲って、初期メンバーの彼女たち(ミーシャたち)だけよ」


 ルナの言葉は、正義感に満ちた「公衆衛生」の皮を被っていたが、その実体は剥き出しの独占欲だった。

 彼女はアレンをひょいと抱き上げると、自分の頬にすり寄せた。


「……ふふ。アレン、今日も良い匂い。昨夜、私が調合した特製シャンプーの香りが残っているわね。……あの大蛇女ミーシャの匂いも、だいぶ消えたかしら」


『ル、ルナ……。みんなが見ている前で、あんまりもふもふしないで……恥ずかしいよ』


「いいのよ。主従関係をはっきりさせておかないと。貴方は、私の大切な……『お世話しなきゃいけない王子様』なんだから」


 ルナの瞳には、かつての冷静さは微塵もない。彼女もまた、この辺境の濃密な愛の空気に毒され、エリザベートたちに近い「重み」を宿し始めていた。


 結局、アレンの仲裁により、新しい娘たちは「仮採用」として、領地の開墾に従事することになった。

 アレンは「もふもふ領主」として、彼女たちの作業を監督して回る。


『コボルトの皆は、その鋭い嗅覚で水源を探して。ゴブリンの皆は、クゥを手伝って調理場の拡充をお願い。……今日はお祝いだ。僕の魔力で作った野菜を、みんなで食べよう!』


 その日の夜、急造の広場で「収穫祭」が催された。

 焚き火を囲み、黄金の魔力野菜が振る舞われる。

 その味は、空腹に喘いでいた彼女たちにとって、文字通り「魂の救済」だった。


「美味しい……。こんなに優しくて、美味しいもの、生まれて初めて食べた……」

「アレン様……。一生、ついていきます……っ」


 食事を通じて、アレンの魔力が彼女たちの体内に浸透していく。

 アレンが意図せずとも、彼の「与える愛(魔力)」は、受け取った側の「忠誠」を「盲信」へと変えてしまう。

 気づけば、新住民の娘たちの瞳もまた、ミーシャたちと同じ、熱を帯びた「所有欲」の色に染まり始めていた。


 アレンは、賑やかな宴を少し離れた場所から眺めていた。

 首の鎖が、宴の盛り上がりに合わせて、じんわりと熱を持っている。


(……みんなが喜んでくれるのは嬉しい。……でも、この鎖。……どんどん、僕の魂に深く根を張っている気がする)


 力(魔力)を与えれば、民は豊かになる。

 だが、豊かになればなるほど、彼らの「感謝」は「執着」へと変わり、その集合的な感情が、アレンの鎖をより重く、より解けないものにしていく。


「……アレン。こんなところにいたのね」


 背後から、ルナが静かに近づいてきた。

 彼女の手には、アレンのために用意された最高級の羊毛で作られた毛布があった。


「夜風は冷えるわ。……さあ、戻りましょう。貴方の部屋に、私の魔導書を持ち込んでおいたから。今夜は朝まで、貴方の鎖の構造を解析しながら……添い寝してあげるわ」


『解析だけにしてよ、ルナ。……添い寝は、その……狭いし』


「……貴方、私の膝の上が一番落ち着くって、さっき自分から潜り込んできたじゃない。……いいのよ、素直になりなさい」


 ルナはアレンを毛布ごと抱きしめ、ログハウスへと戻っていく。

 アレンは、ルナの腕の中で、自分の意思が少しずつ「彼女の心地よい束縛」に依存し始めていることを自覚し、薄ら寒い恐怖を感じていた。


 その時。

 アレンの首の鎖が、一瞬だけ鋭く弾けた。


『――っ!?』


 鎖を通じて、鮮烈なイメージが脳裏をよぎる。

 

 それは、真っ暗な地下室で、アレンそっくりの「等身大の人形」を愛おしそうに抱きしめ、ナイフで自分の指を切り、その血を人形の唇に塗り付けているシルフィの姿。


『……お兄様。……もうすぐだよ。……もうすぐ、お迎えに行くからね。……その辺境の女たち、一人残らず、私の『血の糸』でバラバラにしてあげる』


 冷酷な、幼い殺意。

 アレンはガタガタと震え出した。


「どうしたの、アレン? 寒い? ……大丈夫よ、私がずっと抱きしめていてあげるから」


 ルナはより一層強く、アレンを胸に押し付けた。

 アレンは、ルナの温もりと、鎖から伝わるシルフィの冷気の狭間で、ただ小さく丸まるしかなかった。


 黄金の領土。

 平和と豊穣の裏側で、狂気の愛は着実に、その包囲網を狭めていた。


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