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第10話:黄金の咆哮と辺境の王

 黄昏の辺境に、かつてない軍勢の足音が響いていた。

 

 アレンの黄金の魔力に当てられ、進化した野菜や果実。そして、ミーシャたちの急激な強大化。その噂は、辺境の深部に潜む荒くれ者たちの耳にも届いていた。

 

「……来たわね。地響きの数からして、オークの戦士団に、はぐれゴブリンの連合軍……。数は、数百を下らないわ」

 

 ルナがログハウスの屋根の上で、魔導望遠鏡を覗き込みながら忌々しげに呟く。彼女の藍色のローブが、立ち込める土煙を前に激しくたなびいていた。

 

「ふん、数だけ揃えて。……アレン様の魔力を奪いに来た火事場泥棒どもめ。一匹残らず、私の毒で溶かしてあげるわ」

 

 ミーシャが舌をチロリと出し、鋭い眼光を森の境界へ向ける。

 

 アレンは、ミーシャの腕の中から地面へと降り立った。

 マスコットの姿。黄金の毛並み。首元には、エリザベートとシルフィの呪鎖が重厚に、そしてミーシャが刻んだ蛇の紋章が微かに、それぞれ相反する愛の証明として輝いている。

 

(……逃げちゃだめだ。ここで僕が逃げたら、彼女たちの安らぎも、この『家』も、全部踏み荒らされてしまう)

 

 アレンは短く「きゅう!」と鳴き、念話を全域に放った。

 

『みんな、聞いて。……僕は、争いは嫌いだ。でも、僕たちの平穏を奪おうとする者には、容赦はしない。……力を貸してほしい。僕と一緒に、この場所を守ってくれるかい?』

 

「「「「「おおおおおっ!!(あるじさまぁ!)」」」」」

 

 モンスター娘たちの咆哮が、森を震わせる。

 

 戦端は、オークの族長が振るった巨大な棍棒の一撃によって開かれた。

「黄金の精霊を渡せ! それを食らえば、俺たちは魔王になれるんだ!」

 欲に目が眩んだオークたちが、ログハウスの結界へと殺到する。

 

「不潔な豚どもが。……アレンを『食らう』なんて、万死に値するわよ! ――【蒼雷の裁き(アズール・ジャッジメント)】!!」

 

 ルナの杖から放たれた極太の藍色の雷光が、先頭のオーク数体を瞬時に消し炭に変えた。宮廷魔導士の本領発揮である。

 

「逃がさないわ。……【琥珀の毒霧アンバー・ミスト】!」

 

 ミーシャが大きく口を開け、金色の魔力が混じった猛毒を吐き出す。霧に触れたオークたちの鎧は融解し、彼らは悲鳴を上げてその場にのたうち回った。

 

 上空からはピーが真空の刃を降らせ、地上ではクゥが黄金の魔力で強化された斧を振るい、三体のオークをまとめて吹き飛ばす。スイは地面を透過して敵の足元から現れ、次々と敵を飲み込み、分解していった。

 

 だが、敵の数はあまりに多い。

 次第に、ルナの魔力も底を突き始め、ミーシャの鱗も敵の猛攻で剥がれ始めた。

 

「くっ……! 数に任せて……! アレン、危ない、後ろよ!」

 

 一体の巨大なオーク・キングが、ルナの隙を突いてアレンへと棍棒を振り下ろそうとした。

 

『――やめろと言ったはずだ。』

 

 アレンの念話が、冷徹な響きを帯びた。

 

 瞬間、アレンの首の鎖が爆発的に実体化した。

 

 紫の鎖(エリザベートの支配)がオーク・キングの全身を縛り上げ、その巨体を地面へとめり込ませる。

 赤の鎖(シルフィの独占)が空中で無数の槍へと姿を変え、オーク・キングの心臓を正確に貫いた。

 

 絶叫すら許さない、圧倒的な蹂躙。

 

 アレンの体から、黄金の光が螺旋を描いて立ち上る。

 鎖を使うほどに呪いが浸透し、アレンの姿が再び変容を始めた。

 

 今度は上半身だけではない。

 黄金の毛並みが、まるで高貴な王者の外套ケープのように肩を覆い、下半身はすらりと伸びた人間の脚。

 王族の正装を纏い、しかしその眼光には野性的な鋭さを宿した「真の王」の姿が、戦場の中央に顕現した。

 

「……ひっ、ああ……。あの方は……あれは、精霊なんかじゃない……」

 

 生き残ったオークたちが、恐怖に腰を抜かして跪いた。

 彼らが見たのは、愛くるしいマスコットではない。

 二人の強大な魔女の執愛を力に変え、辺境のモンスター娘たちを従える、若き「覇王」の姿だった。

 

「……立ち去れ。二度と、僕の仲間に手を出すな」

 

 アレンが低く、しかし通る声で告げると、オークたちの残党は蜘蛛の子を散らすように森の奥へと逃げ去っていった。

 

 静寂が訪れる。

 

「……アレン。……貴方、本当に……」

 

 ルナが、震える手でアレンの頬に触れようとした。

 だが、その手が触れる直前。

 アレンの姿は、再び眩い光と共に、手のひらサイズの黄金の毛玉へと縮んでしまった。

 

「きゅう……」

 

 力なく鳴き、アレンはそのまま地面に倒れ込む。

 激しい消耗。呪鎖の使用による一時的な覚醒は、あまりにも代償が大きかった。

 

「アレン様ぁ!!」

 

 ミーシャ、ピー、クゥ、スイ、そしてルナ。

 五人が同時にアレンへと駆け寄り、彼を奪い合うように抱き上げる。

 

「アレン様……。貴方は、やっぱり私たちの王様です」

「……ええ。……私の、一生の主君よ。……たとえ、この先どんな敵が現れても……私は、貴方の盾になる」

 

 ルナも、涙を拭ってアレンの黄金の頭を撫でた。

「……悔しいけれど。……この子たちと一緒なら、アレンをあのお二人から守り通せるかもしれないわね。……今日から、ここを正式に『アレン領』として整備しましょう。私が魔導結界を張り直して、人間一通さない要塞にしてあげるわ」

 

 こうして。

 かつての第二王子アレンは、辺境のモンスター娘たち、そして幼馴染の天才魔導士を従え、名実ともに『もふもふ王』として君臨することとなった。

 

 だが、祝祭の空気の中で、アレンの首の鎖は、かつてないほどに強く、脈打っていた。

 

 遠く、王城。

 

 エリザベートが、ワイングラスを床に叩きつけて割った。

「……ルナ。……あの雌狐。……とうとう、私のアレンに手を添えたわね」

 

 シルフィが、自室の壁一面にアレンの絵を狂ったように描き殴る。

「お兄様が……王様になっちゃった。……お兄様を囲むあの女たち、全部……全部、燃やしてあげるからね」

 

 アレンが力を示せば示すほど、呪鎖の「発信機」としての機能は強まる。

 彼が辺境の王となったことは、もはや隠しようのない事実として王城の二人に伝わってしまった。

 

 辺境での、新たな国作り。

 加速するモンスター娘たちの愛。

 そして、狂気のヒロインたちの直接参戦の予感。

 

 アレンの受難の日々は、ここからが本番だった。


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