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東雲明(しののめあきら)の徒然エッセイ  作者: 東雲 明


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37/60

第37話 風邪を引くとおかしなテンションになるオタクの話

ども!

連休中に風邪を引くという、イベントスケジュール管理能力ゼロの大ポカをやらかした東雲明しののめあきらです。


 いや、なんで今?


 普通、風邪ってもうちょっと空気を読むものじゃないですか。


 平日の「今日はちょっと休みたいな」みたいな日に来るならまだわかる。


 でも連休ですよ。世間が浮かれているタイミングですよ。


 旅行だ、帰省だ、イベントだ、推し活だ、創作だ、積み本消化だと、みんながそれぞれのフィールドで経験値を稼いでいる時期ですよ。


 そこでわたしだけ、鼻水ダラダラ、咳ゴホゴホ、吐き気でぐったり。


 完全にステータス異常です。

 

 毒、麻痺、混乱、スリップダメージ全部盛り。


 作者のHP、ほぼゼロ。残りゲージが赤く点滅しているのに、なぜかBGMだけやたら緊迫している状態です。


 これはまずい。


 さすがにこれは自力回復できるタイプのイベントではない。


 ポーションでは足りない。

 宿屋に泊まっても回復しない。

 セーブポイントも見当たらない。


 ということで、わたしは朝から休日診療をやっている病院を目を血眼にして探しました。


 連休中の病院探しって、地味にラスボス前のダンジョン探索みたいですよね。


「本日休診」

「祝日のため休診」

「診療時間外」

「電話がつながらない」


 違う、そうじゃない。わたしが求めているのは、閉ざされた扉ではなく、回復魔法を使える施設なんだ。


 何度か検索と電話を繰り返し、ようやく休日診療をやっている病院を発見。


 よし、行くぞ。今のわたしに必要なのは創作論でも根性論でもなく、医療だ。


 そして病院に到着。


 そこには、同じように連休中に体調を崩した勇者たちが、ずらりと集結していました。


 いや、仲間多すぎ。


 朝一で行ったのに、すでに待合室はなかなかの混雑具合。


 みんな咳をしている。

 みんな鼻をすすっている。

 みんな微妙に顔色が悪い。

 

 そこに漂う、「本当はこんな場所に来る予定じゃなかったんですけどね」という空気。


わかる。

めちゃくちゃわかる。


きっとこの中にも、本当はショッピングに行く予定だった人がいる。

家族でお出かけ予定だった人がいる。

積みゲーを崩す予定だった人もいる。

推しの配信を見る予定だった人もいる。

そしてわたしは、小説を書く予定だった。


それが全員、病院の待合室に集められている。


連休イベント、強制ルート変更。

行き先、休日診療。


受付を済ませると、案の定、待ち時間は長めでした。

二時間待ち。


二時間。


元気なときなら、二時間なんてわりと余裕です。

ブクマしている小説を読むもよし。

次のエッセイのネタを考えるもよし。

スマホで資料を漁るもよし。

推しの画像を眺めて現実逃避するもよし。


でも、その日のわたしは違いました。


鼻水。

咳。

吐き気。

頭ぼんやり。

集中力がどこかへログアウト。


ブクマしている小説を読もうかな、と思ってスマホを開く。

けれど文字が目の上をすべっていく。

内容が頭に入らない。

一行読んでは鼻をかみ、二行読んでは咳をし、三行目で「今なんの話だったっけ?」となる。


だめだ。

この状態で物語を読むのは、作者様にも作品にも失礼だ。

今のわたしは読者ではない。

ただの鼻水発生装置だ。


そこで、オタクは魔が刺しました。


そういえば昨日、推しアイドルグループのグッズ発売日だったんですよ。


ここで一度、昨日のわたしを褒めてください。


昨日のわたしは偉かった。

本当に偉かった。

6月に遠征を控えているので、節制しなければならない。

交通費、宿泊費、現地での食費、そして当然ながら現地グッズ代。

すべてを考えると、今ここで財布の紐をゆるめるわけにはいかない。


だから昨日のわたしは、ちゃんと耐えました。


発売開始のお知らせを見ても、すぐには飛びつかなかった。

商品画像を見ても、「かわいい」と言いながら歯を食いしばった。

カートに入れかけても、「いや、6月がある」と自分に言い聞かせた。


やった。

やったぞ、自分。


えらい。

成長した。

これはもう、節制の勇者。

欲望の魔王に勝利した女。


そう思っていたんです。


ところが今日です。


病院の待合室。

二時間待ち。

体調不良。

暇。

熱っぽい。

判断力がゆるい。


この条件がそろった瞬間、昨日あれほど強かった理性が、まるで紙装甲になりました。


わたしは徐にスマホを取り出しました。

そして、昨日我慢した推しアイドルのグッズページを開きました。


見るだけ。

見るだけだから。


オタクが言う「見るだけ」は、だいたい見るだけで終わりません。


商品一覧が表示されます。


かわいい。

これはかわいい。

これは持っておきたい。

これは遠征の時に使える。

これは保存用。

これは布教用。

これは予備。

これは今買わないと後悔するやつ。

これは今後の人生に必要な可能性がある。


可能性があるなら仕方ない。


わたしの指は、まるで意思を持った別の生き物のように動き始めました。

ポン。

ポン。

ポン。

ポン。


カートに入るグッズたち。


あれ?

さっきまでわたし、病院に来てたよね?

診察待ちしてたよね?

なんで今、推しのグッズを次々とカゴに詰めてるの?


でも、熱でぼんやりした頭は止まりません。


「これもいいな」

「これは使うな」

「これは飾れるな」

「これは絶対かわいいな」

「これは買わない理由がないな」


買わない理由がない。


出ました。

オタクがもっとも危険なときに発する呪文です。


買う理由は無限に出てくるのに、買わない理由だけがどんどん弱くなる。

しかも体調不良のときは、なぜか「まあいいか」の威力が三倍くらいになります。


まあいいか。

せっかくの発売日だし。

まあいいか。

連休中に風邪引いてつらいし。

まあいいか。

病院で頑張ってるし。

まあいいか。

これは自分へのお見舞いだし。


自分へのお見舞い。


なんて便利な言葉でしょう。

体調不良のオタクに持たせてはいけない危険ワードです。


そしてわたしは、ついに購入画面へ進みました。


そこで表示された合計金額。


三万円。


ん?


三万円?


わたしはスマホを二度見しました。


いやいやいやいや。

待って。

落ち着いて。

病院の待合室で何をしているんだ、わたし。


三万円って、6月の遠征で使うグッズ代と同じくらいでは?

むしろ今ここで三万円使ったら、6月の現地で何をするつもりなの?

推しを前にして、空の財布を握りしめる未来が見えるぞ。


しかも今は風邪で病院に来ている。

診察代も薬代もかかる。

体調も悪い。

頭も回っていない。

なのに、なぜここで三万円分のグッズを買おうとしているのか。


冷静な自分が、ようやく遅刻して到着しました。


遅い。

でも来てくれてありがとう。


わたしはスマホ画面を見つめながら、すうっと背筋が冷えました。


これ、不要なものを売り飛ばすにしても、どうやって捻出するんだ?

遠征費は?

生活費は?

今月の予定は?

そもそも風邪を引いてるのに、なぜ買い物でトドメを刺そうとしている?


頭に冷水をぶっかけられた気分でした。


そして、わたしはそっとカートを空にしました。


ひとつずつ削除。

またひとつ削除。

未練を断ち切るように削除。


さらば、推しグッズたち。

6月に現地で会おう。

今ここで君たちを迎えるには、わたしの財布と体調があまりにも弱すぎる。


ページを閉じた瞬間、なぜか少しだけ勝った気分になりました。


いや、買ってないだけです。

最初から買わなければよかっただけです。

でも一度三万円の崖から落ちかけて、ギリギリで踏みとどまったので、これはもう勝利判定でいいと思います。


人間、本当におかしなテンションになると何をするかわかりません。


特にオタクは危ない。


元気なときのオタクは、まだ理性があります。

「今月は厳しい」

「遠征がある」

「置き場所がない」

「前にも似たグッズを買った」

そういう現実の声が、ぎりぎり聞こえる。


でも体調不良のオタクは違います。


熱で判断力が溶ける。

鼻水で集中力が流れる。

待ち時間で暇を持て余す。

そこに推しグッズが現れる。


もうだめです。


これは状態異常「混乱」です。

コマンド選択がバグります。


本来なら「休む」「水を飲む」「大人しく待つ」を選ぶべきところで、なぜか「推しグッズを三万円分カートに入れる」を選びかける。

しかも本人は途中まで本気で「これは必要経費」と思っている。


怖い。

風邪より怖い。

いや、風邪が引き金だから合わせ技で怖い。


そんなわけで、今日は風邪を引いたオタクが病院の待合室で危うく財布を爆散させかけた話でした。


本編の方は、体調が戻るまで当面休載します。

今日はこのエッセイ一本のみの更新です。


作者のHPが赤ゲージなので、まずは回復を優先します。

推しグッズは逃げない。

いや、限定グッズは逃げるかもしれない。

でも今は追わない。

追ったら財布が倒れる。


ではまた!

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