第八章 王女エルフィーネの秘密
よろしくお願いします
王城の奥、静けさの支配する一室に、その少女はいた。
「エルフィーネ殿下、王宮医官モルガンです。……本日は、辺境より参った医術士、レオン殿をお連れいたしました」
寝台に横たわっていたのは、透き通るような白い肌と、銀にも見える淡い金髪を持つ、レオンと同年代ほどの少女だった。頬には赤みがなく、目の下には深い隈が刻まれている。だが、こちらに向けられた瞳には、病人らしからぬ、強い意志の光が宿っていた。
「……あなたが、噂の」
「レオン=ヴァンディアと申します、殿下」
「エルフィーネです。……こんな姿で失礼しますね。もう、半年以上も、まともに起き上がれていないもので」
自嘲するような、それでいてどこか気丈な笑みを浮かべるエルフィーネに、レオンは静かに一礼した。
「殿下、失礼して、診させていただいてもよろしいでしょうか」
「ええ、構いません。……どうせ、これまでも散々、色々な方に診ていただいてきましたから。今更、恥じることもありません」
その言葉の端々に滲む諦めに似た響きに、レオンは胸の奥が僅かに痛むのを感じた。半年もの間、原因不明の病に苦しみ続けているのだ。心が弱っていても、無理はない。
「失礼します」
レオンは、エルフィーネの手首に触れ、《解剖眼》を発動した。
(……これは)
視えてきた体内の情報に、レオンは眉をひそめた。腎臓に相当する器官に、明らかな異常が見られる。慢性的な炎症と、機能の低下。それに伴う、体液の異常な蓄積と、発熱、倦怠感。
(腎機能障害、あるいはそれに類する疾患。原因は……この炎症の様子からすると、自己免疫的な要素があるかもしれない。あるいは、慢性的な感染が引き金になった可能性も)
前世であれば、血液検査や画像検査を駆使して、時間をかけて原因を特定していく類の疾患だ。この世界にそういった検査手段がない以上、レオンにできることは限られている。だが、《解剖眼》によって視える情報だけでも、対症療法の方向性は見えてきた。
「モルガン殿、これまでの治療内容を、詳しく教えていただけますか」
「治癒魔法による全身への働きかけと、解熱の魔法薬を継続的に投与しておる。だが、一向に根治せぬ」
「治癒魔法は、どの臓器に、どの程度作用するものですか」
「……表面的な傷や、急性の炎症には効果的だが、慢性的に進行する内臓の疾患には、効果が限定的だ。魔力を注いでも、すぐに元の状態に戻ってしまう」
(治癒魔法は、いわば『瞬間的な回復』を促す力なんだろう。だが、慢性疾患のように、原因そのものが継続している場合には、対症療法にしかならない)
レオンの脳裏に、前世で診た、慢性腎臓病の患者たちの記憶が蘇る。根本的な治療法がない中で、それでも患者の生活の質を保つために行われていた、様々な工夫。
「エルフィーネ殿下、いくつか質問させてください。食事の内容、水分摂取量、それから、日々の症状の波について」
「え、ええ……」
レオンは、丁寧に、しかし的確に、症状の経過を聞き取っていった。エルフィーネは、初めは戸惑いながらも、次第に真剣に応じるようになった。誰も、これほど詳しく自分の状態を聞いてくれた者はいなかったのかもしれない。
「殿下、恐らくですが……根本的な完治は、今の段階では難しいかもしれません」
正直にそう告げると、エルフィーネの表情が僅かに曇った。傍で聞いていたモルガンも、勝ち誇ったような、それでいてどこか複雑な表情を浮かべた。
「ですが」
レオンは、続けた。
「症状を大幅に緩和し、殿下が今よりずっと楽に過ごせるようにすることは、できるはずです。食事の内容を調整し、体液の蓄積を管理し、炎症を抑える薬草を併用すれば、今の倦怠感や発熱の頻度は、確実に減らせます」
「本当、ですか……」
エルフィーネの瞳に、僅かな希望の光が灯った。
「はい。それに、完治への道も、諦める必要はありません。俺の知る限りの知識と、この世界の治癒魔法をうまく組み合わせれば、まだ試せる手段はあります」
「治癒魔法と、組み合わせる……?」
モルガンが、意外そうな声を上げた。異端の技だと切り捨てるつもりでいたのだろう。だが、レオンの口から出たのは、むしろ協調の言葉だった。
「治癒魔法は、急性の炎症を鎮めるのに優れています。俺の知識は、慢性的な管理と、原因への対処に向いています。どちらか一方ではなく、両方を使えば、殿下をもっと楽にして差し上げられるはずです」
沈黙が、部屋を満たした。エルフィーネは、じっとレオンを見つめていた。
「レオン様……あなたは、私を、諦めていないのですね」
「当然です。治せる可能性がある限り、諦める理由がありません」
その言葉に、エルフィーネの瞳から、一筋の涙がこぼれた。
「半年もの間、誰もが、私に気を遣うばかりで……本当のことを、はっきりと言ってくれる人がいませんでした。……ありがとうございます、レオン様」
「殿下……」
不意に見せられた涙に、レオンは、十五歳の少年らしい動揺を隠せなかった。三十年生きた精神は、患者の感情の機微に寄り添う術を知っているはずなのに、それでも、目の前で涙を流す同年代の少女を前にすると、どうにも落ち着かない気持ちになる。
(これは、まずいな……)
その動揺を、部屋の外の廊下で聞き耳を立てていたフィリアーヌが、鋭く察知していたことに、レオンはまだ気づいていなかった。
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