第九章 治療方針と、竜の嫉妬
よろしくお願いします
その日から、レオンは王城に滞在し、エルフィーネの治療にあたることになった。
食事療法の指導、体液管理のための薬草の調合、そして教会の治癒師たちと協力しての、治癒魔法との併用治療。レオンの提案する治療方針は、当初こそモルガンをはじめとする王宮医官たちから懐疑の目で見られていたが、日を追うごとにエルフィーネの症状が緩和されていくにつれ、次第にその評価は変わっていった。
「エルフィーネ様、今日は顔色が良いですね」
「ええ、レオン様のおかげで、久しぶりに頭がすっきりしています」
エルフィーネは、以前よりもずっと明るい表情を見せるようになっていた。寝台の上で書物を読めるようになり、時には庭を散歩できるまでに回復していた。
「レオン様、今日は少し、外の空気を吸いに行きたいのですが……付き添っていただけますか?」
「ええ、構いません」
二人並んで、王城の庭園を歩く。エルフィーネは、久しぶりに感じる外の空気に、深く息を吸い込んだ。
「こうして、自分の足で歩けるのが、こんなに嬉しいことだったなんて、忘れていました」
「無理はなさらないでください。まだ、完全に治ったわけではありませんから」
「分かっています。……でも、レオン様がいてくださるなら、大丈夫だという気がするんです」
その言葉に、レオンはまた、頬が熱くなるのを感じた。
(これは、患者として、俺を信頼してくれているだけだ。それ以上の意味は、ない)
そう自分に言い聞かせるレオンだったが、エルフィーネの視線に宿る感情が、単なる医師への信頼だけではないことを、彼自身の三十年の経験を持ってしても、完全には見抜けずにいた。それどころか、彼は「勘違いのしやすい性格」――しかも、いい方向に――という、この身体(あるいは魂)に刻まれた性質のせいで、ある種の鈍感さを発揮してしまっていた。
(きっと、闘病生活が長かった分、話し相手が欲しいだけなんだろう。俺は、医者として、その役目を果たしているだけだ)
そんなレオンの呑気な解釈をよそに、庭園の物陰から、その様子をじっと見つめる金色の瞳があった。
「……ふん」
フィリアーヌが、不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「フィリアーヌ様、どうかされましたか」
同じく物陰から様子を窺っていたリゼッタが、声をかけた。
「いや……。竜族には、あまり縁のない感情なのだがな。何やら、胸の奥がざわつく」
「それは……」
リゼッタは、何かを察したように、静かに微笑んだ。
「私も、似たような気持ちを、最近よく感じております」
「お前もか」
二人の視線が、庭園を歩くレオンとエルフィーネに向けられる。当の本人は、そんな視線にまるで気づかず、真剣な顔で王女の体調について語り続けていた。
「あの鈍感さは、いっそ才能のようなものだな」
「まったくです」
図らずも意気投合した二人は、それ以上何を言うでもなく、ただ静かにレオンの背中を見つめ続けるのだった。
*
治療が進むにつれて、レオンの技術に対する王宮内の評価は、劇的に変化していった。当初は懐疑的だったモルガンも、ある日、レオンにこう告げた。
「レオン殿。……正直、そなたを異端の輩と決めつけていたことを、詫びねばならぬ」
「モルガン殿」
「治癒魔法一辺倒であった我々の医療に、そなたのもたらした知識は、確かに新しい可能性を開いた。エルフィーネ殿下の回復ぶりを見れば、もはや疑いようもない」
深々と頭を下げるモルガンに、レオンは慌てて首を振った。
「頭を上げてください。俺は、ただ、自分にできることをしただけです」
「その謙虚さも含めて、大したものだ。……レオン殿、一つ、頼みがある」
「なんでしょうか」
「王都に、そなたの知識を学べる場を作ってはくれぬか。治癒魔法士たちにも、そなたの医術を学ばせたい。この国の医療を、根本から変える一助としたいのだ」
思いがけない申し出だった。辺境の小さな診療所から始まった活動が、まさか国全体の医療体制に影響を与えるほどのものになるとは、レオン自身、想像していなかった。
「それは……素晴らしい話だと思います。ですが、俺はまだ、辺境の診療所を育てている最中で……」
「無論、すぐにとは言わぬ。だが、いずれ、そなたの知識を広める場を、共に作っていきたい」
レオンは、しばらく考えた末、静かに頷いた。
「分かりました。いずれ、そういう場ができるなら、協力させてください」
その返答に、モルガンは満足げに微笑んだ。
よろしくお願いします




