第十章 王都を去る日に
よろしくお願いします
エルフィーネの容態が、当初の危機的な状況から、明らかな安定期に入った頃、レオンは辺境へ戻る準備を始めていた。
「レオン様、本当に、お戻りになるのですか」
エルフィーネが、寂しげな声で尋ねてきた。
「はい。俺の場所は、辺境の診療所です。あそこには、俺を待っている患者さんたちがいますから」
「……そうですよね。分かっています」
エルフィーネは、無理に笑顔を作りながら頷いた。だが、その瞳の奥に揺れる寂しさを、レオンも流石に感じ取らないわけにはいかなかった。
「殿下、これからも、定期的に様子を診に参ります。それに、今後の治療方針についても、モルガン殿としっかり引き継ぎをしていきますので、ご安心ください」
「……レオン様は、本当に、お優しい方ですね」
「医者として、当然のことです」
その返答に、エルフィーネは小さく笑った。今度は、無理をした笑顔ではなく、心からの笑みのように見えた。
「レオン様。……一つ、我儘を言ってもよろしいでしょうか」
「なんでしょう」
「私が完全に元気になった暁には、一度、あなたの診療所を、この目で見てみたいのです。あなたが、どんな場所で、どんな風に人々を救っているのか」
「もちろんです。いつでも、歓迎します」
その返答に、エルフィーネは満足そうに頷いた。
*
王都を出立する日、城門の前には、意外にも多くの見送りが集まっていた。国王からは、正式な礼状と、今後の支援を約束する書状が渡された。モルガンをはじめとする王宮医官たちも、深々と頭を下げて見送りに来ていた。
「レオン殿、此度のこと、真に感謝する。……それと」
モルガンが、少し声を潜めて言った。
「エルフィーネ殿下のこと、頼んだぞ」
「もちろんです。患者として、しっかり診させていただきます」
「……いや、そういう意味ではないのだがな」
モルガンは、何か言いたげな顔をしたが、結局それ以上は何も言わずに、苦笑して去っていった。レオンには、その真意がいまいち掴めなかった。
帰りの馬車の中、フィリアーヌが、どこか呆れたような、それでいてほっとしたような表情で呟いた。
「レオン、お前は本当に、大事なことに気づかぬ質だな」
「何のことだ」
「……いや、良い。そのままでいるといい」
リゼッタも、隣で静かに微笑んでいた。
「坊ちゃま、王都でも大活躍でしたね。これで、また新しい繋がりができました」
「ああ。診療所だけじゃなく、この国全体の医療を変えていけるかもしれない。ロベルトや、モルガン殿とも、これから協力していけそうだ」
窓の外を流れる景色を眺めながら、レオンは静かに息をついた。
三十年の医師人生と、十五歳の少年としての新しい人生。その二つが、少しずつ、確かな形で融合していくのを、レオンは感じていた。
辺境の診療所は、これからも、多くの命を救っていくだろう。そして、その名は、王都から、さらに遠く、この世界の隅々にまで、いずれ届いていくことになる。
だが、それはまだ、もう少し先の話――。
馬車は、夕暮れの街道を、辺境へ向けて進み続けていた。
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