第六章 病院を育てる為の冒険
よろしくお願いします
診療所の評判が広まるにつれ、レオンには新たな課題が突きつけられることになった。物資の不足だ。
「坊ちゃま、消毒用の酒も、包帯用の布も、そろそろ底を突きそうです」
リゼッタが、在庫を確認しながら、困り顔で報告してきた。診療に訪れる人が増えるほど、消耗品の需要も増していく。辺境伯からの援助にも限界がある以上、レオンは独自の資金源と物資調達の手段を確保する必要に迫られていた。
「ガイウス、相談があるんだが」
診療の合間を縫って、レオンは冒険者ギルドを訪ねた。
「おう、坊主。今度はどうした」
「病院の運営に、薬草や、消毒に使える素材が継続的に必要になる。それと、資金も。何か、いい方法はないか」
ガイウスは、顎髭を撫でながら少し考え込んだ。
「なら、坊主自身が冒険者登録して、討伐依頼や採取依頼をこなすってのはどうだ? 治癒に使えそうな薬草の採取依頼は、意外と多いんだぜ。それに、坊主の実力なら、初心者向けの依頼くらいは楽勝だろう」
「俺が、冒険者に?」
想定していなかった提案に、レオンは少し驚いた。だが、考えてみれば理に適っている。薬草の知識は前世からある程度持っているし、フィリアーヌという頼もしい仲間もいる。
「悪くない話だ。フィリアーヌ、力を貸してくれるか」
「無論だ。我と共にあれば、大抵の魔物には遅れを取らぬ」
こうして、レオンは正式に冒険者として登録し、フィリアーヌ、そして時にはガイウスやシエラのパーティーと共に、薬草採取や、軽度の魔物討伐の依頼をこなしていくことになった。
「レオン様、こっちに、傷薬に使える薬草の群生地がありますよ」
「これは……ヤナギ系の薬草か。解熱作用がある。助かる」
シエラの案内で森を歩きながら、レオンは前世の知識を活かして、有用な薬草を次々と見分けていった。中には、この世界の人間がまだ薬効に気づいていない植物も多く、レオンの知識は、単なる治療だけでなく、薬の開発という側面でも大きな価値を発揮し始めていた。
「レオン様って、本当に物知りですよね。まるで、何十年も薬草学を研究してきた学者様みたい」
「あ、ははは……。まあ、色々と、勉強してきたから」
十五歳の少年が持つには不自然すぎる知識量に、時折疑問を投げかけられることもあったが、レオンはその都度、曖昧に誤魔化すしかなかった。
森の奥で、時折、凶暴化した魔物と遭遇することもあった。だが、フィリアーヌが傍にいれば、大抵の脅威はものともせずに退けることができた。
「レオン、伏せろ」
「うわっ!?」
低木の陰から飛び出してきた大型の猪型魔物を、フィリアーヌが一撃で薙ぎ払う。その圧倒的な力に、シエラたちは毎回目を丸くしていた。
「フィリアーヌ様がいれば、正直、私たちの出番なんてないんじゃ……」
「いや、そんなことはない。索敵や、細かい判断は、経験のあるあんたたちの方が上手い」
そんな軽口を交わしながらも、パーティーとしての連携は、少しずつ形になっていった。採取した薬草は、リゼッタが丁寧に乾燥・保存処理を施し、診療所の在庫として蓄えられていく。
依頼をこなすたびに得られる報酬も、少しずつではあるが、診療所の運営資金として積み上げられていった。
「レオン様、この調子なら、来月には、もっと本格的な設備も整えられそうですね」
リゼッタが、帳簿をつけながら、珍しく明るい声で言った。
「ああ。いずれは、この診療所を、もっと大きな『病院』に育てたい。もっと多くの人を、もっと確実に救えるように」
その言葉に、リゼッタは静かに微笑んだ。
「坊ちゃまなら、きっと成し遂げられます」
窓の外には、夕暮れ時の穏やかな光が差し込んでいた。フィリアーヌが、疲れた様子でソファに寝転がりながらも、どこか満足げな表情を浮かべている。シエラが、次の依頼について何やらガイウスと相談する声が、廊下から聞こえてくる。
賑やかで、忙しなくて、それでいて、どこか温かい日々。
前世では味わえなかった、そんな時間の中で、レオン――三条寺蓮の新しい人生は、着実に前へと進んでいた。
だが、この穏やかな日々が、いつまでも続くわけではないことを、この時のレオンは、まだ知らなかった。
辺境の地に、静かに、しかし確実に、新たな影が近づきつつあることを。
よろしくお願いします




