第四章 脚を継いだ男と、広がるウワサ
よろしくお願いします
湯が沸き、布が並べられ、蒸留酒で消毒された小刀がテーブルに用意された頃には、ギルドの奥の部屋は、まるで戦場のような緊張感に包まれていた。
「坊主、本当にできるのか……。この傷、俺だってこれまで散々見てきたが、大抵は膝から下を落とすしかねぇ代物だぞ」
ガイウスが、横たわる若い冒険者――名をダレンというらしい――の脚を覗き込みながら、疑わしげに言った。ダレンは高熱と痛みで、うわ言のように何かを呟いている。
「切らずに済む可能性がある。だが、時間との勝負だ。手を貸してくれ」
「……分かった。何をすればいい」
レオンは、まず《解剖眼》で壊死の範囲を再確認した。感染は皮下組織から筋膜にまで及んでいるが、骨にはまだ達していない。今のうちに、感染した組織を確実に取り除き、健全な組織を露出させて排膿すれば、脚全体を失う事態は避けられるはずだった。
「ガイウス、彼を押さえていてくれ。動くと、余計な場所を傷つけてしまう」
「お、おう」
「リゼッタ、酒で消毒した布を、次々俺に渡してくれ」
「はい……!」
一つ一つの指示に、リゼッタとガイウスが即座に応じる。レオンは、小刀を握る手に集中を込めた。
(麻酔がない以上、痛みは避けられない。せめて、手早く終わらせる)
前世であれば、麻酔科医が全身麻酔をかけ、モニターで生体情報を管理しながら行う手術だ。だが、この世界にそんな設備はない。あるのは、自分の手と、目と、そして――《解剖眼》という異能だけだった。
ダレンが痛みに叫び声を上げる中、レオンは壊死した組織を的確に切除していった。感染源となっている膿を排出させ、傷口を丹念に洗浄する。出血する箇所は素早く圧迫し、必要な部分は結紮する。
「フィリアーヌ、彼の意識を保たせてくれるか。痛みで気を失われると、状態の変化が分かりにくくなる」
「承知した」
竜であるフィリアーヌは、人にはない何らかの力があるのか、ダレンの手を握り、静かに声をかけ続けた。不思議なことに、フィリアーヌの声に耳を傾けているうちに、ダレンの叫び声は次第に落ち着いていった。
「……終わった」
処置を終えたのは、開始から二時間近くが経った頃だった。レオンの額には玉のような汗が浮かび、腕は限界まで疲労していたが、《解剖眼》で確認する限り、感染源はほぼ取り除けている。あとは、この身体の治癒力と、適切な経過観察に委ねるしかない。
「ガイウス、傷口を清潔に保つこと。毎日、酒で薄めた水で洗浄して、乾いた布で覆うこと。それから、可能な限り水分と栄養を取らせてやってくれ」
「ああ……分かった」
ガイウスは、放心したような顔で、丁寧に処置された脚を見つめていた。
「坊主、あんた……本当に、何者なんだ」
「ただの医者だ。それだけだよ」
その言葉に、ガイウスは大きく息を吐き出すと、レオンの肩を、痛いほど強く叩いた。
「見事だ。この歳になって、こんなもんを見せられるとはな」
*
ダレンの容態は、それから数日で目に見えて改善していった。熱は下がり、傷口からの膿も止まり、何より脚を失わずに済んだという事実が、彼自身とその仲間たちを大いに喜ばせた。
「レオン様、本当に、なんとお礼を言えばいいか……!」
ダレンの仲間だという女性の弓使いが、涙ながらにレオンの手を握りしめてきた。整った顔立ちの、活発そうな女性だった。
「あ、いや、その、当然のことをしただけで……」
急に距離を詰められて、レオンは思わず動揺した。十五歳の身体は、こういう場面にてんで免疫がない。頬が赤くなるのが、自分でも分かる。
「ふふ、レオン様って、噂に聞いていたよりずっとお可愛らしい方なんですね」
「か、可愛らしい、って……」
女性がくすくすと笑いながら、さらに一歩近づく。傍で見ていたリゼッタが、なぜか無言でその様子を見つめていた。表情の変化に乏しい彼女だが、その視線には、レオン自身にも判別しかねる何かが宿っているような気がした。
(気のせい、だよな……?)
そんなレオンの動揺をよそに、ガイウスが豪快に笑い声を上げた。
「おいおい、坊主をあんまりいじめてやるなよ。この人は、これから俺たちの命綱になってくれるお方だ」
「命綱、ですか」
「ああ。ギルドでも話し合ったんだが……レオン様、正式に、うちのギルドと契約を結んでもらえないか。怪我をした冒険者を優先的に診てもらう代わりに、こちらからも、必要な物資――薬草や、素材の類は融通する」
願ってもない話だった。病院を運営していくには、資金と物資の両方が必要になる。冒険者ギルドとの繋がりは、その両方を補う大きな助けになるはずだ。
「ありがたい話だ。こちらこそ、よろしく頼む」
こうして、レオンの「病院」は、正式に冒険者ギルドの後ろ盾を得ることになった。噂は瞬く間に広がり、街の人々の間で、「ヴァンディア家の三男が、竜を従え、教会の治癒魔法でも治せない怪我や病を治す不思議な力を持っている」という話は、あっという間に辺境伯領全体に知れ渡ることになった。
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