表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
潮球部ですが、今日は海に入りません  作者: カミツキ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/5

第4話 尾道に行こう

最後の答案用紙が、教室の前へ集められていった。


 窓の外は明るいのに、時計はまだ昼を過ぎていない。

 期末試験中は、午前で学校が終わる。


 監督の先生が教室を出た途端、椅子の音が重なった。


「終わった!」


 ゆいが机へ突っ伏した。


「最後の問題、三じゃったよね」


 花が鞄へ筆箱を入れる手を止めた。


「言わんで」


「何番にしたん?」


「言わん」


「一?」


「言わんって!」


「うちも最初一にしたんじゃけど、見直したら三で」


 花が教科書を鞄へ押し込む。


「終わった試験の話する人、ほんま嫌い」


「さっきまで好きじゃった?」


「普通」


 ひなたが机の横に掛けていた鞄を持ち上げた。


尾道おのみち


 花と結の顔が向く。


 陽はスマホを出した。

 画面には、丸いモナカが映っていた。


「モナカ」


「今から?」


 結が体を起こす。


 陽が頷いた。


「皮、注文してから」


 画面を横へ送る。


 割れた皮の間に、あんこが挟まっている。


「おいしそう」


 結が陽の机へ寄った。


「尾道まで行くん?」


「電車ですぐじゃろ」


 花も画面を覗く。


 陽が別の写真を出した。


「二種類」


「何が?」


「あんこ」


「行こうや」


 結はもう鞄を肩へ掛けていた。


「花も行くじゃろ」


「決まっとるん?」


「試験終わったんよ。午後余っとるじゃん」


「明日も試験あるよ」


「明日の分は、昨日やった」


「今日やれや」


 結は教室の扉まで進んだ。


「モナカ食べながら覚えた方が入るよ」


「何が」


「全部」


「適当すぎるじゃろ」


 陽が花の横を通り過ぎる。


「行く」


 花は膨らんだ鞄を持ち上げた。


「教科書、学校置いて帰ればよかった」


「家で勉強せんの?」


「するけん持っとるんじゃろ」


 三人は、まだ答案の話が続いている教室を出た。



三原みはら駅へ向かう道で、結が急に止まった。


「待って」


 花が二歩先で振り返る。


「何」


「最後の問題、三じゃないかも」


「言わんで!」


「途中の式、符号逆にした気がする」


「知らんよ!」


「じゃあ一?」


「うちに聞くな!」


 陽は二人の横を通り過ぎた。


「モナカ、逃げる」


「店は逃げんじゃろ」


 花が追いつく。


 陽のスマホには、まだ店の画面が開かれていた。


「限定?」


「売り切れる」


「何個?」


「分からん」


「それは急がんと」


 結も走り出した。


「花、電車何分?」


「知らん」


「地元民じゃろ」


「三原に住んどったら、尾道行きの時間全部覚えとると思っとるん?」


「花なら覚えとりそうじゃん」


「なんで」


「町内会の予定は全部知っとるし」


「電車は町内会じゃない」


 三人の足音が、駅前の信号で止まった。

 道路の向こうに三原駅がある。

 駅舎の上を、冬の光が滑っていた。


 結はスマホを改札へかざした。


 陽も鞄から交通系カードを出す。


 花だけが、切符売り場の前で止まった。


「花、持ってないん?」


「あると思う?」


「知らんよ」


「持っとらんけん、ここにおるんじゃろ」


 券売機の上に、路線図と運賃が並んでいる。


 花が尾道を探す。


「どこ」


「右じゃない?」


「それ新尾道」


「尾道と違うん?」


「違うじゃろ」


「何が違うん?」


「知らんけど違う」


 陽の指が、路線図の一か所へ伸びた。


「ここ」


「ちっさ」


 花が画面を押す。


 別の表示へ切り替わる。


「あれ」


「何押したん?」


「分からん」


「分からんところ押さんでや」


「戻す場所が分からんのんよ」


 結が横から指を入れる。


「これじゃない?」


 画面が最初に戻った。


 花が財布を開く。


 硬貨が一枚、指の間から落ちた。


 床を転がる。


「逃げた!」


 結が追う。


 硬貨はベンチの下へ入った。


 陽がしゃがみ込む。


 その頭上で、構内放送が流れた。

 尾道方面へ向かう列車が、まもなく発車する。


 花が券売機を見る。


 結がベンチの下へ腕を伸ばす。


 陽が硬貨を拾った。


 花はようやく切符を買った。


「できた」


「何分かかったん」


「分からん」


 三人で改札へ向かう。


 改札口の上に、電光掲示板があった。


 結が立ち止まる。


「次、三十分後になっとる」


 花も表示を見上げた。


 尾道へ向かう列車の時刻は、もうなかった。


「行ったん?」


「たぶん」


「何も聞こえんかったじゃん」


「ホーム遠いけんね」


 花が切符を見た。


「うちのせいじゃないよ」


「まだ誰も言っとらんじゃん」


「顔が言っとる」


 三人は改札へ入らず、切符売り場前のベンチへ戻った。


 陽はスマホでモナカの写真を見ていた。


 結はベンチ横の観光パンフレットを一枚取った。


 表紙に、三原城跡と書かれている。


「三原って、独立できそうじゃない?」


 花が結の手元を覗く。


「何を見てそうなったん」


「城あるじゃん」


「跡じゃけど」


「城があったなら国になれるじゃろ」


「その理屈なら、いっぱい国できるよ」


「三原独立国」


 結がパンフレットを開く。


「国境どこにする?」


「独立することは決まったん?」


「今決まった」


「誰が決めたん」


「うち」


「独裁じゃん」


 陽がスマホから顔を上げた。


「王」


「そう。王様がいるね」


 結が花へ向き直る。


「誰がええと思う?」


「澪さんじゃろ」


「高圧的じゃけ、すぐ衰退しそう」


 花が結を見る。


「澪さんに聞かれたら怒られるよ」


「王になった澪さん、国民全員に朝六時集合かけそうじゃん」


「集合せんかったら?」


「反省会」


 陽がスマホを閉じた。


「税、高い」


「何に使うん?」


「設備」


 結が頷く。


「国民の税金で、潮球ちょうきゅうの練習区画広げそう」


「ええことじゃん」


「国民全員、潮球部じゃないよ」


「三原独立国なら潮球するじゃろ」


「国技なん?」


「国技にしたらええ」


「泳げん人どうするん」


 花の顔が結へ向く。


「水面担当」


「全員うちと同じ役割にせんでや」


「国民の半分、水面担当」


「多すぎるじゃろ」


「声、めっちゃ届きそう」


「海の上、うるさすぎるよ」


 陽がもう一度スマホを開いた。


「モナカ」


「今、王様決めよるんよ」


 結が画面を覗く。


「それ、皮ぱりぱりなん?」


 陽が頷く。


「あんこ、後から」


「絶対おいしいじゃん」


 花も顔を寄せる。


「王様の話どこいったん」


「花が王でよくない?」


 結が画面から顔を上げた。


「うち?」


「顔はええけん、最初は人気出そう」


「最初はって何」


「財政やばくなっても、『今は耐え時じゃ』って言いそう」


 花の眉が寄る。


「耐えたらどうにかなるじゃろ」


「国がなくなるんよ」


「なくなる前に祭り増やす」


「金使っとるじゃん」


「人来たら増えるじゃろ」


「何が?」


「金」


「ざっくりしすぎじゃろ」


 陽の指が、スマホの画面を送る。


「長期政権」


 花が陽へ顔を向ける。


「褒められとる?」


「辞めない」


「倒れるまで耐えそうってことじゃん」


「根性ある王様でええじゃろ」


「国民にも根性求めるじゃろ」


「税金払えん人に『あと一回いける』とか言いそう」


「何の一回なん」


「分からん」


 花が腕を組む。


「じゃあ結が王なら?」


「国民全員、楽しいよ」


「昨日と言うこと変わりそう」


「柔軟な政治って言って」


「国歌も毎日変わるん?」


「国民投票で決める」


 陽がパンフレットの端を押さえた。


「決まらん」


「なんで」


「候補、多い」


「いっぱい作ればええじゃん。月曜の国歌、火曜の国歌」


「朝礼長くなるよ」


「国会は?」


 花が聞く。


「みんなで話し合う」


「結がずっと喋るじゃろ」


「意見を出しよるんよ」


「何も決まらんまま夕方になる」


「でも楽しいじゃん」


「国は動かんよ」


 結が陽を見る。


「陽が王なら?」


 陽はモナカの写真を見ていた。


「王様、国民に何も言わんじゃろ」


 花が陽の横顔を見る。


「毎朝の放送、一言で終わりそう」


「今日は?」


 結がスマホをマイクのように向ける。


 陽は画面から顔を上げた。


「モナカ」


「国民全員、尾道行くじゃん」


「三原独立国なのに?」


 花の声が強くなる。


「尾道は外国になるね」


 結がパンフレットを膝へ置く。


「国境越えてモナカ買いに行くん?」


「電車で一駅じゃろ」


「関税かかるよ」


「いくら?」


「百円」


「高っ」


 花が財布を押さえる。


「じゃあ今日行っとかんと」


 陽が壁の時計へ顔を向けた。


「まだ」


「時間ある?」


 陽が頷いた。


 結も時計を見る。


「余裕じゃん」


 誰も、そのあと時計を見なかった。


「国なら、国歌いるじゃん」


 結が両手を上げた。


「さっきから国に必要なもん増やしすぎじゃろ」


「国歌はいるじゃろ」


「作れるん?」


「三三七拍子っぽくいく」


 結が膝を叩く。


「マ・ダ・コ! マ・ダ・コ! マ・ダ・コ・の・さ・し・み!」


 花が吹き出した。


「どこが国歌なん!」


「三原っぽいじゃろ」


「献立じゃん」


「一番までできた」


 陽の目が結へ向く。


「メバルも」


 結の手が、すぐに膝を叩く。


「メ・バ・ル! メ・バ・ル! メ・バ・ル・の・に・つ・け!」


 花がベンチの背へ体を預けた。


「海鮮ばっかりじゃん!」


「二番じゃけ、変化つけた」


「刺身から煮付けになっただけじゃろ」


「三番どうする?」


 陽が考える。


「タチウオ」


「調理法は?」


「塩焼き」


 結が手を叩き始める。


「待って。長い」


「タ・チ・ウ・オ! タ・チ・ウ・オ!」


「もう三三七拍子でも何でもないじゃん」


「最初から違うよ」


「花、気づいとったん?」


「マダコの時点で分かるじゃろ」


 結は膝を叩くのをやめた。


「じゃあ王様は誰にする?」


 花が結を見る。


「まだ決まってなかったん?」


「澪さんは衰退するし、花は財政やばいし、うちは国会長いし」


 三人の顔が陽へ向く。


 陽はタチウオの塩焼きを検索していた。


「陽でええんじゃない?」


 花が言う。


「何考えとるか分からん国になるよ」


「今と変わらんじゃろ」


「今、国じゃないよ」


 陽が画面を見せた。


「海鮮丼」


「モナカ調べよったんじゃないん?」


「近く」


 モナカの店の周辺に、海鮮丼の写真が並んでいる。

 結が画面を横から見る。


「三原って港あるのに、海鮮丼あんまり聞かんね」


「尾道行けば食べれるじゃろ」


 花は興味のない声で返した。


「なんか負けた感じせん?」


「せんよ」


「独立国なのに、外国まで昼ご飯食べに行くん?」


 花の顔が結へ向く。


「負けとらんじゃろ。三原にはタコがおる」


「尾道にもおるよ」


「祭りも年四回ある」


「急に祭りの数で勝負し始めた」


「尾道は何回なん」


「知らん」


「じゃあ三原の勝ち」


「数分からんのに?」


「四回は多いじゃろ」


「祭り多いと国が強いん?」


「人が来る」


「また財政の話?」


「祭り増やしたら金増えるって言いよったじゃん」


「増えるよ」


「使う金も増えるよ」


「そこは耐え時じ」


「やっぱり花を王にしたらだめじゃん」


 花がパンフレットを取り上げた。


「三原には城跡もある」


「福山は城あるよ」


「三原は駅からすぐじゃけ」


「駅の中にあるようなもんじゃろ」


「便利さで勝っとる」


「城としては負けとるよ」


「跡地は好きに使えるじゃん」


「何に?」


 結がパンフレットを開き直す。


「潮球部の部室」


「屋根ないじゃろ」


「本丸を部室にする」


「外じゃん」


「櫓を更衣室」


「櫓もないよ」


「建てる」


「財政やばくなるじゃろ」


「花王の祭りの利益で建てる」


「うちの国なん?」


 陽がパンフレットの写真を指す。


「石垣」


「石垣は残っとるね」


「階段ダッシュ」


 花が写真を見る。


「それは使える」


「王様、急に練習始めたじゃん」


「堀でも泳げるね」


「水汚いじゃろ」


「きれいにする」


「また税金?」


「国民全員で掃除」


「国民、潮球部のために働かされすぎじゃない?」


「国技じゃけ」


「いつ決まったん」


「さっき」


「ここにゴールゾーン置いて」


「観光客ぶつかるよ」


「浮標で分ける」


「駅前で何しよるんってなるじゃろ」


「試合の日は、新幹線止める」


「国終わるよ」


 陽がスマホへ目を落とした。


 指が止まる。


「あと三分」


 花が壁の時計を見た。


「何が?」


「電車」


 三人が立ち上がった。


「花、切符!」


「持っとる!」


 改札まで走る。


 頭上の電光掲示板に、尾道方面の時刻が出ていた。


「三、四番!」


 結と陽がカードをかざす。

 花が切符を通す。


 改札の先から、のりばへ上がる階段が続いていた。


「遠っ!」


「走って!」


 三人の靴音が、階段に重なる。


 花が先に出る。

 結が手すりを掴む。

 陽がその後ろを上がる。


 最後の踊り場を曲がったところで、ホームが見えた。


 列車が動き始めていた。


「待って!」


 結の声が、階段の上へ抜ける。


 三人がホームへ出たときには、最後尾が遠ざかっていた。


 花は膝へ手を置いた。


「今のは、うちのせいじゃないよ」


「今回は三人のせいじゃろ」


「三原独立させよった全員のせい」


 陽が列車の消えた方を見る。


「国、滅びた」


「階段で滅びたじゃん」


「早すぎるじゃろ」


 花は切符を持ったまま、元のベンチへ戻った。


「次は?」


 花が聞く。


 結がスマホを開く。


「また三十分くらい」


「行く時間より待っとる時間の方が長いじゃん」


 陽はモナカの店の画面を見ている。


 指が止まった。


「閉まる」


「何時?」


 陽が画面を見せた。


 結が現在時刻と見比べる。


「次の乗っても、着いた頃には終わっとるね」


 花が手の中の切符を見る。


「尾道行って、閉まった店見るん?」


「海鮮丼は食べれるよ」


「モナカ食べに来たんじゃろ」


「まだ三原じゃけどね」


 陽は画面を閉じた。


 花が立ち上がる。


「切符、どうするん」


「駅員さんに聞いたら?」


「電車二回逃したって言うん?」


「言わんでええよ。たぶん」


 花は切符を持って、改札横の窓口へ向かった。


 結と陽はベンチで待つ。


 しばらくして、花が戻ってきた。


 財布を鞄へ入れる。


「どうじゃった?」


「帰るよ」


「切符は?」


「帰る」


「駅員さん、何て?」


「聞かんで」


 花は駅の出口へ歩き出した。


 結が笑いながら追う。


 陽もスマホを鞄へしまった。


 駅を出ると、午後の光が駅前まで伸びていた。


 尾道へ行くはずだった三人は、学校から来た道へ戻った。


「国歌、三番どうする?」


 結が歩道へ出る。


「まだ続けるん?」


「途中じゃん」


「タチウオで決まったじゃろ」


「長くて歌いにくい」


 陽が二人の間を歩く。


「牡蠣」


 花が首を横に振った。


「三原だけじゃない」


「じゃあ、やっぱりタコ」


 結が手を叩く。


「マ・ダ・コ! マ・ダ・コ!」


 花がその手を押さえた。


「駅前でやらんで!」


 陽の足が止まる。


 二人が振り返った。


「モナカも」


「食べてないじゃん」


 三人の影が、駅前の歩道に並んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ