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潮球部ですが、今日は海に入りません  作者: カミツキ


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第3話 行方不明

棚から、「行方不明」が落ちた。


 白い紙が、花の足元で一度ひっくり返る。


 冬休みが明けたばかりの部室には、西条付属さいじょうふぞく高校との合宿から持ち帰った荷物が残っていた。


 洗ったはずなのに湿った匂いのするタオル。

 使わなかった予備のゴーグル。

 空になったペットボトル。

 合宿の日程表が、青いファイルから半分はみ出している。


 宮本澪みやもと みお石塚凪いしづか なぎは、合宿の記録を三谷へ出しに行っていた。


 残った潮田花うしおだ はな村上結むらかみ ゆい木梨陽きなし ひなたの三人で、部室の片付けを終わらせる。


 花は棚から三つの資料をまとめて引き抜いていた。


 青い合宿ファイル。

 地区予選の記録ノート。

 端の曲がった備品表。


 その間から、紙が落ちた。


 中央に折り目が一本ある。

 表には、太い文字が四つ並んでいた。


 行方不明。


 日付はない。

 名前もない。

 何がなくなったのかも書かれていない。


「何これ」


 結が花の肩越しから覗き込んだ。


「知らん」


「誰が行方不明なん?」


「知らんよ」


「どこから落ちたん?」


 花は床に置いた三つの資料を見た。


「どれか」


「そこ大事じゃん」


「一緒に引っ張ったけん、分からん」


 花は紙の端をつまんだ。

 口の開いたごみ袋へ向ける。


「捨ててええ?」


「だめじゃろ!」


 結が紙を奪った。


「行方不明って書いてあるんよ」


「じゃけ、何が?」


「それを調べるんじゃん」


「書いた人に確認すりゃええじゃろ」


「誰が書いたか分からんじゃん」


「じゃあ無理じゃん」


「諦めるの早すぎん?」


 陽は段ボール箱の底に残った輪ゴムを拾っていた。

 紙へ顔を向ける。

 そのまま棚の下へ手を伸ばした。


 片方だけの靴下が出てきた。


 花の指が、その靴下へ向く。


「これじゃない?」


「早いね」


「行方不明じゃったんじゃろ」


 結が靴下の口を摘まむ。


 紺色。

 白い線が一本。

 名前はない。


「誰の?」


 陽が花の足元を指した。


 花は自分の靴下を見る。


 紺色。

 白い線が一本。


「うちのじゃ」


「解決したね」


「じゃろ」


「紙は?」


 花は靴下を自分の鞄の上へ置いた。


「そっちは知らん」


「何も解決してないじゃん」


 結は紙を机の端へ置いた。

 文字が上を向いている。


 行方不明。


 花は棚の奥へ腕を入れた。


「次いくよ」


「謎を置いたまま片付け進めるん?」


「片付けせんかったら先生に怒られるじゃろ」


 結は段ボール箱の前へ座った。

 名前の消えかけたタオルを引き上げる。


 花が広げた。


「これじゃない?」


「また?」


「持ち主が行方不明」


「タオルは残っとるじゃろ」


「持ち主がおらん」


 陽がタオルの角を摘まんだ。

 薄い茶色の染みが残っている。


「結」


「うち?」


「アイス」


「合宿でアイス食べとらんよ」


 結はタオルを受け取った。

 鼻へ近づける手が途中で止まる。


「洗う」


「それがええ」


 花が次の箱を開けた。


 水筒のふた。

 細いヘアゴム。

 使いかけのテーピング。

 フェリーの半券。

 割り箸が一本。


「なんで割り箸持って帰っとるん」


「食堂でもらったやつじゃない?」


「使わんかったんなら捨てりゃええじゃろ」


「まだ使えるよ」


「いつ使うん」


「箸がないとき」


「そんなときないじゃろ」


 花がごみ袋へ入れる。


 結が取り返した。


「非常用」


「何の非常時なん」


「ラーメン買ったのに箸がないとき」


「来々軒には箸あるじゃろ」


「来々軒とは限らんじゃん」


「どこでラーメン買うん」


「そこから考える」


「先に使い道決めんさい」


 陽が机に並んだ物から、水筒のふたを取った。

 三本の水筒を順番に確かめる。

 最後の一本だけ、口が開いていた。

 ふたを閉める。


「これ」


「見つかったね」


 結が水筒を持ち上げた。


「でも、紙に書くほどじゃないよね」


「持ち主がよっぽど困っとったんかもしれんじゃろ」


「自分の水筒なら名前書くじゃろ」


「じゃあ誰の?」


 三人の顔が、水筒へ向いた。


 名前はない。


 花がごみ袋を広げる。


「これは捨てる?」


「だめじゃろ」


「持ち主、困るよ」


「その人、もう半年以上困っとるじゃろ」


 陽が水筒を棚の端へ置いた。

 保留の列が一つ増えた。


 結は机の紙を顔の近くへ持ってきた。


「花の字じゃないね」


「うち、もっと上手いよ」


「大きいだけじゃろ」


「書いてみる?」


 花がマーカーを取った。


 紙の端に、自分の名前を書く。


 潮田花うしおだ はな


 最後の一文字が、紙の端へ寄った。


「ほら」


「大きすぎん?」


「分かりやすいじゃろ」


 結もマーカーを受け取った。


 その下へ、村上結と書く。


 文字の角が丸い。

 最後の線だけ、内側へ曲がった。


「うちでもない」


「知っとる」


 花の顔が陽へ向く。


「陽も」


 陽はマーカーを取った。

 紙の隅へ、小さく木梨陽と書く。


 結が顔を近づけた。


「小さっ」


 陽はマーカーを置いた。


 中央の「行方不明」と、三人の名前。


 線の太さも、字の形も違っていた。


「澪じゃないね」


 花が合宿の記録ノートを開く。


 澪の字は、小さく揃っている。


 日付。

 練習内容。

 食事の時間。

 翌日の集合。


 どの行も、同じ幅に収まっていた。


 結が地区予選のノートを開く。


 凪が書き足した潮況の記録がある。

 最初はまっすぐだった字が、ページの下へ行くにつれて右へ傾いていた。


「凪でもない」


「三谷先生じゃない?」


「先生、もっと字汚いじゃろ」


「見たことあるん?」


「大会の申請書。澪が読めんって出し直させとった」


「じゃあ違うか」


 花は紙を机へ戻した。


「人じゃないん?」


 結が顔を上げる。


「何が」


「行方不明」


「誰が?」


 花は三人の名前が書かれた紙を指した。


「部員」


「うちはおるよ」


「見たら分かる」


「陽もおる」


 陽は水筒を棚の端へ揃えていた。


「おる」


「凪も澪も、先生のとこじゃろ」


「じゃあ全員おるじゃん」


「未来の部員」


 花の指が止まった。


「未来?」


「まだ来てない新入生が行方不明なんじゃない?」


「入学前じゃん」


「どこにおるか分からんけん」


「三原のどっかにはおるじゃろ」


「三原とも限らんよ」


「潮球するために県外から来るん?」


「おるかもしれんじゃん」


 陽が段ボールの横に落ちていた冊子を拾った。


 表紙には、校舎の写真。


【三原中央高校 学校案内】


 結が受け取った。


「新入生、これ見るんじゃない?」


「潮球部、載っとる?」


 花が冊子を開く。


 教育方針。

 年間行事。

 進路実績。

 制服。

 部活動。


 運動部。

 文化部。

 同好会。


 最後までめくる。


 潮球部はなかった。


 花の指が、部活動一覧の一番下で止まった。


「ない」


 結が冊子を引き寄せる。


「ほんまに?」


 もう一度、最初からめくる。


 野球部。

 陸上部。

 水泳部。

 バスケットボール部。

 卓球部。


 潮球部はない。


「うちらが行方不明じゃん」


 花は紙の隣へ学校案内を置いた。


 行方不明。


 部活動一覧。


 空いたままの欄。


「これ去年のじゃない?」


 結が裏表紙を確認する。


「今年度版」


「部できたあとじゃん」


「載せ忘れ?」


「忘れられたんじゃろ」


 陽が学校案内を覗き込む。


「場所もない」


「部室あるじゃん」


「案内の中」


 結は部活動一覧を指でなぞった。


「これ見た人、潮球部があるって分からんよ」


「じゃけ新入生来んのじゃない?」


「まだ来年になってないじゃん」


「載っとらんままなら来んじゃろ」


 花が冊子を閉じた。


「載せさせる」


「何を?」


「潮球部」


「誰に?」


「先生」


「三谷先生、学校案内作っとるん?」


「知らん」


「またそこからじゃん」


 陽が付箋を一枚取った。


 黒いペンで書く。


【来年度 潮球部を載せる】


 学校案内の表紙へ貼った。


 花が頷く。


「それ、取っとこ」


 学校案内が、保留の棚へ移った。


 結は「行方不明」の紙へ顔を戻した。


「じゃあ、これも潮球部のこと?」


「誰が書いたん」


「載ってないのに気づいた人」


「誰」


「分からん」


「また行方不明じゃん」


 陽は紙を持ち上げた。


 中央の折り目へ指を当てる。

 折り目の端に、薄い青が残っていた。


「青い」


 花が椅子を寄せる。


「インク?」


 陽は床に置いた三つの資料を見た。


 備品表へ紙を重ねる。

 紙の方が大きい。


 地区予選のノートへ載せる。

 角がはみ出す。


 最後に、青い合宿ファイルを開いた。

 紙を折り目に沿って閉じ、最後のポケットへ差し込む。


 角が収まった。


 ファイルの内側には、青い擦れ跡が残っている。

 紙の折り目と位置が重なった。


「合宿ファイル?」


 結が透明なポケットを押さえる。


「ここに挟まっとったんかな」


 花はファイルの最後を開いた。


 日程表。

 持ち物一覧。

 施設の案内図。

 食事の時間。

 緊急連絡先。


 紙があった場所は空いている。


「誰が入れたん」


「分からん」


「先生に見せる?」


「見せよう」


「花が行ったら、潮球部が学校案内から消えとる話まで始めるじゃろ」


「大事じゃん」


「紙だけ先に確認する」


 結が紙を持ち上げた。


「うちが行く」


「学校案内も持ってって」


「話長くなるけん、あと」


「大事なのに」


「戻ってから」



結は紙を持って部室を出た。


 職員室前の廊下は、部室より暖かかった。

 天井から落ちる暖房の風で、紙の端が揺れる。


 三谷は職員室から出てきたところだった。


 片手にファイル。

 もう片方に、缶コーヒーを持っている。


「先生」


 三谷の足が止まった。


「なんだ」


「これ、先生が書いたん?」


 結が紙を差し出した。


 三谷は窓枠へ缶コーヒーを置いた。

 紙を受け取る。


 表の文字へ目を落とす。


 行方不明。


 紙を裏返す。

 中央の折り目で、親指が止まった。


 三谷は窓枠の缶を取り、一口飲んだ。


「さあ」


「先生の字じゃないん?」


 三谷は紙へ目を戻した。


「片付けは終わったのか」


「まだ」


「なら戻れ」


 紙が返ってきた。


 裏側が上を向いている。


 黒い英字が、一列に並んでいた。


 NOWHERE。


 結は紙を受け取った。


 三谷は缶コーヒーを持ち、職員室へ戻った。

 扉が閉まった。


 結は英字を見た。


「増えた」


 部室へ戻った結は、紙を机へ置いた。


 花が棚の前から顔を上げる。


「何が?」


「謎」


 紙の裏側を向ける。


 NOWHERE。


 花が椅子を寄せた。


「ノウ……ウェレ?」


「ノーウェア」


「意味は?」


 結がスマホを出した。

 検索欄へ文字を入れる。


「どこにもない。どこにもいない」


 花が紙を表へ返す。


 行方不明。


 もう一度、裏。


 NOWHERE。


「同じこと二回書いとるだけじゃん」


「そうみたい」


「なんで日本語と英語で書くん」


「分からん」


「先生は?」


「さあ、だけ」


「絶対なんか知っとるじゃん」


「紙見ただけかもしれんよ」


 陽が机へ近づいた。


 紙の裏を指でなぞる。


 中央の折り目。

 英字の間を横切っている。


 花は学校案内を持ってきた。


 部活動一覧を開く。

 紙の横へ置く。


「どこにもない」


「潮球部?」


「うん」


 花の指が、部活動一覧の空いた場所を叩いた。


「NOWHEREじゃん」


「学校の中にはあるよ」


 結が部室を見回す。


 棚。

 机。

 ロッカー。

 窓際に積まれたフロート。


「ここにおるし」


 陽はホワイトボードの前へ移動した。


 黒いマーカーを取る。


 NOWHERE。


 紙と同じ文字が、白い面に並ぶ。


 花がごみ袋の口を縛りながら振り返った。


「書き写しただけじゃん」


 陽は文字の途中へ指を入れた。


 NとOの間。


 首を横に振る。


 OとW。


 指が進む。


 WとHの間で止まった。


 紙の折り目も、同じ場所を通っている。


 陽はホワイトボードの文字を消した。


 もう一度、左端から書く。


 NOW。


 マーカーを離す。


 間を空けて、残りを書く。


 HERE。


 NOW HERE。


 結の椅子が床を鳴らした。


「ナウ、ヒア」


 花がごみ袋を持ったまま振り返る。


「今、ここ、じゃろ」


 陽が頷いた。


 廊下で、台車の車輪が鳴った。

 窓際のフロートが一度揺れた。


 結は紙を取った。


 折り目の青い線が、WとHの間を通っている。


 花は学校案内を開いた。


 部活動一覧には、潮球部がない。

 ホワイトボードには、NOW HERE。


「載ってなくても、ここにはおるね」


 結が学校案内を指した。


「来年は、こっちにもおる」


 花が表紙の付箋を押さえた。


【来年度 潮球部を載せる】


「絶対載せさせる」


 陽はマーカーにキャップを戻した。


 結は紙を裏返した。


 行方不明。


 もう一度、裏。


 NOWHERE。


 折り目に沿って閉じる。

 NOWとHEREが分かれた。


 結は自分のノートを開いた。


 最後のページの間へ紙を挟む。


「それ、持っとくん?」


「持っとく」


「何に使うん」


「分からん」


「また増やすん?」


「紙一枚じゃん」


「割り箸も持っとるじゃろ」


 花の指が、結の鞄へ向いた。


 割り箸の袋が、口から出ている。


「非常用」


「捨てるじゃろ」


「まだ使えるけえ!」


 結が鞄を抱えた。


 花はごみ袋を持って扉へ向かう。


「ラーメン買ったら店でもらいんさい」


「入ってなかったらどうするん」


「店に戻りんさい」


「遠かったら?」


「諦めんさい」


「ラーメンを?」


「割り箸を」


 陽は部室の照明を消した。

 窓から入った光が、ホワイトボードに残る。


 NOW HERE。


 陽は扉を閉めた。

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