4 不要なものと必要なこと
ピンクを基調とした、それでいて少し品のある可愛らしい部屋であった。
天蓋付きのベッドやレースのクッション。大理石のフレームに薔薇の彫刻が施されたクラシカルなドレッサーは少女達の憧れを詰め込んだような甘さがある。
そんな乙女の夢の空間に突如として男二人が現れた。
ドレッサーの鏡の中から放り出されたリンとガイが勢い余って白雪の足元に倒れ込む。
「きゃぁ!」
思わず一歩身を引いた白雪だったが、すぐにはっとして、おずおずと声をかけた。
「あの…、大丈夫?」
「カイル、てめぇ、後で覚えてろ!!」
「ねぇ、これ!ちゃんと帰れるんだよね!!!」
しかし、二人の身を案じた白雪の声は、怒り狂う魔導士たちには届かない。ドレッサーに掴みかかるようにして、鏡の向こうのカイルに噛みついた。
まるで他人事のように、カイルがさらりと応じる。
ジジ……ッと鏡の表面にノイズが走った。
「今の転移でエネルギーが尽きたようだ。もう間もなく通信が切れ――」
その言葉を最後まで聞く前に、ぷつりと映像が途切れる。
鏡の中に残ったのは、鬼の形相のリンとガイと、困惑顔の白雪だけであった。
「あんの、変態イカれ研究者がぁぁぁ!!!」
腹の虫が収まらないリンとガイは、怒りの矛先を失いギリギリと歯を噛む。
とはいえ、このままでは埒が明かない。リンは一度だけ、盛大に苛立ちの隠しきれない舌打ちをする。
そして大きな深呼吸で息を整え、怯えるように小さくなっていた白雪に、初めて声をかけたのだった。
「ご覧の通り、説明不足で状況がさっぱり分かんねぇんだけど、俺らは何をすりゃ良いんだ?」
二人の不法侵入者を見る目が不安に揺れるのも仕方がないだろう。戸惑いながら、白雪は言い淀む。
じっとその解答を待っていたガイだったが、ふと外の気配が騒がしくなるのを感じる。違和感を覚え、そっと扉の隙間から覗き見ると…。
「ねぇ、見て。なんかえらいことになってるよ?」
「あぁ?」
ガイに声をかけられたリンが、薄く開いた扉の外に目を向けると、甲冑を身に付けた兵士達が忙しなく往き来している。
目が血走り、廊下の女官たちの顔を片っ端から覗き込んでは、「これではない」と苛立たしげに首を振っていた。
「なんだ、ありゃ。戦争でも始まるのか?」
異常な空気に、リンとガイは首をかしげた。白雪は素早く外を確認し、急いで扉を閉めた。
「始まったんだわ……。――美女狩りが!」
林檎のように赤かった頬が青ざめ、唇に添えた指先が細かく震えていた。
小さく呟いた不穏な言葉にリンとガイは顔を見合わせた。
「…美女狩り?なんだ、そりゃ」
「もう、今回の仕事、最初からずっと意味が分かんないんだけど…」
怒りもあきれも通り越し困惑する二人に、白雪は覚悟を決めて視線を合わせた。どうなるかは分からない。だけど頼れる人は誰もいないのだ。
「私の継母が、義母様が、この世界にいるはずもない『リリアーヌ』という絶世の美女を探しだそうとしているの」
その言葉を聞いて、リンとガイはようやく悟る。二人は目配せをしてお互いの理解を確認しあった。
今回の依頼は「考えたら負け」だということを。
「よし、分かった。あんたは白雪つったな。俺たちはアレを止めればいいのか?」
「やってくれるの??」
遅ればせながら、今回の依頼の本質を見極めたリンとガイは迷いを捨てることにした。
何だかわからないが、理解は不要だ。
帰りたければ、目の前の厄介ごとを一つずつ片付けるしかない。というより、片付けないと帰れない。
「やる。だから何をしてほしいのか、言え」
「俺たちも、必死だからね」
考えることを放棄した魔導士たちは、とにかくこれから起きる事案を、片っ端から行き当たりばったりで解決する。そう今後の方針を一致させた。
「ありがとう!ふたりとも!!」
白雪はほっとしたように声を弾ませた。
だが、リンとガイの脳裏にあるのは、白雪の安全でも物語の完遂でもない。ただ一つ、「このクソみたいな仕事を手早く終わらせて、カイルの面に一発ぶち込む」という、極めて個人的で切実な殺意だけだった。
「……よし。まずはその『美女狩り』ってのを、物理的に黙らせに行くか」
こうして、物語の世界に「理屈」を捨てた二人の魔導士が放たれたのである。




