2 女帝と異世界のお宝セット
王都の目抜き通りから一本入った静謐な貴族街の入り口に、蔦に覆われた重厚なレンガ造りの建物がひっそりと佇んでいる。
招かれた者のみがその扉を叩くことができるという、アンティークショップ『星屑の天球儀』である。
店内に並ぶのは一級品の高級アンティーク。どれも一筋縄では手に入らない貴重な品だ。
まるで美術館の展示品のように絢爛に飾られており、いかにも上級貴族の娯楽のための店だ。
しかしその実態はヴァランシエール侯爵家の長女エレオノーラが、美しすぎる妹、リリアーヌを保護するために私財を投じて設立した非公式精鋭組織――『天球の灯』の拠点である。
その一室でエレオノーラは、お気に入りの扇子を口許に添えて悠然と微笑んでいた。
そして、捨てられた紙くずを見るような目で、興奮気味のカイルを切り捨てた。
「何を言っているのか、全く分かりませんわ」
「やはり、分かりませんか」
だが、カイルは一向に気にした様子もなく、飄々と肩をすくめた。エレオノーラの反応は想定内である。
「こちらを、ご覧ください」
カイルが誇らしげに台車を押し出してくる。
その上に載っていたのは――カニ鏡であった。
エレオノーラが静かに首をかしげる。
それは無言の命令である。
「説明せよ」と。
「こちら、昨夜完成いたしました最新作『カニの夢見る物語』です!」
その目が偏執的に光る。カイルが勢いよく、機能説明をしようと息を吸い込んだ瞬間、エレオノーラがパチンと扇子を閉じた。
「簡潔に、です」
鋭い気配に勢いを削がれたカイルは、熱を失った声で渋々と、エレオノーラの前で鏡の操作を始めた。
「…こちらは『異世界との通信機』です。この度、試運転に成功いたしました」
ブゥン、と起動音が鳴り、鏡の中に人影が映し出された。
そこに居たのは不安げな目を揺らした黒髪の可愛らしい少女であった。
エレオノーラは少し瞬いて、再び扇子を開き、席を立つと興味深げに鏡に触れた。
「開発中と報告のあったアレですわね?」
不思議そうに覗き込むと、鏡の向こうの少女も、不思議そうにエレオノーラを見つめ返した。
「で、こちらはどなたなのかしら?」
ゆっくり目をやると、カイルは再び、興奮を抑えきれずに息を吸い込んだ。
「なんと、『異世界の物語』の住人なのです。異世界のさらにその先ですよ!自分の才能が恐ろしい!!」
「『異世界』の『異世界』なら、結局は『異世界』でしょうに」
「全然、違います!よろしいですか、つまりこれは世界構造論的に――」
エレオノーラが、すっと眉を寄せた。
カイルはヒッと息を呑み、速やかにコホンと咳払いに変えた。
「つまり、ですね。研究費の上乗せをお願いしたいわけです」
「…全く意味が分かりません」
カイルとしてはエレオノーラの命令に従い、簡潔に述べただけなのだが、お気に召さなかったようだ。
「あの、いいですか…?」
鏡の中から小さく声が上がった。恐る恐る少女がこちらを伺っている。
「何かしら?」
「カイルさんにお願いをしたのは、私なんです」
エレオノーラは、少し首をかしげ、扇子を片手に少女の話に耳を傾けた。
「私は白雪と申します。『白雪姫』という物語の住人です」
いかにも奇妙な話ではあったが、エレオノーラは眉ひとつ動かさず、先を促した。
「私たちの物語は、決まった流れで始まるんです。継母が鏡に問いかけて、鏡が『世界一美しいのは白雪姫だ』と告げる。……そのはずだったのに」
エレオノーラは、自らを当然のように『世界一美しい』と言い切る白雪の図太さに、内心で少し感心した。
「……つまり、鏡が仕事をしないせいで物語が始まらないのね?」
「そうなんです。私を『世界一美しい』と告げるはずの鏡が……」
白雪の目に涙が浮かんだ。深い悲しみと、少しの屈辱が混じった複雑な色を帯びている。
「『あまねく世界でもっとも美しいのはリリアーヌである』と!!!」
エレオノーラがカイルをチラリと見ると、カイルは静かに頷いた。
「エレオノーラ様が溺愛されている、あの『リリアーヌ』様のことで、間違いないかと」
エレオノーラはわずかに頷いた。
そして、パシリと扇子を打つ。
「真理ですわね」
エレオノーラにとって、この依頼がココアに添えられた砂糖よりも意味のないものに成り下がった瞬間である。
「そんな、困ります!!異世界の美人まで持ち込まれたら、物語が破綻するわ!」
白雪が鏡の中から飛び出しそうな勢いで迫ってくる。
「他の物語だってどうなるか…!!」
「事実を事実として扱っているだけでしょう?異世界の物語の不具合の対応を、こちらに求められても困りますわ」
とりつく島もないエレオノーラは、あっさりと却下する。しかし、ここまではカイルも想定内である。
鏡の白雪に目配せをして頷いた。
「引き受けてくれたら、『かぐや姫のお宝五点セット』をあげるわ!!!」
白雪がありったけの声で訴えた。カイルが、底の見えない目でゆっくりと補足する。
「異世界の月の姫の宝で、それはもうリリアーヌ様が喜ばれそうな美しく貴重な品々だそうですよ」
エレオノーラがピクリと反応した。最近のプレゼントは伝説級が続きすぎていて、少し捻りがほしいと思っていたところである。
ゆっくりとエレオノーラは目を閉じた。様々な損得勘定が頭のなかを駆け巡る。
そして、カッと目を開いた。
その後、ゆっくりと微笑みながら静かに告げる。
「リンとガイを呼びなさい。……面倒事は、現場の者に処理させるに限りますもの」
カイルは研究費の上乗せの手応えを感じ、そっと拳を握った。




