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1 真夜中の研究者

 薄明かりに照らされた部屋は、不気味そのものだった。

 ガチ、ガチ、と何かが噛み合う音だけが、静まり返った室内に響いている。


 その音の中心で、不健康の見本のような男がヒヒッと笑った。


「完成だ! 遂に異世界との通信機が完成した!!」


 男の目の前には、背丈ほどの姿見が置かれている。

 左右の縁でカニがハサミをガチガチと鳴らしている以外は、いたって普通の鏡だった。


「右のカニで座標指定、左のカニで画質調整! さらに通話機能まで搭載!」


 誰に聞かせるでもなく、男は早口でまくし立てる。


 その目は、マッドサイエンティスト特有の狂喜に満ちていた。


「名付けて――『カニの夢見る物語(クラブズ・ドリーム)』!!」


 抑えきれない興奮に身を震わせ、不気味な笑い声を漏らしながら、カニのハサミをカチカチと打ち鳴らす。


 すると次の瞬間――


 鏡が、白く発光した。


「おお! どこかと繋がったようだな!」


 高鳴る気持ちを隠そうともせず、カイルはガバッと鏡の前に身を乗り出した。


「……っして!! ……どうしてなの!!!」


 聞こえてきたのは、若い女の声だった。


 もしこの場に常識人がいたなら、全力で止めていただろう。


 覗きは犯罪だ、と。


 だが、あいにくここにいるのは、イカれた研究者ただ一人である。


「……何が、『どうして』なのかね!?」


 ごく自然に―― いや、やや鼻息荒く話しかけたのである。


 異世界との交信という最高のごちそうを前にして、常識などあまりに無力だった。


 驚いたのは、むしろ語りかけられた側の方だった。


 鏡の中の少女は、きょろきょろと辺りを見回す。


 そして、鏡の向こうにいる不審者と目が合った瞬間――


「きゃぁぁぁぁ!!!」


「人の顔を見て悲鳴とは失礼な」


 カイルは憮然とした。

 もっとも、常識を持ち合わせていない人種の憮然など、あまり当てにはならない。


 それでも好奇心の方が勝るらしい。爛々と目を輝かせたまま、少女に重ねるように問いかける。


「それで、何が『どうして』なんだ!? 気になるじゃないか、教えてくれ!」


 カイルの熱量とは裏腹に、少女は怯えたように鏡を覗き込んだ。


「なに……? どうなっているの……? 魔法の鏡は、もう一つあったのかしら……」


 まるで噛み合わない会話に、カイルがしびれを切らす。


「ええい、面倒な女だな。『こちら』と『そちら』は別の世界――そう、異世界というものだ! 細かいことはどうでもいいから、何に困っているのか話したまえ!」


 鏡の少女の顔が、わずかに引きつった。


 明らかな異常者を前に、戸惑いを隠せていない。

 だが、よほど切羽詰まっていたのだろう。


 少女は意を決したように鏡の向こうの不審者を見つめ返し、やがてぽつりと口を開いた。


「あなたが誰なのか、分からないけど……。でも、もう他に方法が思いつかないの。聞いてちょうだい……」


 真っ白な肌に、艶やかな黒髪。

 頬は林檎のように赤く、まるで物語の中からそのまま抜け出してきたような少女だった。


 少女は鏡にそっと手を当て、静かに語りかける。


「私たちは『物語の世界』の住人なの。でも今、この世界はおかしくなってしまった。

 もう私には、どうしたらいいのか分からないの。お願い……助けて……」


 少女は『白雪姫(スノーホワイト)』と名乗った。


 話を聞き終えたカイルは、顎に手を当ててしばし逡巡し――


「なるほど……。まったく理解不能だ!」


 きっぱりと言い切った。


 そして、無駄を嫌う研究者らしい思考で、即座に結論を出す。


「私一人では判断できないな。エレオノーラ様に確認しよう」


 それは、まぎれもなく魔導士ギルド『天球の灯(スフィア・ランタン)』に、新たな厄介ごとを放り込む一言だった。



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