Ep.3 引き返せない場所
そのときだった。
七人の視線が、一斉に揃った。
ほんの一瞬、時間が止まったように感じた。
次の瞬間、何事もなかったかのように、彼らはそれぞれの会話に戻っていった。
笑い声。低い声。短い相槌。
どれも自然に聞こえるのに、どこか噛み合っていない。
その中で、一人だけ。
場の空気から少し外れたような若い男が、こちらに近づいてきた。
「君、いくつ?」
「二十歳です。」
「え、マジ? 若いな。大学生か。」
彼は目を丸くした。
その反応だけが、この場所で唯一、まともに見えた。
「こんなところに呼ばれるなんて……もしかして財閥とか?」
「いいえ。ごく普通の家庭です。」
「えっ。俺と一緒じゃん。」
彼は少し安心したように笑った。
そして、周囲に目をやり、小声で言った。
「有馬キヨシ。よろしく。」
「羽瀬川花奏です。」
「ていうか、あの人たち知ってる?」
私は首を振った。
有馬は肩を寄せるようにして、声をさらに落とした。
「あの人——日本一の芸能事務所のCEO、神代恒一。」
視線で示しながら、一人ずつ指し示していく。
「あっちが史上最年少の政治家、鷲宮翔理。
あの人は医学会の副会長、久我真司。
その隣が量子研究者のノア・ジェームス・峯。
で、あの双子。右が検事総長の五味怜、左が企業経営者の五味梓。」
私は思わず視線を向けた。
どこかで見たことのある顔ばかりだった。テレビや新聞で。
けれど、こうして同じ場所にいるのが、現実に思えなかった。
「君が普通の大学生っていうのは、ちょっと信じがたいな。」
「あなたこそ、どちら様ですか?」
有馬は肩をすくめた。
「俺? 金融関係。」
一拍おいて、笑う。
「あはは、嘘。
ここだけの話、俺、記者なんだ。」
「記者?」
「そう。前から毎年、この招待状が届いててさ。でも何の集まりか分からない。
ネタになるかも分からないし、こういうとこって下手に首突っ込むと危ないだろ。」
軽い口調のまま、視線だけが周囲を気にしている。
それでも、どこか楽しそうだった。
「でも二ヶ月前、会食で神代さんと一緒になってさ。
酔った勢いで言ったんだよ。『ザ・テーブルが楽しみだって』」
有馬は、少しだけ笑った。
「そしたら、急に目が本気になって……
——俺が呼ばれたこと。これだって、意味があるんじゃないかって。」
その目だけが、笑っていなかった。
「君も、たぶんそうだよ。」
「……そうですか。」
うまく返せなかった。
そのとき、屋敷の扉がゆっくりと開いた。
音は、ほとんどしなかった。
中から二人の男が現れる。
前に立つ男。その三歩後ろに、もう一人。
距離が、妙に正確だった。
「お待たせいたしました。」
低く、よく通る声。
「ようこそ、万果荘へ。
私は八代目オーナーの緋雨嘉孝。」
続けて、後ろの男を示した。
「助手の緋雨見人。」
見人は無言で頭を下げた。
その動きもまた、正確すぎた。
「この三日間、ザ・テーブルでお出しする料理は、私たちがご用意いたします。」
緋雨は穏やかに微笑む。
その笑顔は崩れない。
「さぞお腹も空いていることでしょう。」
わずかに間を置く。
「一日目の晩餐は、すでに用意されています。」
扉が、さらに開かれる。
暗い内部が見えた。
「まずはお部屋へご案内いたします。
正装をご用意しておりますので、お着替えのうえ、ダイニングルームへお越しください。
どうぞ、こちらへ。」
私たちは、足を踏み出した。
その瞬間、引き返すという選択肢が、どこかに消えた気がした。
そして私は、気づいてしまった。
——もう、戻れない。
私はすでに、赤い晩餐の中にいた。




