Ep.12 選別
ドレスの裾が、わずかに床をなぞる。
足音は小さいはずなのに、やけに耳に残った。
廊下の空気は、夕方の色を含んでいる。
昼とは違う。朝とも違う。どこか、終わりに近い色。
「こちらでございます。」
南が扉の前で立ち止まる。
そして——開かれる。
二度目のダイニングルーム。
同じはずだった。同じ長いテーブル。同じ配置。同じ光。同じ赤。
——違う。
席が、一つ少ない。
左右に四つずつあったはずの席は、片側が三つになっていた。
空白がある。埋められていない。最初からそうだったかのように、自然に。
「来たね。」
「遅かったな。」
神代がグラスを回しながら言う。ゆったりとした、支配的な余裕。
「準備に時間がかかるのは当然だ。」
久我が続ける。分析的な声。
「特に“本番”となれば。」
梓が笑う。
「楽しみよね。」
怜は静かに頷くだけだった。
峯はすでに天井ではなく、テーブルの中央を見ている。好奇心を隠さない目。
全員が、着席していた。
誰も、その一席に触れない。
「……あの。」
思わず口を開きかけて、やめる。
聞く必要がない。いや、聞いてはいけない。
私は空いている席に座った。七人。それで完成しているように見えた。
扉が、再び開く。
音はない。だが、空気が変わる。
緋雨嘉孝。その三歩後ろに、見人。そして——台車。見人が押している。
動きに無駄がない。車輪の音すら、ほとんどしない。
上には、七つの皿。すべて、銀の蓋で覆われている。均一な大きさ。均一な高さ。均一な配置。
「お待たせいたしました。」
緋雨が中央に立つ。穏やかな笑み。崩れない。
「ザ・テーブルは——」
わずかな間。
「今から始まると言っても過言ではございません。」
誰も動かない。誰も音を立てない。
「どうぞ、存分にお楽しみください。」
その言葉に、わずかな熱が含まれていた。
「その前に。」
緋雨が、軽く視線を巡らせる。
「有馬様ですが——」
一瞬。ほんの一瞬だけ、間があった。
「体調不良のため、本日でお帰りになりました。」
沈黙。短い。だが、はっきりとした沈黙。
「あら。」
梓が、少しだけ目を伏せる。
「残念ね。」
「いい反応だったのに。」
峯が言う。好奇心を覗かせて。
「優秀だったな、本当に残念。」
「まあ、仕方ない。」
鷲宮が肩をすくめる。冷たい軽さで。
「合わないやつは合わない。」
「選別は必要だ。」
神代が軽く笑う。
選別——その音節が、頭の中で何度も繰り返される。
「無理をさせても意味がない。」
久我が頷く。
怜は、静かに言った。
「適切な判断だと思います。」
誰も、疑わない。誰も、止めない。ただ——受け入れる。当然のように。
私は、何も言えなかった。
喉が、乾いている。言葉が出てこない。
「それでは。」
緋雨が、わずかに手を上げる。
見人が動く。
一人ずつの前に、グラスが置かれていく。水。白ワイン。そして——トマトジュース。
色が違うはずなのに、どれも同じ温度に見えた。液体なのに、どこか固体のような重さ。
次に、前菜。
見人が、私の前に皿を置く。音はない。ただ、そこに現れる。
銀の蓋。丸い取っ手。
指先が、触れる。持ち上げる。——開く。
その瞬間。
何かが、引っかかった。
視覚より先に、感覚が動く。既視感。
柔らかい色。淡い赤。白との境界。切り分けられた形。整いすぎた断面。
——あのコインの彫刻のように、細かすぎるほどの精密さ。
あるいは——あの床に落ちていた、別の赤のように。
思い出しかける。どこで見たのか。どこで触れたのか。どこで——
「どうかしましたか?」
神代の声。
顔を上げる。視線が集まっている。全員。
「……いえ。」
口が、勝手に動く。
「なんでも、ないです。」
もう一度、皿を見る。
ただの前菜。
そのはずだった。
そのはずなのに——




