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十一 プレナのお願い

「……おい」


 周囲を警戒し、ロシュは小声でクロマに声をかけた。


「なんだ」


 ロシュの前を歩き、彼を先導しているクロマは、振り返ることなく答える。


「いい加減説明してくれ。プレナはどこに居るんだ」


 彼らは今、王宮の廊下を歩いていた。クロマはロシュとして、そしてロシュとアリスは、部下の近衛騎士に変装している。


 プレナの居場所に案内するといって王宮の門前に移動した際、ロシュはプレナが普通に兵士達に保護されていると考えた。しかしクロマに聞くと、そうではないという。


 しかしプレナが元居たグレハの隠し部屋は、既に兵士達の捜査が入っている筈だ。では一体どこにいるのだろうか。


「着いたぞ」


 クロマが足を止める。

 そこは、アリスの居室に通じる扉の前だった。


「こ、ここにプレナが?」


「まあ、見てみろ」


 クロマは扉に手をかける。

 やや大きめの扉が、静かに開かれた。


 ロシュとアリスが部屋に入り、最後に入ったクロマは扉を閉める。


 部屋の中央に、少女が立っていた。


 少女はロシュ達の姿を見るなり、目を潤ませる。

 その顔立ちや服装は、アリスのものだった。


 ロシュは一瞬驚き、自分の横に立つアリスを見る。兵士に変装して、ロシュと共にこの部屋まで来たのは、紛れもなくアリス本人だ。


 そこですぐに思い至った。自分の前方で目に涙を湛えてこちらを見ているのは、プレナだ。クロマの能力で、アリスに変装していたのだろう。


「アリス……」


 少女が呟く。その声は、紛れもなくロシュの記憶にあるプレナのものだった。


「やっと会えたね、プレナ」


 アリスが感極まった表情でプレナに歩み寄る。

 ロシュの後方でクロマが指を鳴らす音。プレナの変装が解かれた。


「なるほど、殿下がお前と大臣に対して大立ち回りをしてる間、プレナは殿下の身代わりになってもらってたってことか」


「その通り」


 得意げな様子のクロマ。

 その会話を聞いて、プレナがロシュに目を向けた。


「ロシュ……だよね?」


 懐かしさと安堵に包まれた表情のプレナ。


「あ、ああ、そうだ。今はあの詐欺師の身体だけど……。本当に、無事で良かったよ」


 地下牢で術をかけられて以来の再開。そしてまともに会話をするのは、幼少期に分かれて以来だ。


 プレナの安堵した表情を見て初めて、ロシュの中にグレハを捕えられたのだという実感が湧いた。


「三人揃うの、本当に久しぶりだね。十年ぶりくらいかな」


 アリスが言う。王女として振る舞っている時とも、素の溌剌とした時とも少し違う、穏やかな顔をしていた。


「さて、久しぶりの再会も済んだところで……」


 三人の会話を邪魔することなく眺めていたクロマ。一旦会話が途切れたタイミングを見計らって、三人に声をかけた。


「最後の後始末をしようか」


 彼の視線は、三人の中でも、主にプレナに向けられているらしい。


 その様子を見て、ロシュはクロマの言う後始末が何なのか、すぐに検討がついた。全員の変装を解き、ロシュとクロマの入れ替わりを元に戻すのだ。


 これでやっと、全てが終わる。ロシュの中に、言いようのない感慨が湧いてきた。


「じゃあ、まずは俺たちの入れ替わりをプレナに……」


「ああ、そうだな」


 クロマは軽く笑うと、三人の傍に歩み寄った。


 ロシュは視線をクロマからプレナに移す。


 彼女は少し困惑したような表情をしていた。


 その表情は、一体何を意味しているのだろうか。一抹の違和感を覚えるロシュ。


「じゃあプレナ、手筈通りに」


 クロマが言うと、プレナは頷いた。


 手筈とはどういうことだろうか。


 ロシュがその疑問を口に出そうとするよりも早く、プレナが手をロシュに向けた。地下牢でロシュとクロマを入れ替えた時と同じだ。


 地下牢では、この直後強烈な光を感じたことを思い出すロシュ。瞬間的に目を瞑った。


 次の瞬間、ロシュは首の後ろに強い衝撃を感じる。


 小さなうめき声と共に、ロシュの意識は闇の中に沈んでいった。


 ――


「ロシュ、ローシュー! いい加減起きて!」


 突然耳を引っ張られ、その耳の中に大声を叫ばれた。


 キーン、という残響を感じつつ、ロシュは意識を覚醒させる。


 叫ばれた耳を抑えながら起き上がり、周囲を見回して声の主を探した。


 声の主は、ロシュの正面、視界内に現れる。横になっていたロシュの背後側から耳を引っ張り、その後正面に回り込んできたらしい。


 両手を腰に当て、仁王立ちでロシュを見下ろしている少女。その姿は……。


「プレナ……?」


 呟くロシュの声を聞くと、プレナはニイと笑みを浮かべた。


「お、起きたか」


 その時、背後から聞き馴染みのある声。

 振り返ると、そこにはクロマが立っていた。


 その時、ロシュは自身が置かれている状況が直前の記憶と全く結びつかないことに気が付く。


 目の前のクロマは、ロシュの姿をしているのだ。


 慌てて自分の身体を確認すると、やはりクロマの身体だった。


 気を失う直前、プレナが自分達の入れ替わりを戻そうとしていた筈。何故元に戻っていないのだろうか。


 不可解な点はまだある。今ロシュ達がいる場所だ。気を失う直前までいた王宮ではなく、クロマのアジトに居る。クロマがロシュ達を巻き込んで実行した詐欺の計画は、全て終わった。何故自分がこの場所に戻ってきているのだろうか。


「こ、これは一体どういう状況なんだ? プレナ、君は俺とあいつの入れ替わりを戻そうとしてたんじゃ……」


 事情を確認すべく、まずはプレナに声を書けるロシュ。

 するとプレナは悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「私、プレナじゃないよ」


 何を言っているのだろうか。声も容姿もプレナのものだ。変な点があるとすれば、その態度と口調。その活発な様子はまるで……。


 その時、ロシュは嫌な予感を抱いた。


「もしかして、で、殿下……?」


 すると目の前の少女は、ニイと笑う。


「ご名答」


 ロシュは思わず額に手を当てて項垂れた。


 アリスの声は、見た目同様プレナのものだ。クロマの能力で変装させたのならば、声を変えることはできない。


 声も含めて他人のものになっているならば、考えられる可能性は一つしかなかった。


「プレナと入れ替わったんですね……」


 そう、プレナの能力で入れ替わった可能性だ。


「そういうこと」


 ロシュは何度目かの溜息を吐いた。


 そして顔をあげると、ソファの後方にいるクロマを振り返った。


「どういうことか説明しろこのクソ詐欺師」


「おーおー、口が悪いこって」


「無駄口はいいから説明しろ」


 クロマはソファの正面に回り込む。そしてそこに置いてあった椅子に座った。


「これについては、実は俺が考えた事じゃないんだ」


「じゃあ誰が?」


「プレナだ」


「はあ? 何で」


「実はな――」


 ――


 数日前、グレハの魔術部屋。クロマとプレナが初めて会話をした時のこと。


「協力する代わりに、一つお願いがある、と言ったら、聞いていただけますか?」


「どんな内容だ?」


 クロマが聞くと、プレナは少し躊躇しつつも、口を開いた。


「この境遇になってから、ずっと考えていたことがあります。それを実現することに、力を貸していただけないでしょうか」


「考え?」


 プレナはクロマの目を真っ直ぐに見据える。


「アリスの王女の務めを、私が肩代りしてあげたいのです。つまり、私の能力を使って、私自身とアリスを入れ替えたいと思っています」


 思わぬ提案に、流石のクロマも驚愕を隠せない。


「随分と突飛だが、どうしてそんなことを?」


 プレナは、どこか遠くを見るような目になる。


「勿論この計画は、アリス本人がどうしたいかという意思を最大限尊重した上で、実行するかどうかを決めます。実は……」


 計画を考えるに至る経緯を話すプレナ。


 幼少の頃、プレナはアリスから王女という立場になることに対する不満を聞いていたのだ。それは騎士として王女アリスを守る使命に憧れていたロシュには話さず、アリスとプレナ二人だけの秘密だった。


 そしてプレナがこの部屋に軟禁されるようになってから数年の間、見張りの兵士達が王女アリスについて話しているのを耳にする。その中に登場するアリスの人柄は、自分の知っているアリスとはかけ離れていたのだ。


 直接本人を見るまでもなく、無理をして王女を演じているのだと、プレナは直感した。


 そして次に、彼女の代わりに自分が王女の代わりを務められればということを考えるようになる。無論ただ軟禁され、父親の道具として扱われる日々からの逃避としての妄想という面もあった。しかしそれはいつしか、比較的現実味を帯びた考えに変わっていったのだ。


 プレナは、表向きには死んだ身だ。父親さえいなければ、とても自由が効く立場である。


 そんな立場をアリスに贈ることができれば、きっと彼女は今よりも楽しく日々を送れるのではないかと。


「……なるほどな。確かにあの王女サマなら、乗ってくるかもしれない」


 自分と打ち合わせをしている間のアリスの様子を思い浮かべ、クロマは答える。あれはどう見ても、利権や政治、格式などの間で生きがいを見出せるタイプの人ではなかった。


「やっぱり、演技だったんですね……」


 クロマの返答で、王女としてのアリスが素のアリスでないことを確信するプレナ。

 数秒考えた後、クロマは口を開く。


「いいだろう。王女サマにもこの事を話してみよう」


 プレナの表情が一気に明るくなった。


「本当ですか?」


「ああ、任せておけ」


 ――


「……マジ?」


「マジだ」


 変更した計画をアリスに伝える際、クロマはプレナの考えについてもアリスに話していた。


 それを聞いたアリスは、目を丸くしている。


 そして離れた場所にいる旧友に想いを馳せ、目を細めた。


「へえ、プレナ、そんな事考えてたんだ……」


「どうする? 彼女は実行するかどうか、王女サマの考え次第だと言っていたが」


 クロマが聞くと、アリスは少し考え込む。


「確かに王女辞められるなら願ってもないことだけど……。プレナは自分が王女になることについて、どう思ってるの? いくら親友の申し出とは言え、私の事を考えてってだけでこの役目を任せるのは、ちょっと気が引けるかな」


「それなら、聞いておいたぞ」


 クロマはプレナの言い分を語った。


 プレナ曰く、親友の為ならばどのような重責も負えると。


 更に彼女は、自身のある夢を語った。父のように貴族に苦しめられるような者や、父のような権力者の不正に虐げられる者が出ないよう、国を変えたいのだという。


 それを聞き、アリスは微笑んだ。


「プレナなりの覚悟があるんだね。だったら、その計画に乗ろうかな」


「いいんだな?」


「うん。私みたいな箱入り娘より、王宮の外や、国の悪い奴を見てきたプレナの方が、絶対にいい王女様になれると思う」


 その声色には、長らく会っていない親友への尊敬が込められていた。


「わかった。……だが、全ての計画が終わって、プレナの身体で自由の身になった後はどうするつもりなんだ?」


 その問いに対し、アリスはうーん、とわざとらしく考える素振り。指を口に当て、上方に視線を向ける。


 そして思いついたと言わんばかりに、手を打って見せた。


「クロマと一緒に詐欺師になっちゃおうかな」


 返事を聞いて、クロマはニイと口角をあげる。


「いいね、俺は歓迎するぞ」

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