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十 教えてやるよ・二

 グレハが魔術部屋の購入を決めた翌日、アリスはクロマが用意した馬車に乗って、王宮の裏門に現れた。そして、グレハが木箱に詰めた、大量の札束と術具を馬車に積み込む。


 それなりに量が多く、また目立つのを避ける必要があったため、作業には少々時間がかかった。


 作業をしている間、グレハは始終落ち着かない様子だ。王位を(さん)奪した後の事を考えているのは、誰の目からも明らかだった。


 積み込みが終わると、アリスは契約が成立した事をグレハに告げ、馬車と共に裏門から王宮の敷地外へと出る。


 グレハの部下の尾行などがないことを確認した後、向かったのは王宮の別の門。

 そこには、クロマとロシュの部下の近衛兵が待っていた。


 クロマはロシュとして、近衛兵に馬車の積み荷を降ろすことを命じる。積み荷の中でも、グレハの悪事の証拠となる、大量の術具が入った木箱だけを降ろさせた。


 荷降ろしを終えると、木箱を運ばせる形で、近衛兵達をその場から退去させる。その場にはクロマとアリスが残った。


「順調だね」


 フードをとるアリス。

 クロマは(うなづ)いた。


「ああ。あの近衛兵達には、大臣の悪事についてを伝えてある。あの木箱の中身を調べたら、全面的に協力してくれる(はず)だ」


「そういえば、ロシュのほうはどうだった?」


 思い出した、といったように手を打つアリス。

 前日の深夜、クロマはアジトに待機しているロシュに、グレハが魔術部屋を購入したことを伝えていた。


「問題なし。騎士クンは指定の時間に、馬車を待ち伏せしてくれる筈だ」


 クロマの返答に、アリスは一瞬不満そうな顔をする。


「それだけ? ロシュは何か言ってたりした?」


 それを聞き、クロマは数秒虚空を見上げた。


「……ま、あんたや大臣の娘や、王国に危機が迫ってるってんで、滅茶苦茶焦ってたぞ」


「……そっか」


 アリスはその後、声にならない声で、


「予想通り過ぎてつまらないんだよなあ」


 と(つぶや)く。


 アリスの独白に、クロマは気が付かなかったのか、敢てスルーしたのかは不明だが、何も反応することはなかった。


 馬車に近づき、馬車の荷台に手を添える。


「それじゃあ、最後の仕上げにとりかかろうか」


 その後クロマは、荷台に積まれたままの札束が入った木箱を、荷台の上で移動させた。荷台の前方と後方に、外側に二段、その内側に一段ずつ木箱を並べていく。


 荷台を側方から見ると、丁度中心が一番低く、両端に向かって段が二つできるような形だ。


 木箱を並べ終えると、クロマは付近の茂みから何か大きなものを取り出す。


「それは何?」


 思わずアリスが尋ねた。

 クロマは、得意げに笑みを浮かべる。


「ちょっとした秘密兵器さ」


 その手にあったのは、弾力のある木材をアーチ状にしならせたものだった。アーチの両端を地面につけて立てると、クロマの首元ほどの高さにアーチの最上部がくる、かなり大きなものだ。それが四つほど、用意されていた。


 クロマはアリスに手助けを頼み、アーチを荷台に固定していった。荷台とアーチの両端に、楽に接続できる機構が準備されている。


 荷台に、アーチが四本設置された。その形状は、アリスの見覚えのあるものだった。


「もしかして、(ほろ)?」


 アリスが聞く。正確に言うと、幌の骨組みに見えたのだ。


「ご名答」


 クロマはそういいながら、今度は巨大な布を取り出す。勿論(もちろん)、設置した骨組みにかけていくものだ。


 いくつかの手順を踏み、荷馬車には幌が掛けられた。


「なるほど、これでもう一度王宮を出た時に大臣や部下の兵士に見つかったとしても、別の馬車に見えるってことだね」


 幌の意味を察し、アリスは手を打つ。

 しかしクロマの腹中には、まだ何かある様子。


「もうひと手間加えると……」


 指を鳴らすクロマ。すると、馬車の見た目が一変した。


 布製の幌は木製に、荷台内部の木箱は、座席に変わっている。クロマが、projectorの投影能力を使ったのだ。


 アリスは思わず感嘆の声をあげた。


 その声を聞き、得意げな表情になるクロマ。


「これで、大臣の娘護送用の馬車の完成ってわけだ。んで、王女サマ、指示した服は着てきたか?」


「ああ、それなら……」


 アリスはローブを脱いだ。その下から、薄汚れた服が現れる。

 プレナが身につけていたものと、よく似た服だった。


「オーケー、じゃあ先に馬車に乗っておいてくれ」


 クロマの言葉に従って、アリスは馬車に乗る。


 丁度そのタイミングで、木箱を運び終えた近衛騎士が戻ってきた。


 突然大量の証拠と共にグレハの悪事を知った近衛騎士達は、困惑した表情でクロマの指示を仰ぐ。


 クロマは彼らに、暫くしたら外出をするであろうグレハを尾行するように告げた。もしグレハが何処かの建物に入ったら、その外で待機するようにという言葉も添えて。


 指示を出し終えて兵士達を見送ると、クロマは能力を使って、自身の服装や顔をグレハの部下のものに変えた。


 少し待つと、術具の積み込みを終えたグレハがやってくる。


 グレハとプレナを移動させる段取りなどを話した後、クロマは馬車に乗り込んだ。


 グレハが見送る中、馬車は動きだす。


 その様子は、完全にプレナを移送する馬車そのものであった。


 ――


「プレナ!」


 叫びながら馬車の中に入ってきたロシュ。


 鬼気迫る表情の彼に、アリスは自分の顔を見せた。一時的にクロマの能力は解かれており、アリスの素顔だ。


 アリス顔を見て、ロシュは一瞬固まる。


 その隙を逃さず、アリスはロシュの鳩尾(みぞおち)に拳を(たた)きこんだ。


 ロシュはうめき声すらたてずに崩れていった。


「流石ぁ」


 ロシュが気絶すると同時に、兵士に変装していたクロマが立ち上がる。ロシュに気絶させられたフリをしていたのだ。


「普通の箱入り娘じゃ、そんなことはできないと思うが」


 気絶したロシュを担ぎ上げながら、クロマはアリスに言った。

 アリスは得意げに拳を握ってみせる。


「王宮に居る間暇でしょうがなくてさ。ロシュとか他の兵士が訓練してるのを真似て、動いてたんだよね」


 何食わぬ顔で言うアリス。


 見よう見まねだと、そこまで的確に人の意識を刈り取れるようにはならないと、クロマは内心苦笑した。


 その後馬車は、アリス、クロマに加えて気絶したロシュを載せて発車する。


 そして廃教会へと向かわずに、クロマのアジトがある酒場、デダーファーの前に停まった。


 クロマは馬車を降りると、馬車に掛けた能力を解除する。


 クロマに続いて、アリスも馬車から降りた。


「馬車での移動はここまでだ。後は真っ直ぐ行けば例の教会だから、お前一人で行ってくれ」


 アリスに対してクロマが言う。


「クロマはこの後どうするの?」


「俺はそこの寝坊助クンと、今回の収穫をアジトに運び入れる。大臣の始末は手筈通り、任せたぞ」


 その後、二人は別行動に移った。


 アリスは廃教会へと向かい、グレハを待ち受ける。


 クロマがアジト内に札束を運び入れている最中に、グレハは廃教会に現れた。


 プレナの血を採ろうと刃を突き付けた瞬間、アリスは体術を使いグレハを倒す。そしてそのまま締め技をかけ、グレハを気絶させた。


 グレハを気絶させた後、アリスは教会の外に出る。


 そこには、グレハを尾行してきていた近衛兵がいた。


 アリスは自身がロシュの知人であることを伝える。


「ロシュからの伝言。この中に気絶したグレハが居るから、王宮に戻って他の兵士を集めて来て、彼を拘束してって」


 現在アリスはプレナの姿だ。そのため近衛兵にとっては見知らぬ少女である。

 しかしロシュの指示でグレハを尾行していたことを知っていたことで、近衛兵達はロシュの伝言であるという事を信用した。


 そしてアリスは廃教会から撤退し、代わりに教会には大勢の兵士が集まる。


 ――


 これまでの経緯を聞いたロシュが最初に口を開いた時、まず出てきたのは大きなため息だった。


「どうした? 何か分からないことでもあったか?」


 能天気な声色で聞くクロマ。その表情は、わざとそんな声色にしているということをはっきりと物語っていた。


「とりあえず、質問いいか」


「何だ?」


「俺の前であんな芝居を打つ必要はあったのか? そりゃ作戦の全容を伝えたら、俺は殿下が参加することに反対したと思う。でもあんな芝居をすることなく、殿下とお前だけで計画を終わらせても良かっただろ」


 ロシュの質問を聞くと、クロマはきょとんとした表情になる。


「……なんだよ、そのムカつく表情」


「いや、何で理由が分からないんだと思って」


「はあ?」


「お前がつまらないからに決まってるだろ」


 クロマの言葉の意味が分からないロシュ。

 困惑していると、再びクロマが口を開いた。


「もしあの時俺たちがお前に何もしなかったら、お前にとっては、アジトで何もしていない間に、気づいたら詐欺が終わってましたーって状態になるワケだろ? それじゃお前がつまらないと思ったんだ」


 その説明に、ロシュは(ぼう)然とする。


「それ、マジで言ってるのか?」


 何がいけないのかというような顔のクロマ。

 ロシュは再び大きく(ため)息をつく。クロマと出会ってから、一生分の溜息をついたような気がした。


「他には何かあるか?」


 これ以上クロマと会話をして体力を削られるのは、ロシュとしては気乗りしない。しかし近衛騎士の役目等もあるため、仕方なく口を開いた。


「……ある。プレナのことだ」


「ほう」


「お前の話にはプレナの消息が無かったけど、彼女は今どうしているんだ。無事なんだろ?」


 クロマは頷く。


「大臣の娘が何をしていたかについては、直接会って本人を交えて聞くことをお勧めするぞ」


「どういうことだ? 彼女は一体どこに?」


 その問いを待ち構えていたかのように、クロマは悪戯っぽく笑みを浮かべた。


「それはな……」

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