妹は兄の看病をする
「お兄ちゃん! 風邪ですか?」
俺は咳き込みながらミントに「今日は体調が悪い」と告げた。
寝起きの気分が悪く、熱っぽかったのだがキッチンに行こうとした時点で廊下に倒れ込んだ、床の冷たさが熱っぽさを逃がしてくれて少し心地よかった。
俺がキッチンに来ないのを奇妙に思ったミントが俺の部屋の前に来て倒れ込んでいるのを見つけたというわけだ。
ミントのバフは全部俺が付与しているので俺が戦闘不能ということはミントも戦力にならないということだ。だから今日は依頼はお休みということになった。
戦闘民族気質のあるミントが不平をあげるかと思ったが俺をベッドに引っ張っていって絶対安静を言い渡して部屋を出て行った。
そしていくらか経ってから病人食を作って持ってきた、おいおい一瞬で作ったんじゃないかというくらいのフットワークの軽さだった。
「準備が早いなあ……」
俺はうつらうつらとした意識の中でミントへの疑問を問う、それに対して非常に心配した言葉が返ってきた。
「お兄ちゃん……これ準備するまで結構経ってますよ? 時間の感覚も危ないって大丈夫ですか?」
そういえば朝日の差し込む時間に起きたはずだが、燦々と陽光が部屋の中へ差し込んでいる。早朝とは思えない日の差し方だ。
「俺はどのくらい寝てたんだ……?」
「お昼ちょっと前くらいですよ、お兄ちゃん、寝てたっていうより気絶してたんじゃないですか?」
「そうかな……そうかも……」
俺の脳に明確な意識が存在していない、全てがあやふやな世界を漂っているような気分だ。
「はい、お兄ちゃん、ご飯ですよ」
俺の口に温かいスープらしいものが流れ込んでくる、味もはっきりとしないが心地のいい感触なのは確かにそうだった。
何回も口にスープを運ばれて、多少意識がはっきりしてきた、それでもまだ混濁した意識ははっきりしない。
「お兄ちゃんの面倒を見る……これはこれでアリですね……!」
何かをいっているようだが意識がぼやけているせいでなんと言っているのか意味が聞き取れない、何かを言っているのは確かなのにその意味が掴めない。
ぼすん
俺はスープが運ばれなくなり、支えてくれていたミントの手の力が緩むとともに重力に逆らわず布団に倒れ込んだ。
俺は一体どうしてしまったのだろう? 風邪か……最近無理してたもんなあ……
しかし自分の状態がどうなっているのか分からないのは不安になる、しかしその不安すらはっきりしないので何も感じるところがなかった。
「お兄ちゃん、身体拭きましょうね!」
あれ? なんだろう? 断らなきゃいけないような気がするのだが、それが風邪のせいで生まれた妄想なのか、倫理観に基づいた客観的な考えなのかさっぱり分からない。
俺は上半身を裸にされ、暖かな布で拭かれる。ほのかな暖かさが心地よく、眠気が襲ってきた。
「さすがに……下半身は……やめときましょうか……」
そういう声を聞きながら再び意識はブラックアウトした。
「わあああああああああああああああ!!!!!!!」
俺ははっきりしてきた意識の元に悶えた、妹に食べさせてもらって身体まで拭いてもらうって!? マジかよ……
混濁した意識が記憶とともにはっきりしてきて恥ずかしさに悶えている。大丈夫、拭かれたのは上半身だけだから!
そんな弁明を考えながらミントにされたことを考える、介護にも等しい甘やかされ方をしたと考えると恥ずかしさが離してくれない。
「お兄ちゃん?」
部屋のドアを開けてミントが入ってきた、俺は思わず情けない声を上げる。
「ひゃっ!」
「あー……その様子だとちゃんと意識が戻ったっぽいですね……ちっ……」
「なんか今舌打ちしなかった?」
「いいえ、お気になさらず」
そうして運ばれてきた夕食の麦のお粥をテーブルに置いて俺にスプーンを突き出す。
「はい! 食べてください!」
「いや……もう大丈夫だから自分で食べるよ」
「ちっ!」
「やっぱり舌打ちしてるじゃん!」
「空耳です」
そう言って俺の前に粥を置かれた。意識は戻ったので自分で口に運ぶ。
「美味しいな……」
ミントは顔を輝かせて答える。
「そうでしょうとも! 愛情が違いますよ!」
愛情が味に影響するのだろうか? とはいえちゃんと塩加減や出汁もちゃんとしており、空に近かった胃に半固形物が流れ込む。
「ありがとな……なんだかんだあったが、今日は助けられたよ」
輝く笑顔で答えるミント。
「ちゃんと恩に着てくださいね? 私が風邪を引いたらちゃんと同じことしてくださいよ?」
そう言ってニコニコする妹を眺めながら俺は窓辺がすっかりくらくなっていることに気がついた……もう夜になったか……
「今日は一日世話になったな、ありがとう」
もう一度お礼を言うとミントは顔を赤くして手で隠そうとする。
「ま、まあ……お兄ちゃんが良くなったようで何よりです! やっぱり愛情のある看病は違いますね!」
今日ばかりは助けられたことが明らかなので俺も反論はしなかった。お粥を全部食べ終わってから俺はもう寝ることにする。
「今日は助かった、俺はもう寝るからお前も部屋に戻っていいぞ、今日はもう大丈夫だからな、丸々一日かけさせて悪かったな、ありがとう」
「お兄ちゃん、少しギルドへ顔を出すのはやめましょうね? 危ない依頼は好きですがお兄ちゃんが危ないのには我慢できません!」
そう言って部屋を後にするミントに今日1日分の感謝を告げながらベッドに横になるのだった。
――翌日
朝日が差し込む中で目が覚める、今日はちゃんと意識が固定されていて動くところがない、昨日の看病のおかげだろうか?
部屋を出るとドアを開ける音が聞こえたのかミントのヘルプが聞こえた。
「お兄ちゃん……ちょっと来てください……」
部屋の中から絞り出すような声が聞こえるのでミントの部屋のドアを開ける、本人が呼んでいるんだからそれは非難されるようなことではないだろう。
その部屋の中のベッドに顔を真っ赤にしたミントが倒れていた。
「大丈夫か!」
「風邪ですかね……うつっちゃったみたいです……お兄ちゃんの方は大丈夫ですか?」
鑑定
――
風邪、一般的な原因による発熱と痛みを観測しました
――
風邪か……ミントは看病を期待する目で俺を眺めてくる、俺がやることは一つだった。
『キュアヒール』
回復魔法とともにミントの身体が光に包まれる。すぐに顔の赤みも取れて健康的な顔色になった。
「お兄ちゃん……こういうところですよ?」
元気になったミントが不平を言う、治したのになんでだよ!?
ミント以外にヒールが効かないので自信に使うことは出来ないが、妹相手だったらほぼ無制限に生命力を上げられる、これが一番苦しむこともない安全で確実な方法なんだが……
ぴょんとベッドから降りて俺のおでこにおでこをくっつけてくる。
「わっ! なんだよ急に!?」
「熱は無いようですね」
心臓に悪い診断法を使いながらミントは今日の朝食の用意をするためにキッチンに向かっていった。
そのとき、やや不機嫌そうだった理由は結局分からないのだった。




