73話 召喚当時と語られる過去2
* * *
とは言っても残りの1週間も別段変わった環境など無く。強いて言うなら魔術師長である彼女が何度か見に来る事が増えたという事だろうか。1週間での強さの変化を見極める為なのだろうが、どうにも私は特に視線を向けられている気がする。自意識過剰と思われそうだが召喚当時が有れば見られることが当然と言えば当然だろう。どうせ良くない事を思われているのも何となく分かっていたので気にしない様にと自分に言い聞かせて訓練に励んだ。
けれど何にも変化はなかった。
最早焦燥感すら沸いてこなかった。そんな思いが沸いた所でどうにもならないのだから。
「...................。」
「........話す事が無いのなら部屋に戻ります。」
「いえ、そういう訳では無いのですが...............。」
1週間経ったことで現状の把握と悩みや入用の物など何か有れば解決する。要は不満を少しでも解消するため、城から出ようと出来るだけ思わない様にするための策だとは思うが私にとってはどうでも良い事だったのでつい冷たく接してしまう。こちらに召喚した魔術師長と話す事が私に有るだろうか。あったとしても不満しか出てこない。そんなものをぶつけた所で現状が変わる訳でも無い。そんな無意味な事をする必要性も無い。だから喋る事が無い。また、魔術師長自身も私に何も言わないので話を終わりだと決めて私は立ち上がる。
「..........失礼します。」
そう言って部屋を出る。最後にちらっと見えた魔術師長の顔は申し訳なさがありありと見え透いていた。そんな風に思うならどうにかしてくれと声を荒げたくもなるがぐっと堪え見ぬふりをして黙って部屋へ戻ろうとする。
しかし、途中で虐めをしてくる彼女ら4人につかまり、ストレス発散とか、魔術の練習と言って無防備な私に魔術を当ててくる。勿論、人気の少なそうな場所に連れ込んでなのだが。よく城の中でそんな場所を見つけたと褒めたい位だ。本当に呆れてしまう。
漸く部屋に戻ってきて疲労感からベッドに倒れ込むが眠る事が出来ず寝ころんだまま窓の外を眺める。夕日が沈み夜の帳が降りる空模様と、静寂な室内。溜息すら漏れない。
そうして3週間目に入ろうとした15日目の早朝に部屋をノックされ起こされる。起こされるという表現は眠れていない私にとってはそぐわないが、魔術師長がやって来て何も言わずに私を引っ張っていき入った事のない場所に立ち入った。
「貴方には此処から出て行って頂きます。酷な事をしているのは十分承知しています。ですから、これをお渡しします。幾らかの金貨と食料。そして地図が入っております。その地図を頼りにこの手紙を会う人に渡してください。私にはこれしか出来ないのです。恨んでいただいても構いません。」
そう言って城外にあっという間に出されてしまった。城の正門では無く裏門の方から出された且つ、見張りの兵士もいなかったので厄介払いされたと分かった。頼りになる物は無い。勉強した知識と渡された地図を利用するしかない。
城を外から眺め何も沸いてこない感情のまま踵を返し見知らぬ街へと繰り出す。渡された地図を見て街を歩きながら目的地に向かいひたすら歩く。この情報も信用に、信頼に値するかは分からない。だけど他にすることも行くべきところも行かなければいけない所も無い私のこの状況では渡されたまま、言われるがまま行動するほか無かった。今にして思えば冒険者として生計を立てるという考えもあったかもしれないが当時の弱さを考えたらそれも難しかっただろう。
「朝早いのに街はこんなに活気に溢れていて魔王の脅威とか感じられないな。」
魔術師長は来るべき魔王の復活に備えて、再三私たちに言い聞かせて座学と訓練を積ませていた。けれど城の外を知らない私たちにとってはその言葉を絶対と信じていた。けれど、こうやって街の様子を見てしまうと本当に魔王なんて復活するのか信憑性が薄くなってしまう。だからこそ城の外に出さない様にしていたのかもしれない。全て推測に過ぎないけれど。実際は復活するという事実を民草が分からぬだけという事も有りえる。そんな推測は多々出てきて終わりが無いので考えるだけ無駄だと思い頭を振る。
街の人は親切に接してくれて街の中を良く知らない私にも丁寧に道案内をしてくれた。けれどどの人も場所を聞き、地図を見せると困った様な表情を浮かべるのを見逃さなかった。そこに悪意などは無く、心配するという思いが強く感じられる。そうして、聞いて行く内に別れ際、言い難そうに声を掛けられた。
「......ほんとに行くのかい?」
「? ええ。」
「私にはそれしか道が残されていない。」と続けて言いそうになった言葉をぐっと堪えて、
「頼まれごとを引き受けてしまった以上は行かなければいけないので。」
「そうかい。気を付けるんだよ。」
「.........はい。」
報酬を届けてほしいと言われた人にも偏屈な人だとか、変人だとか、色々と言われていて、そんな報酬さえもテキトウに置いてくるだけで良いと言われる始末。どう気を付けるべきか何を気を付ければ良いのか全く分からないしで。でもわざわざ聞くのも嫌な顔をされてしまうのではないかと思い不安な気持ちを抱えたまま向かう事になった。
思ったよりも遠い場所にあった目的地に大きな不安を抱えたまま息を切らして向かうと一軒だけポツンと建っている家が有った。エルシリラの石造りの家とは全く雰囲気が違う木造りのその家は不思議と温かみを感じる様相だった。深呼吸をして息を整え、玄関へと向かって行く。勝手にドアを開けていいとの事だったが流石に日本で育ってきた私にとってはそれは出来ない行動だった。
なので、ノックして声を掛けるという方法で出てくるのを待っていた訳です。
* * *
「俺はてっきり起きている音が分かって待っているのかと思っていたのだが。」
「起きている音、ですか?」
「丁度寝起きで朝飯? いや、昼飯? か。どっちでも良いが探すのにキッチンの棚を開けて色々と物をひっくり返して見ていたから音が聞こえていたもんだと。」
「ああ。部屋に戻っていった時に持っていたあれですね。.............私、ああいうのは貧しい者が食すものだと思っていましたけど。」
「まあ、別に食わなくても死なない訳だし、何食っても腹に入れば変わらないしな。俺にとっては食欲よりも知識欲の方が勝っていたという事だ。」
「................。」
「何だ、黙って。」
確かにノトさんの体質を考えれば、言った言葉に嘘偽りは無いだろう。けれど本質は別の所にあると思う。
「...........面倒だ。というのが一番の理由だと思っただけです。」
その言葉に返答は無かったが、ビクッと反応した事で否定できない、つまり肯定を意味すると思って呆れてしまう。
「良いんだよ。生活に支障が無ければ。」
「前にも聞きました。」
「........もう寝る。俺はこのままソファに寝るからユリナはベッドで一人で寝ろ。」
「ルピさんが私の部屋を用意したって言ってましたから其処に行きますよ。」
「俺は案内しねえぞ。一人で迷う事無く行けるんなら行けばいいんじゃねえか。」
「流石にもう迷わないですよ! ...............多分。」
「目逸れてっけど。」
ニヤニヤして面白そうに揶揄ってくるので私は気合を入れて部屋のドアに手を掛ける。そうすると開ける前に更に面白そうな声音で声を掛けられる。
「夜も大分更けてるから城内真っ暗だぞ。頑張れ。」
「え?」
ドアを開けて廊下に出ようとするも明かり一つ付いておらず真っ暗。おまけに静寂さを伴って余計に恐怖心を煽っていた。
私は静かにドアを閉じた。
「おーい、あてがわれた部屋に行くんじゃなかったのかー?」
「...........ます。」
「あ?」
「此処で寝ます。」
「どうぞ。」
そう言うとソファに座ったまま、足だけでなく腕も組んで目を伏せったノトさんを見ながらベッドに潜り込む。シーンと静まり返る室内にぶるっと寒気を感じてのそのそとベッドから這い出て目を伏せているノトさんに話し掛ける。
「城に居た頃の眠れないとは違った意味で眠れないんですけど。」
「........そんなの俺のせいじゃ無いだろ。」
左目だけを開けて此方を見てくるノトさんに正論を突きつけられて反論できなかった。再びノトさんが目を閉じ、お互いが黙ったままの状態で私は正面に立ったままノトさんの前から動かないので大きな溜息を一つ、足を組むのをやめると、腕をグンと引っ張られる。
「わっ!」
「俺は動きたくない。ユリナも動かない。もう、面倒だし、このまま寝ろ。俺もこのまま寝る。」
「え、この体勢で?」
「嫌なら、一人で寝ろ。てか俺の前に立つな。」
そう言うとそのまま眠ってしまったノトさんに声を掛ける事が出来ず二進も三進も行かず黙っている事にしたものの、此れは此れで恥ずかしく、心音が早くなる。聞こえていない訳でも無いだろうに無反応のまま眠りこくっている様子に私も誘われるようにして眠気に襲われる。
「......あら、珍しいお客様がやって来ましたね。」
「?」
「フフフ、辺りを見渡しても何も景色は変わらないですよ。」
空も左右も前後も、そして床すらも区切られていない真っ白い空間に私は立っていた。いや、立っていたという表現よりかは浮いていると言った方が正しいのかもしれない。
「彼との〝繋がり〟が貴方を此処へ誘ってしまったようですね。」
「貴女は?」
「私ですか? 何と答えて良いか迷いますね。」
クスクスと楽しそうに笑い名前すら答えてくれない声音的に女性のそれは、はっきりと視認する事が出来ない。ぼやっとしか見えないそれに何となく聞き覚えは有ったがピンと来ない。
「焦らずとも大丈夫ですよ。いずれ会う事になりますから。」
「!? 私の考えている事............?」
「ええ。私にとっては造作も無い事ですよ。それにここは私の庭の様な場所ですから。」
「庭、ですか。」
「ええ。貴女が滞在できる時間もほんの僅かでしょうから少しばかり言葉を授けましょう。」
そう言って言葉を区切ったそれは、神々しくも感じた。けれど、どうしてそう感じるのか、そもそも何者なのか分からぬ以上は鵜呑みにしていいかも怪しい言葉を言われるのではないか。
「貴女の中では今はそのように認識していただいて構いませんよ。起きた時、すっかりこの出来事を覚えていない可能性の方が高いでしょうから。いずれで良いのです。いずれで。」
「は、はあ。」
「〝かの者、世界に災厄を齎さん。一度と安堵しない事。危機は直ぐ傍に控えていると知れ。そして、それを救う鍵は其方が持っておる。正しく、そして、かの者を悪夢より解き放て。さすれば其方が望む未来が得られよう〟.............それでは、また暫しの別れです。次に会う時はどの私かは私自身知りえませんがね、フフ。」
「ちょ、待って下さい。意味が分かりませんっ!」
「もう少し話していたいけれど貴女の最愛の人が呼んでいるから邪魔は出来ませんよ。またお会いしましょうね、..............。」
「何てっ...........!」
「何て言ったのか。」そう聞こうとした言葉は空に霧散し、問いに答える者はいなかった。
「............ナッ、.......リナ。」
「ユリナ!」
「........え?」
「大丈夫か?」
「?」
周囲をキョロキョロと見渡すと昨日抱えられたまま寝てしまった事を思い出す。そして、窓からは朝日が差し込み、先に起きたノトさんが動けずに私を起こしていたようだった。
「何か、不思議な夢を見た気がします。」
「へえ、どんなだ?」
「.............うーん。」
「覚えてないんだな。」
「さっぱり。」
「まあ、所詮夢だしな。気にする事無いだろ。さて、」
音の鳴らない鈴を振ると部屋をノックする音が聞こえる。
「入れ。」
「「失礼します。」」
入って来たのはルピさんとレイトさんの二人。私たちが眠った時と同じ状況のままだったので二人とも一瞬目を丸くさせたが次には表情を無に変えた。
「魔王様、本日のスケジュールと仕事の内容になります。」
「ミリア様は早速出来る仕事に取り掛かっている様なので魔王様達も準備を終え次第、執務室に来てください。」
「ハッ、面白い冗談を朝からかましてくれるな。」
「ノトさん、何のことですか?」
「レイト、サボりだな。後で絞める。ルピ、何故黙っていた。」
「それは彼が昨日寝起きの魔王様なら騙せるから協力してくれ。と言ってきたからです。最初は断りましたが.........。後は黙秘させて頂きます。」
ルピさんは無表情のまま黙りこくってしまったのでそれ以上は聞く事が出来ない。そう思っていた。
「..........ああ。弱味を握られているんだろう? お前を動かすなんて大した玉だよ。ま、とは言え厳罰が無いとは言っていないがな。取り敢えずあの馬鹿は必ず連れて来いよ。これは王命だ。」
「! 承知いたしました。」
そそくさと出て行ったルピさんとレイトさんの影武者? は、本物のレイトさんを呼びに行くようだったのでその成り行きを見守っていた私は立ち上がりノトさんの方を見る。
「ルピさんに弱味があるとは思いませんでしたけど。」
「..........まあ、誰しも言いたくない事の一つや二つは抱えているものだ。」
「ノトさん、ルピさんの事知ってるんですね。レイトさんが握っているという弱味も。」
「.......聞きたいのか?」
「聞いて問題ないなら。」
「それじゃあ、今度城内にあるルピの部屋に呼んでもらえ。真相が分かる。」
「え、無理な話じゃ無いですか。それ。」
「出来るだろ。一応王妃って立場だし。」
「面白がってますよね。」
「ああ、面白いな。」
カラカラと楽しそうに笑うノトさんの姿にジト目を向けていたがつられて笑ってしまう。
「さて、先ずはレイトをボコボコにしてから公務に入るとするか。面倒だけど、他の街のお貴族様に挨拶せんと機嫌悪いルピに色々と言われそうだしな。」
「上下関係がしっかりしてそうでその辺緩いですよね。」
「そりゃあ、そんな面倒なもんに囚われてたら奴隷から救った意味なくなるじゃねえか。街としての名目上俺を立てただけで上も下も気にしない様にっていうスタンスは昔からだ。」
ノトさんは立ち上がり、大きく伸びをして上着を羽織る。そうして私にも似た様な上着を掛けてくる。
「レイトの件が済んだら飯、その後着替えだ。この格好のまま歩き回るのは流石に不味いから取り敢えず暫定的にそれ羽織ってろ。」
ぶかぶかの上着を羽織ったまま先ず私たちは執務室へと向かって歩いて行った。




