3-11 入学試験:アンジュ
トレーニングルームの中は、校庭そのものだった。広い校庭の周りをグルっと囲むように閲覧席が設置されている。普段であれば、観客ありでの模擬戦闘なんかに使用されるのだろうと容易に想像がつく。
しかし、今は入学試験の真っ最中。席には誰一人座っていることなく、トレーニングルームの中では校長であるスイレン=ニューワールドが居るだけだった。
「アンジュさん、只今から試験の説明を開始いたします。不明な点がありましたら、説明の最中であろうと好きに聞いてください。」
校長の横に並んだベティの言葉に頷くアンジュ。
「今から行うのは簡単な実力試験です。あちらの地面に埋まっている杖が見えますか?」
トレーニングルームの入口から離れた位置。
ベティが指さす方向を見れば、確かに地面に杖が突き刺さっている。
「あの杖の周りの地面には特殊な溶液を混ぜており、コンクリート並みに固められています。試験時間内にあの杖を抜くのが第一のクリア条件。そして、第二のクリア条件はこちらです。」
ベティはそう言うと、スイレンに合図をする。
合図を受けたスイレンが両手を上にあげる。すると、スイレンの周りの地面がズズズズズズと動き始めた。地面が盛り上がり、空中で形作られていく。地面の土や砂が、二メートルほどの大きさの人型となってスイレンの周囲にたたずむ。その数、ざっと二十体。
「第二のクリア条件は私が操るゴーレムを倒すことだ。これは私の異能力【風使い】にて土を持ち上げているだけだが、くれぐれも軽く見ないことだ。本物のサンドゴーレムと同様だと思ってくれていい。このゴーレム達は、連携を取って君に襲い掛かるし杖を守る。」
「校長、ありがとうございます。先ほどのクリア条件どちらかを試験時間内に達成すれば、その時点で入学は決定いたします。しかし、達成できなくとも私たちが合格と判断することもございますので最後まで諦めずに頑張ってください。…そして最後に、ここは異能力育成を目的とした施設でございます。試験の最中には、どのような方法や目的でも構いません。必ず一度は異能力を発動してください。仮に私たちが発動に気づけなかったとしても、このトレーニングルーム内で異能力を発動すれば測定機によって確実に異能力の検測が行われます。また、このトレーニングルームは屋根が無いように見えるかもしれませんが、透明なバリアによって全体を覆われていますので、広範囲に影響のある異能力も存分に行使してもらって構いません。説明は以上になりますが、何か質問はありますか?」
長々とした説明であったが、アンジュはすんなりと試験の内容を理解した。
「ふーん、色々と説明してくれたけど、要するにそのゴーレムをぶっ飛ばせば良いんでしょ?」
スイレンの背後に控える二十体のゴーレムを指さし、アンジュはベティに問う。
「ええ、その通りでございます。異能力を使用するという条件はありますが、その時点で試験は合格となります。」
「分かったわ。始めましょ。」
淡々と説明するベティであったが、内心はアンジュに対してお気の毒にという感情を向けていた。
ここにいるゴーレムはあのスイレン=ニューワールド自らが操作しているのだ。学生程度の実力で打破できるとは思っていないし、実際に今までの試験では結局ゴーレムを倒すという方のクリア条件を満たした者はいない。
「分かりました。ではアンジュさん、試験を開始いたします!!」
ベティの声を合図にベティとスイレンがトレーニングルームの隅まで移動する。中央に残るのはアンジュと二十体のゴーレムだけ。
二十体のゴーレムの内、十体が杖の守りにつき、残りの十体がアンジュに向かって襲い掛かる。
土で出来ているゴーレムは、地面の上を滑るようにして移動してくる。周囲に小さな砂嵐を発生させながら正面と左右から、アンジュを挟む陣形で一斉に攻撃を仕掛けた。
その様子に一人、ギョッとする人物が一人。
「ちょっと、校長…!?今までは二体や三体でしか相手していなかったのに、なぜ急に十体同時に攻撃を仕掛けるんですか!あれでは、受験生であるアンジュさんが致命的なダメージを負ってしまいますよ!?」
今までにないゴーレムの強襲に慌ててスイレンに詰め寄るベティ。受験生の資質を図る試験だが、受験生に怪我を負わせない為に校長自らがゴーレムを操作しているのだ。それなのに、あのような危険な攻撃をするなんてベティには信じられなかった。
「見てなさい、ベティ先生。さすがハイベルさんが送り出した子だわ、彼女は本物よ……!」
慌てるベティを諭すようにスイレンは静かにそう告げる。
一目見た瞬間から、アンジュが今までの受験生とは何倍も異なる実力を持っていることを見抜いていたスイレン。まさか、と疑う自分を抑えながらも試さずにはいられなかった。この程度の攻撃なら難なくさばけるのではないか、と。
事実、アンジュにとってたかが十体。
しかも、土で出来た偽物だ。
汗一つかくことなく右手を顔の高さまであげるアンジュ。
「蛍火………。」
襲い来る十体のゴーレムだけでなく、杖の守りを行っていた十体のゴーレム全ての眼前にボゥッと小さな火が灯る。
「発火っ!!」
顔の高さまであげた右手をギュッと握ると同時、ゴーレムの目の前で発生した小さな火が膨れ上がる。膨れ上がった火はゴーレムの全身をいとも容易く包み込んだ。土であろうと、容赦なくアンジュの火によって燃えていく。
「なっ!!二十体のゴーレム全てを狙うだけの精密さに、一つ一つがあれほどの威力だなんて!!」
思いがけない光景にベティは驚愕する。
あり得ない光景だった。目の前にいるのが、熟練の冒険者だと言われてようやく納得できるほどの事象が起きているのだ。
「十体どころか、二十体で同時に攻撃しても同じ結果だったわね。ベティ先生、一応異能力の観測も満たしていますよね?」
「は、はい!我々の目視でも充分ですが、測定機でもアンジュさんの異能力が発動していることが確認できます。」
試験は合格だ。
ベティは、二十体のゴーレムを焼き尽くしてなお息一つ切らすことなく立っているアンジュに先ほどまでと違う眼差しを向ける。
「校長…、明らかに彼女のパワーは同年代の他の子と比較して突出しすぎています。彼女なら、校長権限で既に≪学校≫を卒業扱いでもいいのではないでしょうか…?」
「ふふふ、そうね。だけど、彼女のような子が≪学校≫に入学することによって、全体のレベルが一段高くなるとも考えられるわよね。それに、これは頼まれ事だからね。」
スイレンの言葉に引っ掛かりを覚えながらも納得するベティ。スイレンと一緒にアンジュのもとへ向かう。
「おめでとうございます、アンジュさん。試験はクリア、合格です!」
「……これだけでいいんだ。」
ベティの言葉に拍子抜けするアンジュだったが、入学試験だしこんなものかと思い直す。
「他の三人の試験が終わるまで、別室で待っていてね。」
そんなアンジュの表情を読み取ったスイレンは、苦笑いしながらアンジュを別室に案内する。入ってきた入口とは別の出口からアンジュはトレーニングルームを出ていった。




