3-9 呪いの沈没
サシャに迫るカースドオークのパンチは、突如として落ちてきた大剣によって阻まれていた。
「これは……、思っていた以上に呪いを受けすぎているな。解呪専門の治癒士でなんとかなるかどうか。」
想像以上にボロボロになっているサシャを見て、ヴァルアは嫌な未来を想像してしまう。カースドオーク自体はなんとかなるが、カースドオークを討伐しても付与された呪いは残るのだ。これだけ何重にも呪いをかけられて助かったという話は聞いたことがない。
「くそがっ!」
ヴァルアは大剣を大地から引き抜くと力の限りカースドオークに向かって振りぬく。刀身の腹の部分でカースドオークをぶっ飛ばす。近くの岩にぶつかったカースドオークの頭上から、ヴァルアが大剣を振り下ろす。
「ギャア、ッハ…。」
≪霊峰の頂≫をさんざん苦しめていたカースドオークであるが、ヴァルアほどの実力者であれば何度も討伐してきた魔物だ。
「サシャッ、返事をして!」
必死に傷薬を飲ますナズナ。
「ナズ、ナ……。」
「良かった。ヴァルア教官を連れてきたから、もう大丈夫。ゆっくり休んで。」
サシャの声を聞いて、ホッと一安心するナズナ。目に涙を浮かべながらサシャを大地に寝かせ膝枕をする。
「ナズナッ!ごめん、私は何もできなくて!!」
サシャのバリアが解け、アルギュがすぐさまサシャに寄りそう。ボロボロのサシャに向かって治癒を施すが、体の傷は癒せても呪いを解くことができない。
「ヴァルア教官!どうすれば、呪いを解かないとサシャの体力が持たない!」
アルギュとナズナの必死の訴え。しかし、ヴァルアの力ではカースドオークは倒せても呪いを解くことはできない。想像以上の惨状に、ヴァルアは顔をしかめる。今のサシャでは病院に連れていくわずかな時間だけでも命とりになりえてしまう。それどころか移動する時の振動すらサシャにとっては致命傷になってしまうだろう。
「カヤ君、私よりも君が一番早い。ギルドに行って解呪専門の治癒士を呼んできてくれないか。事態は一刻を争う!」
他の魔物が来ないように周囲を見張っているカヤとクライブ。そんなカヤに向かって指示を出すヴァルア。ヴァルアにできることは、それ以上にはなかった。
周囲を見張っていたカヤとクライブは、ヴァルアの必死な形相で状況を理解した。サシャと呼ばれる女性冒険者がみんなに囲まれて、苦しそうに横たわっている。
「これが、呪い…。カヤ!ここは僕たちに任せてすぐにギルドに!」
クライブの言葉を受けて、しかしカヤはサシャの下へと駆け寄った。
「ヴァルアさん、呪いさえなんとかできればこの人は助かるんですか。」
「あ、ああ……。だが、これほどまでに呪いをかけられた者で助かった例を知らないが、幸いにして現在は王都にあの『不死の医師』が訪れている。彼ならきっとなんとかできるかもしれん。」
カヤは質問に対してヴァルアが肯定したことを確認すると、サシャの腕に手を触れる。
「俺の異能力でなんとかできるかもしれません。ダメだった場合はヴァルアさんの言うように病院長に任せます。」
「できるのか!?」
カヤの発言に驚くヴァルア。ヴァルアは、戦闘中もカヤの異能力を見たことがないため解呪を得意とする治癒士なのだろうと判断して期待を向ける。
「お願いっ!サシャを救えるなら、なんだってするから!」
「呪いさえ解いてくれれば、私の治癒も効くようになるんだ。お願いだ、サシャを救って欲しい!」
ナズナとアルギュの懇願。
「すまない…、お礼は必ず。」
会話を聞いていたサシャからも、弱々しい声でお願いされたカヤ。
「安心してください。俺の感覚から言えば、呪いであれば問題ないはずです。」
(サシャを蝕む呪い、いけるはずだ…。沈め、沈没!!)
カヤはサシャの体内に自身の異能力を発動する。カースドオークから受けた呪いを対象とし、そして呪いはカヤの中に沈んでいく。無限大に広がる空間、カヤの許可なく浮き上がることのできない永遠の空間にサシャを苦しめる呪いが沈んでいく。
サシャの体内に存在する呪いを隅々まで逃がすことなく沈めていくカヤ。
「すごい…。サシャの皮膚が元に戻っていく。」
呪いによって黒く変色していたサシャの皮膚が本来の綺麗な白に戻っていく。
「父さん!新たなカースドオークだ!」
クライブの声を受けて、カヤとサシャを除く全員の意識がそちらに向く。カースドオークが五体、群れになってこちらに向かって来ていた。
「あれくらいなら私一人で問題ない。カヤ君は解呪に専念してくれ。ナズナとアルギュはサシャとカヤ君を守るんだ。」
ヴァルアはそう言って、五体のカースドオークに向かって駆け出す。
「クライブ、こいつらは意外と俊敏だ。触られることがないようにだけ気を付けながら、周囲の警戒を続けてくれ。」
「分かったよ、父さん。」
ヴァルアは五体のカースドオークを視界に入れながら、異能力を発動する。
「たったの五体か。同じ数で相手をしてやろう。」
ヴァルアの背後に五本の大剣が空中に出現する。それらの大剣は、それぞれ意思があるかのように空中を動き回る。
「多刀乱舞≪嵐≫!」
五体のカースドオークに飛来する五本の大剣。叩き落とそうとするカースドオークの腕を、バサッと切り落とす。
「ギャアッ、アガギャッ!!」
無くなった腕を見て、騒ぎ出すカースドオーク達。五体のカースドオークがヴァルアを睨みつけて敵視する。
「お前ら全員こっち見てていいのか、腕切られてるのに不用心だぜ。」
ヴァルアは二ィっと笑った瞬間、飛び回っていた大剣がカースドオークの背後から一突き、それぞれ五体に致命傷を与えたのだ。
「大事な教え子の治療中なんだ。邪魔するな。」
五体のカースドオークから魔石を切り出したことで、カースドオークの体が塵となって消えていく。
「さてと、カヤ君の方はどうかな。」
様子を確認するヴァルアの視界に、カヤに泣いて抱き着くナズナとアルギュの姿と二人を宥めるサシャの元気そうな姿が見えた。
「戦闘能力もずば抜けているうえに、異能力も貴重な治癒士か。もしかしたら既に上級冒険者と肩を並べてるかもしれないな。」
あれ程の呪いは奇跡が起きない限り助けることはできない。経験から瞬時にそう判断してしまっていたヴァルアだったが、自分もまだまだだなと苦笑いを浮かべてカヤの下へと歩いていくのだった。




