3-8 深層
「ありがとう、本当に助かったわ。私は冒険者パーティー≪霊峰の頂≫のナズナよ。もっとゆっくりお礼を言いたいところだけど、仲間たちが危険な目に合ってるの。これから今すぐ誰か助けを呼びに行かなくちゃ。」
乱れた衣服を直した女性冒険者ナズナは、カヤにお礼を伝えるとすぐさま駆けだそうとする。その時ナズナの目に気絶しているヴァルアの姿が目に入る。
「ヴァルア教官!良かった、ヴァルア教官ほどの実力なら深層の魔物でも対処できるはず!なんで倒れているのかは分からないけど、仲間に持たされた傷薬が役に立つ。」
ナズナはポケットから傷薬が入っている瓶を取り出すと、倒れているヴァルアの口の中に流し込む。
「ぐっ……、ううぅ。何が起こって、……いや、そうか。すまない。」
気を取り戻したヴァルアはすぐに状況を理解し、自らの不甲斐なさに謝罪の言葉を口にする。同じくして目を覚ましたクライブとともにナズナに向かって頭を下げた。
「いきなり何を謝っているんですか!?えーと、そんなことよりヴァルア教官、すみません。助けてください!仲間が深層で魔物と戦っているんです!!」
ナズナはヴァルアの謝罪に関して、傷薬を使用して助けたことによる感謝のことだと勘違いし、深くは追及しなかった。ナズナにとっては一分一秒でも早く仲間のもとに戻るのが優先事項なのだ。
「≪霊峰の頂≫、冒険者になったばかりの君たちにはまだ深層は早い。≪カナル樹海≫に入る前にギルドから表層と深層の境界については充分に説明があっただろう。なぜそんな危険なことをするんだ。深層の魔物を倒せば有名になれると勘違いし、欲に目がくらんだのか。」
慌てるナズナに対して、ヴァルアはギルド職員としてしっかりと確認する必要があった。愚かな冒険者にギルドは決して手を貸さない。
傷薬を使ってもらっているために、ヴァルアの中にはナズナに対する申し訳なさもある。そして、≪霊峰の頂≫がどういったパーティーなのかヴァルアはしっかりと理解している。だから、ヴァルアはナズナの次の言葉を待つ。
「そんな…、私たちはそんなくだらないもののために命をかけたりなんかしません!私たちが受けたクエストは、いつもお世話になっているモモ婆からで、迷子になった子猫のルーを探して欲しいというもの。そして、情報を集めて私たちは≪カナル樹海≫でルーを見つけたんです。突撃ボアに襲われているルーを助けたとこまでは良かったんですけど……、助けるのに必死で気づけば日の光が届かない深層まで入り込んじゃったんです。すぐに撤退したんですけど、見たこともない魔物に襲われて………、いやぁ、お願いです!!このままじゃ、みんなが死んじゃいます!!わけの分からない攻撃で、サシャの体がどんどん黒くなっていって、こっちの攻撃は通用しないし…、サシャとアルギュは私を信じて耐えてるんです!身体強化ができる私が一番最適だって言って……、だから、お願いっ!!こんなすぐにヴァルア教官に出会えたのに、こんなことで二人の時間を奪わないで!!」
喋りながら必死で我慢していたナズナだったが、最後まで言い切ってからヴァルアの前で号泣してしまう。だがそれでも、ナズナの目はヴァルアから逸らされることはなかった。
「委細承知した。よく頑張ったなナズナ。」
そんなナズナに対して、ヴァルアも目を逸らすことなく返事をしたのだった。
「ありがとうございますっ、ヴァルア教官!!」
「ふむ、話を聞いた限りではサシャとアルギュが対峙している魔物はカースドオークだな。呪いを付与してくる厄介な魔物だ。経過時間から考えると、二人の実力ではギリギリかもしれんな。ナズナ、道案内を頼む。早急に向かうぞ!クライブと、カヤ君もすまないが二人とも既に動けなくなっている可能性が高い。少々危険だが、力を貸してもらうぞ!」
「もちろんですっ!」
「僕も、もとからそのつもりだよ。」
カヤとクライブがヴァルアに向かって頷き返す。
「こっちよ!!」
ナズナが指さした方向に視線を向けるヴァルア。
「クライブ掴まれ。ナズナはカヤ君に任せる。これが一番早い。」
ヴァルアの指示で、ヴァルアの背にクライブ。カヤの背にナズナが捕まる。
「行くぞっ!!」
ヴァルアとカヤは足に力を込めると一気に駆けだした。クライブは最初からヴァルアにしっかりとしがみついていたが、半信半疑だったナズナはあまりのスピードに振り落とされかける。「キャアっ!」と慌ててカヤの背中にしがみつく。
すぐに≪カナル樹海≫の深層の境界を超えるヴァルアとカヤ。周囲が暗くなり、潜む魔物も表層とは比べ物にならないほど危険なものになる。
カヤとヴァルアの耳に戦闘の音が聞こえてくる。
■
周囲の木々が倒れ、その中央で暴れるカースドオーク。黒い靄を纏った巨躯から繰り出される一撃一撃はカースドオークの目の前にいる一人の女性に向かって振り下ろされている。カースドオークの攻撃を受けた箇所の防具や皮膚が黒く染まっていく。
「サシャッ!!もうやめて、バリアを解いて!」
カースドオークの攻撃を受け続けるサシャの体はボロボロになっていた。だが、アルギュとルーを守るために展開されているバリアを解かない為にもサシャは意識だけは飛ばすことなく立ち上がり続ける。
「ナズナが来るまで、アルギュには指一本触れさせない。≪霊峰の頂≫のリーダーとして、お前なんかに仲間を傷つけさせ、、ウグッ!!」
カースドオークは容赦なくサシャの腹に一撃を入れる。口から血を吐くサシャを面白いように見つめてから、回し蹴りを放つ。
「ギャッハ、ギャハハ。」
蹴り飛ばされたサシャは、それでも立ち上がる。ここで自分が倒れればカースドオークの攻撃がアルギュに向かうことになる。
「それだけは、させねェ!」
打撃によるダメージだけでなく、呪いによって内側から細胞を壊されているサシャ。もはや立ち上がれるのが不思議なくらいに死が間近に迫っている。
「サシャっ!!止めて、お願い!!サシャも一緒にバリアに入って!!」
「ダメだよ、アルギュ。私のバリアじゃアイツの攻撃を防げない。私にできるのはアイツの攻撃がアルギュやルーに向かわないように、アイツの気を引き続けることしかできない。」
「そんなことしてたらサシャが死んじゃうよ!!二人で戦おう、お願いだから。これ以上、傷つくサシャを見たくない。」
「ごめんね、アルギュ。不甲斐ないリーダーだけど、絶対にアルギュだけは守るから…。」
バリア越しに話す二人。治癒士であるアルギュはサシャの限界が近いことに気づいている。これ以上、攻撃をくらっていいような状態じゃない。
「なんで…、私が呪いを解ければまだ、戦えたのに。私が何もできないせいで、サシャが死んじゃう…。」
呪いによって蝕まれているサシャの目から血があふれ出る。
「あ、ヤバ…。何も見えない…。」
自身の血によって視界が塞がれたサシャ。カースドオークはサシャに止めを刺そうと、拳を振りかぶって接近する。サシャの顔面めがけて振るわれるカースドオークのパンチ。
「いやぁあああーーーっ!!サシャッ!!逃げてっ!!」
アルギュの声が聞こえてくるが、視界を奪われたサシャにカースドオークの攻撃を防ぐ手段は無かった。
「ごめん、アルギュ。ナズナ。」
目から血だけでなく涙も流して、サシャはパーティーメンバーの顔を思い浮かべて笑ったのだ。
ドスンッ
大地が揺れた。
真っ赤な視界で何が起こったか理解できないサシャの耳に、聞き覚えのある仲間の声が届く。
「サシャッ、そんな…。まだ生きてるよねっ!!」
応援を呼びに行っていたはずのナズナの声が聞こえて、何かが口に入ってくる。ナズナに持たせていた傷薬だと理解して、サシャはそれを飲み込んだ。




