3-6 クライブの初陣
ヴァルアが突撃ボアを討伐する数分前のこと――
一頭の突撃ボアの前に姿を見せておびき出すヴァルアに続いて、カヤは別の一頭の前に姿を見せた。
「ヴァヴァッ!!」
カヤを視界に収め雄たけびを上げる突撃ボア。それと同時にカヤへとめがけて勢いよく駆け出した。
「思ってたよりも遅いな。まぁ、いいか。」
真正面から受け止めることもできそうだな、と思いながらもヴァルアに言われた通りに寸前で避けるために意識を集中させる。
「………カヤの前で、生意気…。」
だが、ここで不意に予想外の乱入者が現れる。
カヤを気に入り、行動を共にしている別次元に生きる魔物―ヴォイド。少し前までであれば次元を超えたやり取りは簡単な意思疎通までしか行えなかったが、今は会話も行えるほどになっていた。
魔物に序列があるとするならば、遥か上位に位置するヴォイドが突撃ボアに向かって威圧を放つ。カヤに対する無遠慮な突撃ボアの態度が気に食わなかったのだろう。
「…ヴァアアァ…。」
ヴォイドの威圧を浴びた突撃ボアはみるみるうちにスピードを落としていき、やがて止まったかと思いきやくるりとカヤに背を向けて逃げ出したのだ。
「ちょっと、ヴォイド?」
「……ふん。私の勝ちっ!」
突然のヴォイドの乱入に呆気にとられるカヤ。
ヴォイドが嬉しそうに勝ち誇っている様子がカヤに伝わってくる。
「えー、んと……、どうしよっか。」
逃げる突撃ボアを眺め、追いかけるべきか迷うカヤ。ふとヴァルアの方に視線を向ければ、もう少しで決着がつきそうな様子だ。
「とりあえず、見失わないようにだけしとくか。倒してもいいけど、そんな危険な相手でもないしなぁ。」
既に戦意を無くしている相手を見て、カヤの中の戦意も抜けていく。その一方でスキップしているヴォイドを感じ取り、カヤは苦笑いを浮かべるのだった。
(ヴォイドが嬉しそうだし、まぁいいか。)
■
一頭の突撃ボアを仕留め、カヤの下に駆け付けるヴァルア。
「何があったら突撃ボアが逃げ出すなんて事態になるんだ。奴らは知能も低く、一度対象を定めたら途中で止まるなど、ましてや逃げるなんてことは今までに一度もないぞ。」
「……。…へー、そうなんですね。」
あまり深く追求された場合にヴォイドのことを話してもいいものか判断できなかったために軽く流すカヤ。
「ああ、すまない。きっとカヤ君の異能力の関係なのだな。」
そんな様子のカヤを見てヴァルアは気を使ったかのように会話を辞める。
カヤにそんな意図はなかったが、あまり話したくない内容だということを理解してヴァルアが勝手にそう思い込んだのだ。異能力は強力な力であるが故に、戦いを生業としている者たちは自身の異能力について他者に知られることを嫌う傾向がある。異能力を知られているか知られていないかでは、戦闘において大きな要素となるためであるからだ。
ヴァルアは、突撃ボアが逃げるに至った原因がカヤの異能力にあると判断して追求するのを辞めたのだ。
「それはいいとして、なぜこんな追いかけっこのようなことをしているのだ?」
「それは、戦闘を行う前に戦意を無くして引き返した相手なので。無理やり討伐するのもひどいかな、と。ははは。」
「魔物に対して面白い感情を抱くんだな。カヤ君の判断は間違っているとは言わないが、ここは新人たちが多く訪れる場所でもある。新人冒険者の教育係としては、ここの魔物の数は減らしておいた方がリスクも少ないんだ。カヤ君が遠慮するというなら、どうだい?クライブに譲ってもいいかな。」
「俺は構いませんよ。」
既に戦意を喪失して逃げる突撃ボアを追いかけながら話す二人。
「クライブ!」
ヴァルアが大きく叫び、遠くで見守っていたクライブがこちらに近寄ってくる。乱立する樹木を蹴って、空中をふわふわと移動してくる様子にカヤは興味を抱く。
(異能力か。)
長い時を無能力で過ごしたカヤにとって異能力への関心は高い。クライブに異能力を隠す意図は無かったが、もし相手が異能力の行使をしていることを隠そうとしていたとしても、余裕で見破るレベルで異能力には敏感になっていた。
「カヤ君のおかげでこちらに対して戦意を失った突撃ボアだ。最初の相手としてはリスクも少ない。見るだけでなく実際に自分でやった方が魔物の倒し方への理解も深まるだろう。俺とカヤ君が見守っているから、好きにやってみなさい。」
「わ、分かったよ。」
少し緊張した面持ちで応えるクライブ。
初めて魔物と戦うというのだから仕方ないだろう。もしものことが起こらないように、カヤとヴァルアは近くで待機する。
カヤから距離を取るように逃げる突撃ボアの上をふわりと飛び越えるクライブ。
「よしっ、来い!!」
腰に下げていた短剣に手を伸ばし、引き抜こうとするクライブ。だが緊張による手の震えのせいで鞘から剣を抜くことができなかった。
「っ!!」
突撃ボアの視界に入ったクライブの顔が真っ青に染まる。
「ヴァッ!!」
突撃ボアも目の前の対象がカヤからクライブになったことにより、雄たけびを上げると突撃を開始する。
「無理っっ!」
突撃ボアの攻撃に怖れをなしたクライブは一心不乱にぴょーんと上空へと跳ね上がる。突撃ボアの攻撃が届きもしない上空へと、どんどん上がっていく。
「やれやれ…、昔からビビりなのは治らないんだよなぁ。」
ヴァルアが仕方ないかと、クライブの代わりに突撃ボアへと止めを刺そうとした瞬間。
「キャァアアアッ!!」
三人の耳に鳴り響く女性の悲鳴。
ヴァルア、カヤ、クライブの三人はハッとして悲鳴の聞こえた方向へと顔を向ける。そして、その場にいたもう一頭も悲鳴を聞いて進行方向を変えた。
「ヴァッァ!」
クライブを狙っていた突撃ボアの対象が悲鳴をあげた女性へと変化する。悲鳴に驚き、動きを止めてしまったヴァルアとカヤが一拍遅れて突撃ボアを追う。
「しまった。少し遅れたっ!」
ヴァルアの顔が歪む。悲鳴が聞こえた地点までの距離を考えると、致命的なまでの初動の遅れ。
「カヤ君、どいてくれ。危険だが、この距離から叩き斬……、」
「落下重力!!」
ヴァルアが大剣を顕現させようとした時、上空へと逃げていたクライブが叫ぶ。
ズンッ、と突撃ボアを中心にして地形が凹む。木々が倒れ、大地が割れていく。
地割れに巻き込まれる形で突撃ボアが潰れていく。そして、潰れていく突撃ボアの体から魔石が転がり落ちると、突撃ボアは塵になって消えていった。
先ほどまでと違う威勢の良さ。上空からゆっくりと落ちてくる息子を見つめてヴァルアはニヤリと笑う。
「最初からそうしやがれってんだ。ったく。」




