3-4 ≪カナル樹海≫の魔物講座
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「まだまだだな。そんなスピードじゃ、突撃ボアから逃げることもできないぞ。クライブよ。」
カヤを呼び止めた筋骨隆々の男は、走ってきて息を切らしている自分の息子へと話しかける。
「はぁはぁ、これでも精一杯なんだけどね。……はぁぁ、ちょっと休憩。」
クライブと呼ばれた男の子は脱力するようにその場に座り込む。そして、近くで様子を伺っていたカヤに視線を向ける。
「それで……、君は誰なのさ。」
「ああ、この子も≪カナル樹海≫で鍛錬するということらしいから俺が一緒にって誘ったところだ。よし、それじゃまずは自己紹介と行こうか。まずは俺からだな。俺の名前はヴァルア。冒険者だ。で、こいつが俺の息子のクライブ。」
「クライブだ。よろしくな。」
「よろしく。俺の名前はカヤ。さっきヴァルアさんには言ったけど、一週間後の入学試験に向けて鍛錬しようと思って≪カナル樹海≫にやってきたんだ。」
「え、そうなの!つまりカヤは僕のライバルであり仲間であるわけだ。」
「そうだね。」
クライブが嬉しそうに顔をカヤの方へと向ける。
ヴァルアにクライブ、二人とも悪い人ではなさそうだなと肌で感じ取ったカヤはこうして急遽三人パーティを結成することになった。
「いいか。魔物との戦闘はいついかなる時も命を落とす可能性があることを忘れてはいけない。ところでカヤ君は魔物との戦闘経験はあるのかい?」
「故郷の村の周りに出る魔物とは良く戦っていました。」
「おお、そうか。やけに落ち着いていると思ったが魔物との戦闘経験は既にあったか。それは頼もしいな。」
「すごいね、カヤ。僕はまだ魔物と戦ったことはないんだ。あんまり戦闘が得意じゃないし、今日もまだ不安だけど、父さんだけじゃなくカヤがいるとなんだか心強いよ。」
王都に住んでいるのであれば、大きな外壁があるおかげで魔物の脅威も少ない。わざわざ魔物と戦うために出かけるのは冒険者くらいのものだ。子供であるクライブに魔物との戦闘経験が無いのはおかしなことではない。
「だがカヤ君もまだ学生でもなんでもない。危険度が少ない≪カナル樹海≫ではあるが、一歩中に入ってからは俺の指示に従うように。これでも王都の冒険者ギルドで新人冒険者の教育係をやっているのでね。」
思ったよりもすごい人なのか、とカヤは心の中で驚愕していた。いちいちマッスルポーズをしてくるヴァルアに対する認識を改める。
「分かりました。よろしくお願いします。」
「ふむ。それではまず≪カナル樹海≫に出てくる魔物についておさらいしておこう。今回は表層と呼ばれる≪カナル樹海≫の中においても日の光が届く範囲のエリアでの鍛錬となる。そして、表層に出てくる魔物は二体存在する。さて、クライブには先ほど説明したからいいとして、カヤ君は知っているかな。」
ヴァルアがカヤに問いかける。
「…いえ、分かりません。」
下調べも何もせずに挑もうとしていたカヤは、渋々といった表情で答える。言われてみれば、既に何人もの冒険者や学生が挑んでいるエリアであり、出現する魔物や地形などの情報は出回っていると考えるのが当たり前であった。これでは魔物との戦闘を舐めているようなものであり、冒険者としては失格であっただろう。
「そこまで落ち込む必要はない。見れば分かるが、カヤ君ほどの実力ならば初見であったとしてもここの魔物レベルなら問題なかっただろうしな。だが、危険度というものは下げられるならとことん下げるべきでもある。何の知識もなく戦うのと、事前の知識を蓄えてから戦うのでは安定性が段違いだ。クライブにもせっかくだから復習も兼ねてもう一回説明しておこう。≪カナル樹海≫の表層に出現する魔物は基本的に二体。その内の一体は、突撃ボアと呼ばれる猪の魔物だ。高さ四メートルほどの大きさで、ボールみたいに丸っこい体全身を使って一直線に突撃してくる。逃げることができなければ、口から生えた鋭い牙に貫かれて終わりだな。こいつの対処法は簡単だ。一直線に突っ込んできたところを避けてしまえばいい。突撃ボアの体表は横側や後ろ側が脆いから、避けて一撃を入れることができればそれで大抵の場合は仕留められる。ただ、避けるといってもそれが早すぎると突撃ボアがこちらに合わせて方向転換してくるから、できるだけギリギリで避ける必要がある。さて、ここまではいいかな。」
「僕は問題ないよ。」
「俺も大丈夫です。」
「よし、それじゃ残りの一体の説明に移るぞ。こちらは突撃ボアよりも少し厄介な魔物だ。その名も、吸血フラワー。こいつらは身を隠しながら、俺たちのような冒険者が近くを通るのをジッと待っている魔物だ。地面の中で自由に根を動かして、獲物の隙をついて一気に足元から根を絡ませて拘束してくる。そして、身動きが出来なくなったところで、ギザギザの歯がついた口を持つ花本体のところまで運ばれてしまい、血を吸われて終わりだ。こいつの対処法は常に魔物の気配に注意して行動すること。吸血フラワーの隠密はそこまで完璧なものでもない。魔物の気配を感じ取れれば、不意をつかれて根に拘束されることもないだろう。もし捕まってしまった場合は抜け出すのは困難だが、助け出すのは容易だ。すぐに仲間を呼んで、根を切ってもらうなり焼くなりして抜け出すことができる。まぁ、どちらの魔物も気を抜けば死んでしまうのは当然だ。三人パーティというのを活かしてお互いに協力していこう。」
「よろしくね、カヤ。」
「ああ、よろしく。」
突撃ボアと吸血フラワー。ヴァルアに教えてもらった魔物についてしっかりと頭に入れたカヤは≪カナル樹海≫へと踏み込んだ。
大きな木で覆われた≪カナル樹海≫の中は肌に当たる空気もヒンヤリと冷えており、クライブは思わず身を震わせる。それに反して上半身裸のヴァルアは慣れているのか既に周囲への警戒を始めていた。
「ふむ、人の数が多いな。ここいらの魔物は既に討伐されているようだ。」
「そうですね。」
ヴァルアの言葉に同意で示すカヤ。周囲の状況を細かく察知する二人に驚くクライブ。
「ほぉ、ならばどこに魔物がいるかも分かるかい?カヤ君。」
「ええ。先ほど説明してもらった魔物の特徴を聞くに、あちらの方で動き回っている魔物が突撃ボア。そしてこっちの方でおとなしくしている魔物が吸血フラワーでしょうか。」
カヤがそれぞれの方角に指を向けながら話す。
「さすがだ。その年でそこまでとはな。クライブよ、今日この日の出会いは大きいぞ。今日の経験を無駄にするなよ。」
「はいっ!」
「それじゃ、カヤ君。魔物までの道案内をお願いしてもいいかな。最初は突撃ボアにしようか。」
「分かりました。」
ヴァルアにお願いされたカヤは、突撃ボアと思われる魔物の気配がいる方向へと体を向ける。
「魔物の動きが早いので、少し移動するスピードを上げますね。」
「起伏の激しい樹海の中での移動はそれだけで良い鍛錬になる。クライブよ、しっかりとついてこいよ。」
カヤが大地を蹴るように前方へと向けて駆ける。障害物となる木々を軽々と避けながらスピードを落とさずに駆けるカヤを見てヴァルアは舌を巻く。
「恐れ入った。身のこなしでいったら俺よりも上か。ははは、これは面白い。このレベルの子が学生ですらないというのだから、俺もまだまだ負けちゃいられん。クライブよ、異能力を使ってもいいぞ。そうでもしなければ、すぐに離されそうだ。」
ヴァルアはそう言って楽しそうにカヤの後を追う。
「速すぎる……。異能力を使わずにあれだけの速さで移動することが可能なのか?」
あまりにも人間離れしたスピードに呆気にとられるクライブだったが、置いていかれないようにと異能力を行使して二人を追いかける。
地面を蹴ったクライブの体が宙に浮く。そのまま再び大地に足が着く前に木を蹴って前へと駆ける。カヤとヴァルアの後ろ姿を見失わないように、クライブは必死に二人についていった。




